その翡翠き彷徨い【第54話 アミアカルバ】
七海ポルカ
第1話
貴方は
『君は真っすぐすぎる』
美しいアイスブルーの瞳が彼女を見る。
『馬鹿正直って言いたいんでしょ。分かってるわよ。お説教はやめてよね!』
姉に叱られた理由を、わざわざ隣国アリステアからサンゴールまで来て愚痴るアリステアの第二王女を、優しい表情で見ていた王子グインエルは、きょとんとしてから吹き出した。
『違うよ、そうじゃない。――そういうところが私は大好きなんだ』
◇ ◇ ◇
グインエルが【光の王】と呼ばれたのは、彼が人の真理を見抜き、その人の本質を誠実に評価する事が出来たからだと彼女は思っている。
そう。【
それは兄が自分を真実の心で恐れず愛し、優秀な魔術師として頼っている事を知っていたからだ。
そのグインエルが真っすぐな魂と呼んだ――アミアカルバである。
(玉座に座って私は変わったのだろうか)
だとしたら何という皮肉なのだろう。
自分が玉座に就いたのは、間違いなく亡き夫への愛のため、ただ一つの理由だった。
しかしその玉座に座る事で、夫の愛情を得た美徳を失ったのだとしたら、救いようの無い話ではないかと思う。
――――まったくこんな皮肉はないわよね。
呟きは響いて消えた。
「分かってるわ。これはただの独り言よ。誰も相槌が欲しいなんて言ってないわ。というかあんた相槌下手だしね」
頬杖をついて呟く。
彼女からテーブルを挟んで右斜め前に座った男は、うんともすんとも言わない。
手元も分厚い本にひたすら視線を落としている、黒衣の魔術師。
「私は変わったんじゃないわ。
狡さも私が元々持っていたものの一つだったのよ。
だって王は寛容なだけでは出来ないじゃない?
グインは私に王位を預けてくれた。
つまり、私が狡い女だという事も、
ちゃあんとあの人は見抜いていてくれた上でのことだったのよ。
だから私は、なーんにも変わってないわ」
「……お前が変わった事を恐れるような殊勝な人間か」
口を開けばこれだ。
「なんか言ったかしら?」
「厚かましい事この上無い」
「あんたね。わざわざ聞き逃してやったんだからちゃんと逃げなさいよ。なに暴言重ね塗りしてんのよ」
なんだかんだでいつもこんな遣り取りばかりだ。
仲なんか昔から良くもないのに、結局この男とはずっとこうして一緒にいる。
もうこうなるとホントに家族みたいなもんよね。
彼女は苦笑しつつ立ち上がった。
ここは今、サンゴールではない。
彼女も、もう一国の女王ではない。
男も第二王子ではなく……苦難はすでに遠い過去の事となった。
しかしそのことを説明しても、誰にも理解は出来まい。
二度目の生。
その意味を。
話す気もない。
今はただやけに静かな屋敷に二人、過去を何気なく思い出しただけだ。
「何かこうやってると思い出すわね。あの子がいなくなった時のこと……」
窓から外を見ると静かな雨が降り始めていた。
「貴方もそうなんじゃない? ――リュティス」
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