1の3 公爵様の「一目惚れ」がうさん臭い
聖騎士は自分を犠牲にしても民衆を助けるような、誠実な人物ばかりだと評判だ。だからこそヒーローのように崇拝されているわけだけど、この公爵様は表の顔だけが全てではないかもしれない。
「俺の名はアレクセイラス・ルーチェ・フェロウズというんだ。長いからアレクでいいよ。年齢は二十四。きみは十七歳と聞いたから、俺とは七つ違いだね」
「そ、そうですね」
「ヴィヴィアン。きみのことをヴィヴィと呼んでもいい? 何度も呼びたくなるような可愛い名前だ」
「…………どうぞ」
(初対面で愛称呼びするんかい! ……って言いたい。でも、お客様の機嫌を損ねるようなことしたくないし)
そうなのだ。このアレクと名乗った聖騎士は、私にとってお客様になったのだ。
天幕で彼にぶつかったあと、私たちに気づいたライラさんが驚いた様子で「おやまぁ、公爵様! うちのモデルに何かご用ですか?」と言ったのがキッカケだった。
公爵――こんな若い人が? この人が貴族の頂点? 本当に?
驚いて逃げることも忘れてしまった。
私は田舎者だし、社交デビューなんてする余裕もなかったので、公爵がいかに偉いのかはよく分からない。
公爵から伯爵までの上位貴族が王都に屋敷を持っていることは知ってたけど、彼らが住むのは上層と呼ばれる特別な地域だ。
上層にいるのは王族と上位貴族、そして聖職者だけ。安っぽい服を着た一般人が用もなく上層をうろついていたら、王宮騎士団から職務質問されてしまう。
ライラさんの工房は中層にあるし、お針子用の寮は下層にあるから、私は上位貴族たちの名前も顔もあまり覚えていなかった。
(公爵でもお金持ちとは限らないわよね。男爵なのに、うちみたいな貧乏貴族もいるわけだし)
私にとって重要なのは、『お金を持っているかどうか』。爵位はあてにならない。
そう思って冷めた目で公爵様を眺めていたら、彼はなんと私を指し示し、「このモデルさんと話がしたい」とライラさんに言ったのだ。
ライラさんは大喜びで了承した。
目が死んでいる私に彼女はすかさず接近し、「この方は公爵で、しかも聖騎士団の団長でもあるんだよ。間違いなくお金持ちだ。仕事をもぎ取っておいで」とこそっと耳打ちしたのだった。
仕事――イコールお金!
その二つが直結してしまう自分の思考回路を、この時ほど嘆いたことはない。自分が聖騎士に誤認逮捕されてしまうかも、という危機感はどこかへ吹っ飛んでしまった。
そして私はライラさんに促されるがままに、この公爵様が用意した馬車に乗り込み……今の状況だ。
(ライラさんは、私の扱いをよく分かってるんだよね。まあそれはいいとして……。この公爵様については、気になることが多すぎるわ)
公爵様が用意していた馬車に乗り込む時、カルロスと名乗る聖騎士の側近もいて、私の顔を見るなり「よかったぁ~」と小さな声で呟いたのだ。
(あれはどういう意味だったんだろ。私を無事に捕まえたから? でも馬車は聖騎士団の本部に向かってないんだよね)
馬車は上層へ入ったけど、貴族の邸宅が並ぶエリアに向かっている。つまり私は、何かをしでかして逮捕されたわけではないのだ。
この公爵様が私を呼んだのは、ショーで見た薔薇のドレスを気に入ったから……と考えるのが自然だろう。好きな女性に贈るつもりなのかもしれない。
色々と気になるけど、もうさっさと仕事をしよう。
「さっそくですが、アレク様がお望みのドレスはどういったデザインでしょうか。私がショーで着ていた薔薇のドレスですか?」
「いや、用があるのはドレスじゃないんだ」
そこで言葉を切り、私の顔を覗きこむようにぐっと近寄ってくる。宝石みたいな青紫色の瞳に吸い込まれそうで、私は思わず呼吸を
(ひ、ひい。近い……)
「きみに一目惚れした。一緒に食事をしたくて呼んだんだよ」
「…………」
とても色っぽい声で言ってくれたけど、私はスンっと真顔になった。
(ますます
天幕の中で自己紹介したから、私が地方の下位貴族の娘だということは分かったはずだ。
この人の立場なら令嬢は誰でも選びたい放題なわけで、出稼ぎをするような貧乏令嬢をわざわざ選ぶ理由なんかない。
「そのジトッとした目……俺の告白を信じてないみたいだな。せっかく勇気を出して本心を伝えたのに」
「面白い冗談でした。それで、ドレスのことですけど」
「ははっ、冗談にされてしまった。ヴィヴィは全然物怖じしないんだな。話すのがとても楽しい」
本当に楽しいようで、くくっと笑っている。
(あのー、商談を進めたいんですけど。ドレスが欲しいんじゃないの?)
どうしたものかと考えているうちに、馬車は大きな門をくぐったようだ。どこかに着いたらしい。
でも敷地に入ったはずなのに、窓から見えるのは樹木ばかりだった。
「ここはどこですか。公園?」
「俺の屋敷だよ。もうすぐ玄関が見えてくるはずだ」
(ここが敷地内? じゃあこの森みたいな場所は庭ってこと?)
まさかそんなと思っていたら、本当に大きな屋敷が見えてきた。私からするとほとんどお城のような、巨大な豪邸だ。
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