第12話:暴かれた秘密

最近、「わかP」の活動は、

私の生活の大部分を占めていた。

学校での孤立感は、以前よりも薄れた気がする。

それは、音楽を通じて得た自信と、

ブレイズとの確かな繋がりのおかげやった。

そして、輝先輩の存在が、

私の心の奥で、静かな光を放ち続けていた。


夜、自室でパソコンに向かっていると、

ふと、YouTubeの通知が届いた。

「わかP」の新作動画がアップロードされたらしい。

『心の居場所』。

この間、ブレイズとセッションしたばかりの曲や。

まだ誰にも聴かせていない、

私にとって特別な歌やった。


私は、緊張と期待を胸に、動画を再生した。

イントロが流れ、ボカロの声が響き渡る。

それに続いて、私のリアルボイスが重なる。

『夕焼け空に 吸い込まれそうな

教室の隅で 一人座ってた』

画面の中で、私の歌声が、

ボカロの声と溶け合って、

新しいハーモニーを奏でている。


この曲は、私が音楽を通して見つけた、

「居場所」を歌った歌や。

孤独だった日々から、

少しずつ光を見つけていく過程。

あの時の美術室の夕焼けを思い出す。

あの時、輝先輩が、

私の歌を微かに聞いたのかもしれない。

そんなことを考えながら、

私は自分の歌声に、じっと耳を傾けた。


その頃、月島輝は、

いつものように自室で、スマホをいじっていた。

ブレイズの練習も終わり、

シャワーを浴びて、さっぱりしたところだ。

何気なくYouTubeのアプリを開くと、

通知が届いているのに気づいた。

「わかPが新しい動画を公開しました」


「お、新作か」

最近、すっかり「わかP」のファンになっていた俺は、

迷わずその通知をタップした。

タイトルは『心の居場所』。

そういえば、以前、美術室で、

神楽坂和歌が口ずさんでいたメロディと、

どこか似ているような気がした曲だ。


再生ボタンを押すと、

透き通るようなボカロの声が流れ出した。

そして、すぐにリアルボイスが重なる。

『夕焼け空に 吸い込まれそうな

教室の隅で 一人座ってた』

その歌声と歌詞が、

脳裏に焼き付いている和歌の姿と、

ぴったりと重なった。


「……まさか」

あの美術室で、俺が聞いたメロディ。

そして、その時、和歌が口ずさんでいた歌詞。

あの時は、気のせいだと思っていた。

偶然だと、自分に言い聞かせていた。

だが、今、目の前で流れている歌は、

あの時のメロディと、

紛れもない同じ歌詞を歌っている。


動画のリアルボイス(デュエット部分)の声質。

それは、ライブハウスのロビーで、

怜と俺の喧嘩を止めた時の、

和歌の震える声と、どこか似ている。

いや、似ているじゃない。

声質が、完全に一致している。

あの時、確かに聞いた、和歌の声だ。


「あの時の歌詞…しかもこの声…これ完全に和歌じゃん!」

思わず、声が出た。

衝撃が、全身を駆け巡る。

頭の中で、点と点が、

一気に線で繋がっていく。

和歌の普段の関西弁と、

この歌声の標準語。

そのギャップに、疑問を抱いていたはずなのに。

なぜ、今まで気づかなかった。

いや、気づきたくなかったのか。


俺は、すぐさまパソコンを立ち上げ、

「わかP」の他の動画も全て確認し始めた。

『プレリュード』、『ふたりでなら』。

どの曲も、リアルボイスの部分は、

すべて神楽坂和歌の声だ。

間違いねえ。


彼女の歌声は、繊細で、儚くて、

それでいて、どこか切実な感情が込められていた。

そして、その歌詞は、

彼女自身の孤独や、

内面に秘めたる想いを、

そのまま歌っているようだった。

『たった一人の 寂しい世界が

少しずつ色を 持ち始めたんだ』

『不安な日も 戸惑う夜も

ヘッドホンの中 あなたの言葉』

和歌の、学校での姿が、

脳裏に鮮明に浮かび上がる。


彼女は、いつも教室の隅で、

誰とも目を合わせずに、

ひっそりと本を読んでいた。

その姿は、まるで、

自分の世界に閉じこもっているようだった。

そんな彼女が、

ネットの世界で、

こんなにも多くの人の心を揺さぶる歌を歌っている。

その秘密のギャップに、

俺は、驚きと同時に、

言いようのない魅力を感じた。


月島輝は、初めて「わかP」の正体を確信する。

あの神楽坂和歌が、「わかP」だったとは。

まさか、俺がこんなにも惹きつけられていた音楽が、

身近な、しかもあんな地味な奴から

生まれていたなんて。

悔しいような、でも、納得するような、

複雑な感情が入り混じる。


輝が和歌の秘密を知ったことで、

物語は新たな局面を迎える。

これまでの「憧れ」や「漠然とした興味」が、

確かな「知っている秘密」へと変わった。

俺は、和歌の持つ、

秘められた才能と、

その繊細な心に、

深く、そして決定的に、

惹かれていた。


この秘密を、どう扱うべきか。

彼女に、知っていると伝えるべきか。

それとも、このまま、

俺だけの秘密として、

彼女を見守るべきか。

輝の心の中で、葛藤が始まる。


輝が和歌の秘密を知ったことで、

二人の関係性は、これから大きく動き出すだろう。

和歌は、まだ、彼の視線に気づいていない。

しかし、その視線は、

すでに彼女の秘密の扉を、

静かに、しかし確実に、開いていた。

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