八百万社―神界企業戦記―

白咲 飛鳥

第1話 『祈りは企画課に届く』

 ──高天原タワー八階・八百万株式会社 営業企画課


 朝、祈願信号がゆるやかに立ち上がる。


 狐耳を持つホログラムAI“イナリ”が淡い光をまといながら、静かに告げた。


「祈願件数、今朝は一千二百七件です」


 机に向かうのは、営業企画課・課長、宇迦之御魂神。

 祈願データの流れを読みながら、湯呑みに口をつける。


「全国平均より、3.2%減……地方の信仰離れが目立ちますね」


『さあ始まりました、神界企業ドキュメンタリー《八百万社》第一話!

 実況はわたくし白咲 飛鳥が、八百万社の祈願現場を追いかけてまいります!』


《そして解説は、神界企業研究員にして信仰UXアナリストの神斎 アカリが務めます。本日は宇迦之御魂神が率いる営業企画課から、リアルな“祈願現場”を見て行きましょう》


『まず登場したのがこの狐耳AI“イナリ”!感情波形の検知も可能な、超高性能アシスタントです!』


《彼女は宇迦神直属で、祈願の質・感情強度・信仰反応を同時解析できる独自仕様。営業企画課の要ともいえる存在です》


 


 ──そのとき、祈願ネットワークに赤色警告。


「西稲国・天乃郷。祈願層の断絶を確認。祈りが、神界に到達していません」


 宇迦が画面を見つめる。


「また、天乃郷……」


『きました、地方祈願断絶アラート!まさに“祈りの孤島”と化した地域です!』


《天乃郷は、かつて五穀豊穣を支えた土地。ですが今では儀式のみが残り、信仰は形式化しています。

 人々の“本音の祈り”が神に届かない。これが現代の“信仰インフラ断絶”の実情です》


「イナリ、現地へ行く準備を」


「了解。現場デバイスを切り替えます」


 


 ──営業本部長室


「また“あの土地”かよ」


 素戔嗚尊。本部長として、現場営業の指揮を執る武闘派神格。


「お前、あそこは信仰ごと沈んだ土地だぞ」


「……それでも、届かない祈りを放ってはおけません」


「…分かった。行け。営業企画課の名に恥じぬようにな」


『現場主義の素戔嗚尊本部長、ここは背中で送り出す熱い一幕!』


《宇迦との信頼関係があってこその一言ですね。“信仰再接続”という高難度案件、いよいよ動き出します》


 


 ──天乃郷、寂れた田園地帯。朽ちた小さな祠。


 そこに、一人の少女が立っていた。


 祠の前で、声にならないほど小さく、両手を合わせる。


「……お母さんの田んぼ、もう一度だけ……実りますように……」


 祠は静まり返り、何の反応もない――だが。


「感情強度、レベル3。非言語信号、微弱ながら接続を確認」


 イナリがそう告げる。宇迦は少女に優しく話しかけた。


「大丈夫。あなたの祈りは、ちゃんと届いてるよ」


 少女の目が見開かれる。祠が、わずかに光を帯びる。


『これは……これは……祈願APIも通さない、純度の高い“生の祈り”……!』


《これこそが“祈りのリアル”です。UX化されない、定型化されない、ただの“気持ち”。その強さが、宇迦の神格と共鳴し、神界ネットワークを再接続したのです》


 


 ──高天原本社


 ホログラフ画面に、プロジェクト名が浮かぶ。


〈五穀リレーション計画〉

 地方祈願再接続事業/発動フラグ立ち上げ中


『ついに始動!宇迦神による地方再生の祈願ソリューション、名付けて〈五穀リレーション計画〉!』


《本計画は、祈願と農業、地方経済、そして地域のコミュニティを繋ぎ直すもの。

 八百万社が抱える“神の責任”を、最前線から問い直す大型プロジェクトです》


 


『以上、第一話をお届けしました!静かな祠の前で、確かに届いた一つの祈り。

 これは神々が法人化した世界の、希望の始まりなのかもしれません!』


《次回はいよいよ、天照大神直轄の極秘改革計画〈Amaterasu Directive〉がその姿を現します。

“祈り”の本質を再構築する神界の一手、ぜひご注目ください》


〖それではまた次回、八百万社でお会いしましょう〗

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