第5話:デュエットの衝撃

ライブハウスでの出来事から、

数日が経った。

輝先輩と握手した手の温もりが、

まだじんわりと残ってるみたいで、

なんだかフワフワした気分やった。

学校での授業も、ぼんやりとしか頭に入らへん。

机の引き出しに隠したノートの隅には、

彼の名前が、何度も書いてあった。


学校では、相変わらず隅っこで息をひそめる日々やけど、

時々、ふと、彼の姿を目で追ってしまう。

中庭で友達と楽しそうに笑ってる姿とか、

廊下ですれ違う時に見かける後ろ姿とか。

それだけで、胸の奥がキュンと鳴る。

彼が近くを通るたびに、

心臓がドキドキして、呼吸が浅くなる。


ボカロ制作は、私の秘密基地やった。

学校での鬱屈も、彼の存在も、

全部ここで、音と歌詞に変える。

「プレリュード」は、少しずつ再生数を伸ばしてて、

コメントも増えてきた。

『心に響きました』とか、『元気が出ました』とか。

顔も知らん誰かが、私の歌を聴いてくれてる。

それが、本当に嬉しかった。

この匿名の世界だけが、私を認めてくれる場所やった。


ある日の夕方、自室で曲作りをしていると、

突然、ドアが「バン!」と音を立てて開いた。

振り返ると、そこに立っていたのは怜姉ちゃん。

いつものこととはいえ、心臓が跳ね上がった。


「あんた、またそのヘッドホンしてるん?」

そう言いながら、私の耳からヘッドホンをひったくる。

「えっ、ちょ、怜姉ちゃん!」


そのまま、怜姉ちゃんは無表情のまま、

パソコンの画面を覗き込む。

私が作ったばかりの「ふたりでなら」が、

画面に表示されてた。

心臓がドクドクうるさい。

また、厳しいこと言われるんかな。

それとも、飽きられた、とか言われるんかな。


しばらくの沈黙の後、怜姉ちゃんがポツリと言った。

「あんたの歌声、聴かせてみぃ」


「え、私? 無理無理! 歌なんて無理や!」

焦って手を振る。

人前で歌うなんて、考えただけで鳥肌が立つ。

自分の声が大嫌いやった。


「あんたの歌、上手いんだから」

怜姉ちゃんの言葉に、耳を疑った。

「ボカロの声も重ねてみたら?

デュエット、やってみぃ」


デュエット?

ボカロと、私?

そんなこと、考えたこともなかった。

戸惑いと、ほんの少しの好奇心が、

胸の中でごちゃ混ぜになる。


「……でも、私、歌うの、苦手やし、恥ずかしい」

「苦手ちゃう。練習してへんだけや」

怜姉ちゃんは、そう言うと、

私の隣にすとんと座り、パソコンを操作し始めた。

私の返事を待つ様子もない。

「あんたの歌、上手いんだから、

ボカロの声も重ねてみたら?

デュエット、やってみぃ」


結局、怜姉ちゃんの有無を言わさぬ勢いに押されて、

デュエット動画を制作することになった。

怜姉ちゃんは、まず私の声を録音するように促した。

恥ずかしかったけど、怜姉ちゃんの鋭い視線に、

逆らうことはできひんかった。


『透明な声が 夜空を翔ける』

私が歌うパートを、怜姉ちゃんが細かく指導してくれる。

「もっと声張って」「ここは感情を込めて」

クールな怜姉ちゃんが、音楽に関しては妥協しない。

何度も何度も録り直して、声が枯れそうになった。

でも、不思議と、その厳しさが心地よかった。

怜姉ちゃんが、私の才能を信じてくれている。

そう思うと、頑張れた。


ボカロの声と、私の声が重なる。

初めてのデュエット。

最初はぎこちなかったハーモニーが、

少しずつ、溶け合っていく。

新しい音が生まれるたびに、

胸の奥が震えた。

これ、私とボカロの声なんや。

こんなにも、綺麗に重なるんや。


何時間もかけて、完成したデュエット曲。

タイトルは「ふたりでなら」。

和歌とボカロ、そして歌によって、

繋がりが生まれる。

寂しかった私の心と、

無機質なボカロの声が、

一つになる。

そんなテーマを込めた。


「よし、これで完成や」

怜姉ちゃんが、満足そうに頷いた。

私も、達成感と、少しの不安でいっぱいになった。

これを公開するんか……。

私の生の声が、ネットに流れるんや。

また、笑われるんじゃないかという恐怖が、

胸の奥で渦巻いた。


「ほら、さっさとアップロードしいや」

怜姉ちゃんの催促に、

震える指で、投稿ボタンをクリックした。

「どうか、誰かに届いて」

心の中で、そう願った。


投稿したデュエット動画は、

予想外の大きな反響を呼んだ。

翌日には、再生数が跳ね上がり、

コメント欄には、たくさんのメッセージが溢れていた。


「え、なにこれ!? すごい!」

「わかPさん、デュエットも最高!

リアルボイス、無色透明なのに心に響く!」

「歌詞が、心に刺さる……!

『寂しかった心に 光灯すように』ってとこ、まじ泣ける!」


スマホの画面をスクロールするたびに、

絶賛の声が飛び込んでくる。

学校での孤立とは真逆の世界。

私の音楽が、たくさんの人に届いている。

驚きと喜びで、胸がいっぱいになった。

こんな経験、生まれて初めてやった。

自分の歌声が、誰かに認められるなんて。


「わかP」としての活動が、

本格的に動き始めたんや。

自分の歌声に、新たな表現の可能性を見出す。

もしかしたら、この声が、

私を新しい世界へ連れていってくれるのかもしれない。

もう、一人じゃない。

そんな確かな予感が、私の中に芽生え始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る