第4話:姉と友と、初めての接点

「あんた、次行くライブ、これやからな」

怜姉ちゃんが、無表情のまま、

スマホの画面を私に突きつけてきた。


画面には、見慣れたライブハウスの名前と、

「ブレイズ出演」の文字が大きく踊ってる。

日付は、今週末。

どうやら、逃げ場はないらしい。


「え、ライブ? 私、行かへんよ。

人多いし、音大きいし……」


人混みは苦手やし、

爆音もあんまり得意ちゃう。

何より、そういう場所は、

私みたいな、いつも隅っこで息をひそめている人間が

行くべき場所じゃない。

賑やかな場所は、私には眩しすぎる。

そう思ってた。


せっかく東京に来たのに、

まだこんな場所から抜け出せていない自分が、

情けなかった。


「何言うてんの。ドラマーの妹が

来ぃへんでどうすんねん。常識的に考えぃ」

怜姉ちゃんは、有無を言わさへん。

いつものクールな声やけど、

その声には、有無を言わせない圧があった。


普段は口数の少ない怜姉ちゃんが、

こんな風に言う時は、もう決定事項なんや。

逆らっても無駄やと、

諦めにも似た気持ちで頷いた。

行くしかない。


結局、私はライブに行くことになった。

当日、会場に着くと、人の多さに圧倒された。

開場前からすでに長蛇の列ができていて、

熱気がムンムンしてる。


ライブハウス独特の、

汗と機材と興奮が混じった匂いがする。

胸がドキドキして、少し息苦しかった。


周りの人たちはみんな楽しそうで、

その中で浮いている自分が、ひどく場違いに感じられた。

まるで、自分だけ違う星にいるみたい。


ブレイズのライブは、すごかった。

ステージに立つ怜姉ちゃんは、

普段の家での姿からは想像もつかないくらい、

輝いていた。


スティックを握る手は力強く、

一打一打が会場全体に響き渡る。

本当に火薬庫みたいで、

一打一打が爆発するような衝動。

客席の熱気が、肌で感じられた。


激しい照明と、耳を劈くような爆音。

全身が震える。


『朽ち果てるまで、この火を燃やせ』

ボーカルの叫びにも似た歌声が、会場に響き渡る。

ブレイズの代表曲、『Burning Soul』。

その衝動的な音の塊に、私はただ圧倒されていた。

こんなにも、力強い音楽があるんや。

私とは、まるで違う世界。

でも、どこか、惹かれる。

この熱量は、私にはないものやった。


ライブが終わって、会場のロビーは、

熱気そのままに、人でごった返してた。

早くこの場所から逃げ出したい。

そう思っていると、

聞き覚えのある、少し低い声が聞こえてきた。


「おい、怜! 今日もテメェのドラムは

うるせぇんだよ!」


その声の主は、月島輝先輩やった。

まさか、こんなところで会うなんて。

驚きで、息を呑む。

そして、その隣にいるのは、

腕を組んで冷めた顔をしている怜姉ちゃん。

二人は、もうすでに軽口を叩き合ってた。


「はぁ? そっちこそ、歌いすぎで声ガラガラやん?

『錆びついた鎖』とか叫んでたら、喉潰すで。

ちゃんとケアせんと」

怜姉ちゃんが、冷めた声で言い返す。

その言葉に、輝先輩の顔が僅かに歪む。


「うるせぇ! 心配してんのかよ、クソドラマーが!」

「誰が」

「んだとコラ!」


周囲の生徒たちも、「また始まった」

「いつものことだよね」とばかりに、

二人のやり取りを見物している。

いつもの光景なんやろな。


学園のカリスマと、ブレイズのドラマー。

私には、眩しすぎる光景やった。

彼らが放つオーラに、思わず目を細めてしまう。

まるで、舞台の上の役者たちみたいに、完璧な二人組。


二人の言い合いは、

どんどんエスカレートしていく。

このままじゃ、本当に喧嘩になる。

周囲の生徒たちは面白がって見てるだけやし、

誰も止めようとしない。


人見知りの私は、いつもなら見て見ぬふりをする。

関わらないのが一番。

でも、その日は、なぜか体が勝手に動いた。

憧れの先輩が、今にも怒鳴り合いそうになっているのを見て、

いてもたってもいられなかった。

私の中に、小さな勇気が芽生えたんや。


「あの、あの、二人とも、落ち着いて……!

ここは、ライブハウスのロビーですよ……!」


ビビりながらも、思わず二人の間に割って入った。

私の小さな声は、二人の間に割って入るには

あまりにも弱かった。

けれど、二人の視線が、私に集まる。

一瞬、場の空気がシンと静まり返った。

周りのざわめきすら、遠のいたように感じた。


輝先輩は、目を丸くして私を見ている。

まるで、異国の珍しい動物でも見たかのような顔で。

「お前……誰だ?」


怜姉ちゃんが、呆れたようにため息をついた。

「うちの妹や。神楽坂和歌」


「へぇ……お前、怜の妹だったのか。意外な組み合わせだな」

輝先輩は、ニッと白い歯を見せて笑った。

その笑顔は、ポスターで見ていた笑顔よりも、

ずっと眩しかった。

こんな間近で、彼の笑顔を見るなんて。


「俺は月島輝。ま、よろしくな、和歌」

彼は、すっと右手を差し出してきた。


その手が、大きくて温かくて、

私の心臓は、また大きく跳ねた。

憧れの月島輝先輩と、

こんな形で、こんなふとした瞬間に、

顔見知りになるなんて。

まるで、夢でも見ているみたいやった。

手汗が、じんわりと滲んでくる。

彼の掌の熱が、私の指先に伝わって、

全身が熱くなるような気がした。

「え、こんなに大きいんや……」

思わず、心の中で呟いた。

私の手なんて、すっぽり隠れてしまいそうや。


私にはまだ、分からなかった。

ただ、あの時握った手の温もりが、

ずっと離れなくて。

ほんの少しだけ、

未来が輝き始めたような気がした。

私の世界が、少しずつ、色づき始めたんや。


別れ際に、

輝先輩が少し覗き込むようにして、

「またな」って笑った声が、

ライブの爆音よりもずっと胸に響いてた。

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