不器用な二人の15分間

@sakurako82

第1話


嵐のような大粒の雨が地面をひたすら打ち付ける




予定時刻を当に過ぎているというのにバスはまだやってくる気配がなかった




それを待つ人たちはこの雨だからと諦めるようにタクシーを捕まえてはそそくさと帰って行った




バス停には私一人だけ




タクシーに乗ってさっさと帰りたいのが本音だけれど学生の身分で気軽に使えるものではない



歩いて帰るかどうしようかと悩みながら結局それが来るのをただ待っていた



まだかなとキョロキョロしていると黒い大きな傘を持った男性がこちらへと向かってきては私から少し離れたところで止まった



どこのバス停も屋根が小さい



そのせいかベンチはたったの二席


その男性は私にわかるかわからないか程度の会釈をして真横の椅子に腰掛けた




今はとても便利なものでバスの現在地、遅延情報などをスマホで確認することができる



私は画面を見つめながら今か今かと待ち侘びていた




バスは二停車前で止まったまま動く気配がない



私は大きくため息をつきやっぱり歩いて帰ろうかととめていた傘のボタンを外した時


隣の男性がスマホ画面をこちらに向けながらボソッと呟いた




「二停車前で事故に遭ったみたいです。ニュース速報に入ってきたので間違いないかと」





「うそでしょ…もう勘弁してよー。やっぱタクシーかなーでも流石に高くつくしなー。でも徒歩で帰るとなると4.50分はかかるし。もー安全運転しろっての」




凪の口からは苛立ちからかスラスラと言葉が出てきて止まらなかった




そんな止むことを知らない暴言に男は何一つ返すこともなくただその場に座っているだけだった




反応がなかったことに少し驚いた凪は横目でその男を盗み見しては様子を伺った



どうやって帰ろう、タクシーしかない



この人はどうやって帰るんだろう



まさかここでずっと待っているんだろうか



いろんな憶測が頭の中を勢いよく駆け巡った




明らかに隣からの視線に気づいているはずの男はそれでもただ真っ直ぐ、激しい雨を眺めながら座っていた



ジッとしてられない性格の凪は居ても立っても居られなくなりその男に声をかけた



「おじさん、どうすんの」



「おじさんて…」




「だっておじさんでしょ、いくつ」




「30だけど」



「ほらおじさんじゃん」



「君は」




「私?ピチピチの22歳。若くて可愛いでしょ〜」





黒縁の少し細めなデザインの眼鏡をかけた前髪の長い無愛想なその男は案外普通に会話ができるタイプの人間で凪は内心ほっとした



会話が終わるかと思いきや男は深掘りするかのように会話を続けた



「来年社会人?」



「そうだけど、なに。何か言いたいの?」




「いや、別に。頑張って」



そんな突然の適当な返しに凪は少しムッとした




「なにそれ、なんかおじさんムカつくー」



男はなぜ凪が仏頂面なのか理解できていないのかきょとんとした表情で会話を続けた



「ごめん。別に特に意味はない」




「あっそ。ところでおじさん、どうすんの」




「どうするって」




「どうやって帰るの」



「うーん」




この男がどうやって帰るのかなんて、聞いたところで何の意味もないことは明白だった




凪自身もまたどうしてそんな質問を投げかけたのか、口にして不思議に思った




男は少しの間考えてから口を開いた




「家近いけど、来る?」




「えっっっつ!!!?」




突拍子も無い声は一体どこから出てきたのか、凪の猛烈な雨にも負けないほどの言葉はしっかり過ぎるほどに男の耳に伝った




「別に、何もしないよ」




「そ、そ、そんな嘘ばっか。そういう手口なんだ、変態!この変態おじさん!!」





「22歳に手出すほど飢えてないから」




「う、うそつき!!」





「いや、別にいいんだけど。タクシーで帰ると高いとか言ってたから」




「え?」




「いや、分かんないけど家遠いのかと思って」




「まあ…遠いよね」




「…」




「…なんか言ってよ」





「いや、別に言うことない」





「……本当に、本当に本当に何も…しない…?」




「誓約書書いてもいいよ」





「…そ、そこまでしなくてもいいけどさ」





「無理強いしてないから。ただ、困ってるのかなって思っただけだから」





「……じゃあ…その…今日おじさん家に泊めて」





「いいよ。タクシー捕まえる」





そうして男は慣れた様子でタクシーを捕まえるとそそくさと取り込んだので凪も後に続いた




タクシーで15分ほど走った低層マンションの目の前に停まった



おじさんのくせに随分と洒落たところに住んでるんだなと驚いたがそれよりもっと驚いたのは部屋の中だった




男性の一人暮らしとは思えないほど丁寧な暮らしをしている様子が見てわかった



決してものは多く無いけれどシンプルで心地の良い空間だ




ディフューザーなんかも置いてあったりしてその香りが心地良い空間を演出していた




「どうぞ、スリッパこれ使って。トラベル用だけど」




「あ、ありがとうございます」




男は本当に何もする気がないのかタオルとパジャマ、それから袋に入った歯ブラシを差し出しシャワーを浴びるよう促した




「作業部屋に布団敷いたからそこで休んで」




「ありがとうございます」




「ご飯は食べた?」




「あ、うん」





「じゃあおやすみ」





「あ、あの!さ…」




「なに」




「あり…がとう」




「どういたしまして」




その後凪はさっさとシャワーを浴び、寝る前の挨拶をするべき悩んだが互いに気まずくなることは容易に想像できたので静かに用意された部屋に入り眠りについた





朝目覚めてリビングへ向かうとテーブルの上にはメモと鍵、それからおにぎりとお茶が置いてあった




“鍵閉めたらポストに入れておいて。絶対忘れずに”





なんだ、普通にいい人だった




あ、そういえば名前を聞き忘れたな




また会えるかな、今度あったらお礼を言おう




凪は布団と借りたパジャマを丁寧に畳み部屋を出て戸締りをした





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