第7話 受験期の焦燥と夢の甘美な現実
一月下旬の朝、張り詰めた空気が肌を刺す。大学入学共通テスト当日。悠斗は、いつもより早く家を出て、試験会場となる大学の講義室へと向かっていた。門をくぐると、既に多くの受験生が固い表情で会場へと吸い込まれていく。彼らの纏う緊張感が、悠斗の胸を締め付けた。
指定された教室に入ると、鉛筆の音さえ響きそうな静けさの中に、不規則な咳払いや参考書をめくる微かな音が混じり合う。空気は張り詰め、誰もがピリピリとした殺気のようなものを放っている。席に着き、配られた問題用紙の束を前にすると、悠斗の心臓は激しく脈打った。手がじんわりと汗ばむ。深呼吸を一つ。そして、試験開始の合図と共に、最初のページをめくった。
一問、また一問と解き進める。順調に思えたが、不意に、思考が硬直する問題にぶつかった。頭の奥が重くなり、焦燥感が募る。時間だけが、無情にも刻々と過ぎていく。周囲からは、早くもシャーペンを置く音や、机に頭を伏せる生徒の姿が見える。極限状態だ。こんな中で、本当に自分の力を出し切れるのだろうか。不安の波が、悠斗の心を襲い始めた。
その時だった。脳裏に、ふわりと、夢の中の葵の笑顔がよぎった。
あの図書室で、葵が「あ、そっか!」と屈託なく笑った顔。カフェで告白した時、恥じらいに頬を染めながらも、真っすぐに俺を見上げてきた瞳。そして、夜毎夢の中で、俺の腕の中で安らかに眠る彼女の姿。肌と肌が直接触れ合い、互いの体温が溶け合うような、あの甘美な一体感。彼女の柔らかな胸を掌に包み込んだ時の吸い付くような弾力、息遣いが甘く乱れる瞬間、そして、体力の限界など存在しないかのように、どこまでも深く、限りなく互いを求め合った無制限な行為の暗示。それらは、単なる夢の記憶ではない。それは、悠斗の現実のモチベーションそのものだった。
「この試験を乗り越えれば、現実でも彼女との未来がある」
そう確信にも似た力が、悠斗の心に満ちた。夢の中の葵が、現実の俺に力を与えてくれている。そう思うと、思考の硬直が解け、再びペンを走らせる手が力強くなった。目の前の問題が、ほんの少しだけ、解ける気がした。
共通テストが終わり、結果が出るまでの間も、悠斗の心は落ち着かなかった。自己採点の結果に一喜一憂しつつも、すぐに二次試験に向けて気持ちを切り替える。葵とは、学校の図書室で相変わらず席を並べて勉強を続けた。休憩時間の短い会話の中で、互いに共通テストの手応えを探り合うが、受験の緊張感から、深い話はできなかった。それでも、隣に葵がいるというだけで、悠斗の心は静かに満たされた。
夜、夢の中の葵は、相変わらず悠斗を深く、そして優しく癒してくれた。毎朝目覚めるたびに、悠斗の体には夢の痕跡が残っていた。肌にはいつも薄っすらと寝汗が滲み、時には股間が濡れて、下着が夢精による粘り気のある熱を帯びた液体で汚れている。心臓は朝から激しく脈打ち、しばらく動悸が治まらなかった。サッカー部で鍛えられたはずの自分の体は、かつてないほどの性的興奮によって体液が分泌されたような痕跡も残していた。
そのリアリティは、悠斗の精神状態に深く影響を及ぼしていた。夢の中の彼女の笑顔、甘い吐息、腕の中で溶けそうになる体温が、現実の悠斗の葵への願望を日に日に強めていく。夢のリアリティと現実の乖離に戸惑いながらも、俺は、いつかこの夢を現実にする日を夢見ていた。
二月に入り、二次試験が始まった。共通テストとは違い、より専門的で、深い思考を要求される問題ばかりだ。試験会場の雰囲気も、共通テストのそれとは比べ物にならないほど張り詰めていた。一つ一つの問題に、全神経を集中させる。時折、ペンを持つ手が震えるのを感じた。
だが、試験が終わった瞬間、それまでの重圧から解放され、大きな安堵感が悠斗を包んだ。同時に、得体の知れない不安感も押し寄せる。やり切った、という達成感と、果たして合格できているのかという漠然とした恐怖が入り混じっていた。
合格発表までの日々は、悠斗にとって、果てしなく長く感じられた。期待と不安が交互に押し寄せ、夜はなかなか寝付けないこともあった。そんな不安な期間も、夢の中の葵との関係は、変わらず悠斗を癒し、支え続けた。夢の中の彼女は、いつも悠斗の弱さを受け止めてくれ、言葉にならない安堵感を与えてくれた。夢の中で育まれた二人の絆は、悠斗にとって、現実の試練を乗り越えるための、最も確かな支えとなっていた。
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