マヲと夜の檻

迂遠るら

第一夜

 雨がしとしとと降る夜だった。

 街灯も届かない路地裏の片隅に、黒い影が小さくうずくまっている。

 か細い鳴き声が、雨音にかき消されながらも耳に届いた。


 野間は足を止め、傘越しにじっと影を見つめる。


「……またか。最近、やけに多いな」


 呟きながらも、その声にはどこか喜色が滲んでいた。

 傘をたたむと、ポケットからスマホを取り出し、黒猫を見下ろしてカメラを向ける。

 濡れた毛並みに、怯えたような瞳。

 その弱々しさに、妙な興奮が背筋を這い上がった。


 シャッター音がひとつ。

 野間は慣れた手つきで猫を抱き上げると、雨の中を歩き出した。


 


 マンションの一室。

 ドアを閉め、キッチンの明かりをつける。

 野間は黒猫をソファに寝かせると、スーパーの見切り品を手に夕食の準備に取りかかった。


 肉を焼く匂いと湯気が立ちのぼる中、ふと視線をソファへ戻す。


 ──そこで野間の動きが止まった。


 さっきまで猫がいた場所に、見知らぬ少女が全裸で座っていた。

 膝を抱え、じっとこちらを見つめている。


 真っ白な肌に濡れたような艶のある黒髪。

 小ぶりな顔立ちに、紅を引いたような唇。

 そして、その瞳──左右の色が違う、妖しい光を宿したヘテロクロミア。

 どこか人間離れした雰囲気を放ちながらも、その身体は美しく、異様なほど官能的だった。


「……誰、だ?」


 野間は言葉を搾り出した。

 だが少女は笑みを浮かべ、首を傾ける。まるで小動物のように、無邪気に。


「マヲだよ。今日からここで飼ってくれるんでしょ? ご主人さま」


「は……?」


 訳がわからない。夢でも見てるのか?

 思考が追いつかず、額にじわりと冷たい汗が滲む。


 それでも身体は、その異様な存在に惹きつけられていた。


 少女──マヲは静かに立ち上がる。

 濡れた足でフローリングを踏むのに、不思議と足音はまったくしない。

 目の前に来たかと思うと、すっと腕を伸ばし、野間の首に手をまわした。


 そして──唇が重なる。


 舌が、唇をこじ開けるように滑り込んできた。

 ぬめるような熱と甘さに、理性が焼かれていく。


 どれほどそうしていたのか、気がつけば、二人の間に銀の糸のようなものが垂れていた。


「ねぇ、ご主人さま──わたし、可愛いでしょ?」


 マヲは囁くように言いながら、ゆっくりと微笑む。


「撫でても……いいにゃ?」


 その瞬間、野間の中で何かが崩れた…

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