第18話 深まる絆と未来への予感-6
大学三年目の後半から四年目にかけて、周りの友人たちの間では、就職活動の話題と共に、結婚の二文字が飛び交うようになっていた。私、佐倉葵も、キャリアセンターでのガイダンスに参加し、企業説明会に足繁く通う日々。忙しさに比例して、悠斗くんとの将来を具体的に意識し始めた。彼からのプロポーズを予感するたび、心臓が大きく脈打ち、その答えを心の中で明確にしようと、私は自分自身に問いかけた。
夢の中の悠斗くんとの関係は、現実では経験できないほど深く、濃密なものになっていた。肉体的に深く結びつき、「いつ子供ができてもおかしくない関係」にまで深化している。その甘美な体験は、現実の私を支え、彼への愛情を育んできた。しかし、その夢の力が、現実での結婚という人生の一大決断に、大きな影響を与えていることに気づいた時、私は深い戸惑いを覚えた。
「本当にこれは私の本心からの結婚願望なの?」
問いかけは、私の心を深く抉った。この夢の力は、私の意思ではない、何かの力が私を悠斗くんへと導いているのではないか。そんな疑念が、胸の奥で渦巻く。
同時に、私は夢の中での「主導権の交代」を経験していた。稀に、私が夢の中で悠斗くんをリードし、彼が私の潜在的な期待や願望を受け止めてくれることがある。その経験を通じて、私は悠斗くんに対しても、私の意思や願望が夢を介して影響を及ぼしていることに気づいた。もし彼が私をこれほど深く求めるのが、私の夢のせいだとしたら?この気づきは、悠斗くんとは異なり(彼はお守りとの関連性を認識しているが、夢が相互に影響し合っているとまでは自覚していない)、私にとっての結婚への大きな葛藤となった。この複雑な感情を、誰かに話さずにはいられなかった。
放課後、私は友人である木下莉子を捕まえて、カフェへと向かった。温かいカフェラテを前に、私は切り出した。悠斗くんとの結婚を考えていること、そして「夢の中のことが、現実の私の感情にあまりにも強く影響している」という、漠然とした不安を打ち明けた。莉子は私の言葉を真剣に聞いてくれた。
「へー、佐倉もついに結婚かー。びっくりだね!」
莉子は目を丸くしたが、すぐにいつもの調子に戻った。
「でもさ、夢がどうとかって、ちょっとスピリチュアルすぎない?夢なんて所詮夢だよ。朝起きたら忘れてるもんでしょ?」
「でも、私の夢はすごくリアルなの。起きた後も、汗とか……」
私は言葉を濁したが、莉子はすぐに察したようだった。
「ああ、なるほどね。つまり、現実じゃまだ進んでないけど、夢の中ではラブラブってわけか。ふーん」
莉子はニヤニヤと笑いながら、私をからかった。顔が熱くなる。
「まあ、でもさ、真面目な話、それだけ葉山くんのこと好きなんでしょ?夢だろうがなんだろうが、それだけ深く繋がってるってことなら、それはもう運命なんじゃない?私は、あんまり考えすぎない方がいいと思うけどなー」
莉子の言葉は、からかい混じりではあったものの、現実的な視点を与えてくれた。夢は夢。しかし、その夢がこれだけ私を揺さぶるほど、私は彼を好きなのだろうか。莉子の言葉は、私の感情の整理を促す一因となった。
その日の夜、私はリビングで参考書を開いていたが、やはり集中できなかった。心臓のざわめきが収まらない。リビングで夕食の準備をしている母、佐倉恵に、私は思い切って声をかけた。母は優しく、穏やかで、いつも私の体調や心の変化によく気づいてくれる。
「お母さん、ちょっと相談があるんだけど……」
母は手を止め、心配そうに私の方を向いた。莉子に話したよりももう少し深く、最近見る夢のこと、そしてそれが私の心のバランスを崩していることを話した。夢の中の悠斗くんのことは、名前は出さなかったが、「特定の男の子」への強い感情が芽生えていることを伝えた。
母は、私の話を遮ることなく、ただ静かに聞いてくれた。
「葵、最近少し顔色が悪いわね。寝不足かしら?」
母はそっと私の額に触れ、優しい手つきで髪を撫でた。その温もりに、張り詰めていた心の糸が少し緩むのを感じた。
「受験勉強も大変な時期だし、部活も引退して、心のバランスが不安定になっているのかもしれないわね。そういう時って、人は無意識に、何か心の支えや救いを求めてしまうものよ」
母の言葉は、私の心の奥底に染み渡った。まるで、私の深層心理を見透かしているかのように思えた。
「その夢の中の存在が、今のあなたにとって必要なものなのかもしれないわね。でもね、夢は夢。現実のあなたは、現実の世界で生きているのよ」
母はそう言って、私を抱きしめた。その温かい腕の中で、私は安堵の息をついた。母は私から離れると、目を合わせて続けた。
「でも、その夢が、葵の心をこんなにも揺さぶっているのなら、もしかしたらそれは、ただの夢だけじゃないのかもしれないわね」
母の瞳は、どこか遠くを見るような、不思議な光を帯びていた。「最終的に、どうするかを決めるのは、葵自身の意思であるべきよ。どんな選択をしても、お母さんはあなたの味方だから」
母親と莉子の言葉が、私の心を巡った。莉子の言葉は、行動を促す現実的な助言だった。母親の言葉は、私の心の奥深くにある感情を見つめ直すきっかけを与えてくれた。夢の中の悠斗くんがくれる甘美な体験と、彼が私に与える深い安堵感。それは、現実の彼がくれる、あの図書室の静かな安心感と、彼の優しさに直接繋がっている。夢の中の悠斗くんの優しさや触れ合いが、現実での悠斗くんへの意識を、やはり強烈に刺激していることを、私は否定できなくなっていた。
毎朝、目覚めると、枕は汗でじっとりと湿っていた。肌にはじんわりと汗が滲み出し 、ショーツの股間には、甘い蜜が溢れ出したかのように濡れた痕跡が確かに残っていた。そして、心臓は激しく脈打ち、動悸がしばらく収まらない。この痕跡が、夢の力が現実の自分に与える影響の証拠であり、結婚への葛藤を深める一因ともなっていた。
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