君の隣で、私も揺れている

紅夜チャンプル

第一章 修学旅行〜1学期

第1話 修学旅行が始まる(2025/7/27改稿)

 ――竹宮くんと、もっと話せたら。

 そう思うだけで、胸がくすぐったくなったり、苦しくなったりする。

 

「ねぇーあの2人、付き合ってるんだってー♪ もうすぐ修学旅行だしさ! ああいうの何かいい感じじゃない?」

 

 GW明け、昼休みの教室ですみれちゃんの声がひときわ弾んでいた。窓から入り込む初夏の風が、ノートの端をかすかに揺らす。

 そうなんだ。あの2人が付き合うことになったんだ。いいなぁ。

 

「ちょっと奈々美ななみ! 聞いてんの?」

「あ、そう……良かったね……」

 テンションの高いすみれちゃんと違って私はこう返事するしかない。だって、これまで男子とまともに話したことのない私。そんなにワクワクすることなんて……ありっこない。


「修学旅行! と、い・え・ばー♪ やっぱり夜の肝試し! ねぇアレってクジでペアを決めるんでしょ? あたし……竹宮たけみやくんがいいなぁ♪」

「た……竹宮くん……」

 彼の名前を聞くだけで私の顔が熱くなってくる。


 クラスの女子の憧れ、竹宮くん。イケメンで勉強もスポーツもできる完璧男子。

 そうだ。体育の時に、ドッジボールでビュンッと勢いよく向かってきたボールを、バシーッてキャッチしてくれたんだよね。私の前で。

 青空の下で太陽の光を浴びた横顔が、ドラマみたいにまぶしかった。


 

 あれ以来――彼を意識しないわけがない。

 

 そして今、席が隣同士なのにこれといった話もできていないんだよね。


 

 はぁ。竹宮くん、黒板消しで上の方届かないって言ってた女子の代わりに黒板消してくれたし、女子みんなに優しいからなぁ。この気持ちは誰にも言えない……。


「奈々美に席変わってもらいたいわよ、竹宮くんと喋りたい!」

 すみれちゃんはおおげさに笑う。


「それより肝試し! 男子1人少ないんでしょ? 女子2人に男子1人ってビミョーじゃない? え、もしかして副担の松永まつながとか!? 松永とペアになったらどうする? きゃーー♪」


 さらに妄想が暴走するすみれちゃんだ。

 副担任の松永先生は……大柄で威圧感があって顔が怖い。眼鏡に髭が似合うおじさんで、髪の毛が肩まであってサラサラ。それが渋いって一部の女子には人気があるんだよね。


「おい! 休み時間終わってるぞ! 座れよー!」

 わぁ、このタイミングで松永先生が入ってきた。そうだ、次は社会だった。さっきすみれちゃんと喋ってたの、聞かれていたかな?

 

「これな、川中島の戦い! 覚えとけよ」

 相変わらず雑な説明だ。あと何だろう……髪の毛が鬱陶しければ切ればいいのに。


「今日は12日だから12番! 何? 欠席? じゃあ2番の梅野うめのさん! 23ページのキーワード挙げて」

 え? 待って待って待って当てられた……私、梅野奈々美。本日最大のピンチ。いきなり当てないでよ、顔が怖いんだってば。

 

「(梅野さん……これ)」

「(竹宮くん……)」

 彼が見せてくれた23ページ、ピンクのマーカーで印のついたキーワード。これを答えたらいいんだ。

 

 頭も良くてさりげない優しさがあって……そんな彼のことをますます尊敬してしまう。

 

「はい。越後、甲斐、同盟関係の今川、尾張の織田、松平と岡崎城、あとは信玄の裏切りだと……思います……」

「まぁ、そんなところだな。次のページ行くぞ!」


 はぁ……良かった。合ってたみたいだ。竹宮くんが隣でニッと笑っている。かっこいい……。


 

 キーンコーンカーンコーン


 

「た……竹宮くん。さっきはありがとう」

「ああ、良かったよ。松永って怖いよな」


 竹宮くんと話せた。嬉しい。

 ほんの少しでも……こうやって彼とやり取りできるだけで、胸がいっぱいになってしまう。


 ここまで親切だからもしかして……私のこと……なんて思うこともあるけれど……いやいや、あり得ないから。

 


 ※※※



 そして5月下旬、修学旅行。

 1日目の夜に、運命の肝試し。

 暗い森林の中の夜道を、くじ引きで決められた男女のペアがゴールまで進んでいく。

 

 ここは甲信越地方。避暑地で涼しい場所だけど夜はけっこう冷えるなぁ。しかも先の見えないこんな山奥みたいな所。まっすぐ進めばいいだけとはいえ……普通に怖い。


「え、ヤバイ。ねぇ奈々美、ちょっと暗すぎない? けどここでさー! 竹宮くんと一緒になれば絶対付き合えるよね?」

「え? それだけで付き合えるの? でも……何か運命的だよね」

「そうそう! あ! 竹宮くんはあたしが引き当てるから!」

「本当? あはは……」


 運命かぁ。ここで竹宮くんと同じ番号を引いたら……だって席も隣同士だし。それって……運命以外の何ものでもなくない?

 

 うわぁ……夜の匂いがして冷えた森の暗い中、隣に竹宮くんがいて「大丈夫?」って言いながら手を繋いだら……ああ……ドキドキしてきた。どうしよう。


「はい、じゃあ女子はここから取ってねー! 誰からでもいいよー!」

 修学旅行委員の子が20本の割り箸を箱に入れて持ってきた。割り箸の先に書いてある数字が……竹宮くんと一緒なら……!

 

「えー! 先引いちゃう? 男子はもう引いてるー? 竹宮くん何番? というかこれ後から引いた方がいいかなー? 奈々美、先行って!」

「ええ? やだ私が引くの?」

「ほら!」


 すみれちゃんに押されて私が一番に引くことになった。竹宮くんは何番なんだろう。20分の1なんて……難しいよ……。

「じゃあ、引くね。えい!」


 

 私が引いた割り箸の先は――。

 真っ赤に塗られていた。


 

「え……?」


 

「嘘……! すごい! ちょ……いきなり大当たりじゃん! やっぱ奈々美って持ってるわ」

 みんながめちゃくちゃ騒いでいる。え? 当たったの? ただ一つ、赤く塗られた割り箸はまるでくじ引きの特等のように目立っている。


「奈々美! それ、松永! きゃーー♪ 後で話聞かせてよ? 絶対よ?」

「え……松永先生……?」

 

 1人少ない男子の代わりはすみれちゃんの予想通り、副担任の松永先生だった。何番でもない、最後に出発する特別席をまさかの自分が当ててしまった。


 松永先生と……?

 

 修学旅行の夜、私の鼓動は――竹宮くんじゃなく、あの怖い顔の先生で試されることになるなんて。



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