第21話:一軍の舞台、ブルペンの閃光

支配下登録後、雄太は順調に結果を出し続け、

ついに一軍昇格のチャンスが訪れた。

その知らせを聞いた時、

私の心臓は、歓喜で大きく跳ね上がった。

夢にまで見た、一軍の舞台。

彼が、あの華やかな場所で輝く日が来たのだ。


一軍に帯同することが決まってから、

雄太の表情は、さらに引き締まったように見えた。

彼の目は、常に新しい挑戦を見据えている。

私は、彼が新しいユニフォームを

初めて着た日を、鮮明に覚えている。

真新しい白地に、チームのエンブレム。

その姿は、まるで絵画のようだった。


私も、彼の一軍昇格に合わせて、

仕事のスケジュールを調整した。

できる限り、彼の試合を観に行きたい。

彼の晴れ舞台を、

この目で焼き付けたいと思った。


初めて一軍の試合を観に行った日。

私は、その華やかさに圧倒された。

二軍のグラウンドとは、比べ物にならないほどの熱気。

大勢の観客の声援が、

地鳴りのように響き渡る。

眩いほどのスポットライトが、

グラウンド全体を照らしている。

その中心に、雄太がいる。

まだ、試合に出ているわけではないけれど、

同じ空間にいるだけで、胸が熱くなった。


雄太は、ベンチで真剣な表情で試合を見つめていた。

その横顔は、緊張と、

そして、一軍の舞台への強い渇望に満ちているようだった。

彼の隣に座るベテラン選手たち。

そのオーラに、私も圧倒される。

ここが、プロのトップの世界なのだ。


試合中、私は、

雄太がブルペンで軽い投球練習をしているのを

見かけた。

野手として一軍に上がった彼が、

肩慣らしのために投げる。

その球が、ミットに吸い込まれるたびに、

乾いた、けれど力強い音が響いた。

まるで、彼の魂が宿っているかのような球。


その時、ベンチから、

一人の男性がブルペンの方へ向かっていくのが見えた。

チームの監督だ。

監督は、雄太の投球をじっと見つめていた。

その表情は、読み取れない。

ただ、その視線には、

何かを探るような、鋭い光が宿っているように感じた。


監督の「お前、まだ投げられるのか?」という声は、

スタンドにいる私には届かなかった。

けれど、雄太の体が、

一瞬だけ、ビクリと震えたのが分かった。

そして、彼の目が、

まるで獣のように光ったのを、私は見逃さなかった。

その目の奥に宿ったのは、

高校時代、彼を「二刀流の怪物」と呼ばせた、

あの頃の輝きだった。

いや、それ以上の、

深く、研ぎ澄まされた光。

私には分かった。

彼の胸に、再び「投手」としての情熱が

再燃したのだと。

彼の体から発せられる熱気が、

私にその事実を教えてくれた。


試合後、雄太がブルペンでの出来事を話してくれた。

監督が彼の投球に興味を示し、

「投手としての可能性」について、

話を持ちかけてきたと。

雄太の声は、興奮と、

そして、少しの戸惑いを帯びていた。


「俺は、野手として一軍に上がったんだ。

でも、監督が、俺の球を見てくれたんだ」

彼の言葉を聞きながら、

私は彼の野球への情熱が、

決して消えることはなかったのだと、改めて感じた。

一度は諦めた投手としての夢が、

今、再び、彼の目の前に現れようとしている。

それは、彼にとって、

最高の喜びであると同時に、

新たな葛藤を生むことにもなるだろう。

彼の体への負担は、計り知れないものになる。


「美咲、どう思う?」

雄太が、私の顔をじっと見つめた。

その瞳は、真剣そのものだった。

私は、彼の手にそっと触れた。

彼の掌は、熱く、力強かった。

「雄太が、やりたいことなら、

私は、どんなことでも応援するよ。

でも、無理はしないでね。

雄太の体が一番大事なんだから」

私の言葉に、雄太は優しく微笑んだ。

その笑顔は、迷いを断ち切り、

新たな決意を固めた、

清々しい笑顔だった。


会社の同僚たちは、

雄太が一軍に帯同しているだけでも大騒ぎだった。

「田中くん、すごいね!もうテレビに映ってるよ!」

そんなメッセージが、私にもたくさん届く。

みんなが、雄太の活躍を、

自分のことのように喜んでくれている。

その温かい繋がりが、私には何よりも心強かった。

彼らの応援が、雄太の背中を、

そっと押してくれている。


彼の夢は、もう彼の夢だけじゃない。

私と、そして彼の周りの大切な人たちの夢になっていた。

彼の挑戦は、私にとっても、

人生を賭けた挑戦だった。

この先に何が待っていようと、

私は彼と共に、この道を歩んでいく。

そう、心に誓った。

夜空には、満月が煌々と輝いていた。

彼の温かい手のひらが、私の手を握る。

その温かさが、私たちの絆を、

何よりも強く、私に感じさせた。

私たちは、固く手を繋ぎ、

新たな未来へ向かって歩き出した。

アオハルに還る夢。

その夢は、今、確実に、

私たちの目の前で、輝き始めていた。

彼の野球人生は、

まだ、始まったばかりだ。

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