番外編:莉子が見た、二人の秘密の恋

木下莉子にとって、佐倉葵は高校からの親友だった。真面目で、ひたむきで、ちょっと世間知らずなところが、放っておけないタイプ。陸上部の練習でも、受験勉強でも、常に真剣で、莉子みたいな適当人間とは真逆の存在だった。だからこそ、葵が、あの葉山悠斗と付き合い始めたと聞いた時は、心底驚いた。まさか、あの二人がねぇ。


初めて葵から相談されたのは、高校三年生の冬、共通テストを目前に控えた、誰もがピリピリしている時期だった。葵が、カフェでミルクティーを前に、「最近、すごくリアルな夢ばかり見て……」と、もごもご話し始めた時は、正直、寝不足で変な夢でも見たのかと思った。それが、まさか、毎晩同じ男の子の夢、しかも、その男の子と「現実の関係にギャップがありすぎて困ってる」なんて言い出すもんだから、莉子は思わず吹き出したね。


「えー、何それ!めちゃくちゃリアルな恋愛ドラマじゃん!で、相手は誰よ?」

普段、男っ気ゼロの葵が、そんなこと言い出すもんだから、欲求不満でも溜まってるんじゃないかとからかったのも、無理はない。

「でもさ、私、なんか不思議な水晶のお守りを拾ったっていう葉山くんの話を聞いてて……あれが関係してるのかなって……」

葵がそう呟いた時は、莉子も一瞬戸惑った。まあ、あの手のきれいな石には、色々な話がついて回るからね。

「ああ、あのキラキラした石ね。ロマンチックじゃん。そういうこともあるかもねー」

莉子はそう言って、曖昧に笑った。

「はいはい、冗談だって。でもさ、真面目な話、それって結構ストレス溜まってる証拠じゃない?受験勉強とか、陸上部引退とかさ。んで、その男の子が、葵にとっての救いになってるってことじゃないの?」

そう、莉子は分析した。で、極めつけに言ったのは、

「ま、冗談はともかく、いっそ告白でもして、キスでもしてみれば?夢の中の彼がどんな顔するか、現実で試してみればスッキリするかもよ!」

だ。まさか、それを本当に実行するとはね。後日、葵から「葉山くんと、付き合うことになったの」と報告を受けた時は、莉子は卒倒しそうになったよ。聞けば、葵がカフェで告白し、葉山くんがキスで返事をしたという。あの真面目な葉山くんがねぇ。


大学に入ってからも、二人の関係は莉子の観察対象だった。最初は、なんかこう、高校生の延長って感じで、学食で隣に座って勉強したり、キャンパスを歩いたり。手ぇ繋いでるとこ見ても、「あ、繋いでんだ」くらいの、なんとも初々しい感じだった。肉体関係なんて、とんでもない。葵が「キス以上はないの」なんて言ってた時は、正直、「葉山くん、奥手すぎじゃね?」って密かに思ってたよ。葵も葵で、夢の中では進んでるけど、現実では「物足りなさも感じる」とか言っててさ。まじウケる。


でも、受験期から卒業まで、何回か葵から体調の相談をされたことがあったんだ。最初は「寝不足かな」とか言ってたんだけど、だんだん「夢見すぎで寝汗がすごい」とか「朝から動悸がする」とか言い出して。しまいには「ショーツが濡れてる」とか、具体的な話まで飛び出した時は、莉子もさすがに「ん?これ、ただの夢じゃないな?」って思ったね。あの水晶のお守りの力が、本当にそこまで影響してるのか?って。


特に印象に残ってるのは、大学3年の秋かな。葵がちょっとナーバスになってた時期があったんだ。就活とか研究とかで忙しくて、葉山くんとも少しすれ違いがあったみたいで。そしたら、葵が「最近、夢の中でも葉山くんがそっけないの。そしたら現実でも体調が優れないのよ」って。莉子もその時期、何となく肌荒れが酷かったり、寝起きが悪かったりしたんだよな。その時、「ああ、これ、二人の関係が夢にも現実にも影響してるんだな」って、ぼんやり思ったんだ。お守りのことは知らなかったけど、二人の間に何か特別な力が働いているのは、近くにいる莉子にも感じられたよ。


そして、葉山くんから葵へのプロポーズ。レストランで、膝をついて指輪を渡したんだってね。莉子も泣いたよ。そして、葵が「初めて」を葉山くんに捧げた話。なんか、葵らしくて、すごく感動したね。夢でさんざん予習してたとはいえ、現実の初めては、また格別だったろう。


結婚式は、梅雨の晴れ間がのぞく、すごくいい日だった。チャペルで誓いのキスをした二人を見た時、莉子は思ったんだ。あの二人は、最初から運命で繋がれてたんだなって。葵が「夢が現実になった」なんて言うから、莉子には、まるで二人の物語が、あの水晶のお守りが紡いだ、壮大なファンタジーみたいに思えたよ。


結婚して、新居に引っ越してからは、葵も落ち着いたみたいで、夢の話はほとんど聞かなくなった。きっと、もう夢で補完する必要がないくらい、現実で満たされてるんだろうね。


数年後のある日、葵から「ねぇ莉子、聞いてくれる?すごいことがあったの」って電話があったんだ。興奮した声で、水晶のお守りが光り輝いて、二人の目の前で消えて、体の中に吸い込まれていったって言うじゃない。莉子はもう、鳥肌が立ったね。「やっぱ、あれ、ただの石じゃなかったんだな!」って、思わず叫んじゃったよ。二人の縁が、本当にもう何の助けもいらないくらいに強固になったってことだろ?


ああ、それとね、最近、葵のやつ、ちょっとお腹がふっくらしてきたんだよね。莉子は知ってるよ。きっと、夢の中の二人の願いが、現実になったんだな。


葵、葉山くん、末永くお幸せにね!


でも、そんな素敵な縁結びのお守りがあるなら、どうして私の手元にはないのよ!

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水晶の夢路 舞夢宜人 @MyTime1969

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