第45話 一人は皆の為に

《ガルビエム》――それはゲームでは魔王戦の前哨戦として登場するボスだ。

世界崩壊後、各地に現れるようになり、プレイヤーは先に倒しておくことも、魔王戦の直前に連戦で挑むこともできた。


悠然と舞い降りるその姿は、筋骨隆々とした魔族レッサーデーモンよりも、どこかスリムでしなやかだ。

三対六枚の蝙蝠のような翼を広げて舞う姿は威厳に満ち、地上に降り立つ様は――慢心としか言いようがない。

正直、上空から魔法の雨を降らせるだけで勝てるのだから。


それをせず、わざわざ僕たちの土俵に降りてくるあたり、正々堂々としている……と取れなくもない。

だが実際は、ただ僕たちを脅威と見なしていないだけだろう。


露出した脳髄と髑髏のような顔面からは、表情というものが一切読み取れない。

丁寧な口調、準備を待つ姿勢、こちらを尊重しているようにすら見える態度。

――全て、徹底した「見下し」の上に成り立っている。


何度も夢の中で戦った。

もちろん、その時は“瞬殺可能なチャート”を用意しての話だ。

何も準備していない、真正面からの戦闘となれば――正直、かなりキツい。


「でも、“キツい”だけで不可能じゃない」


僕には仲間がいる。


「ノッディ、さっきのゴーレムは?」

「大丈夫です、キース様。見てください――来てください、小生の戦乙女《ヴァリエーション》!」


スキル《人形劇》が発動し、双剣を腕に持つゴーレムが召喚される。

小人ほどの背丈だが、女性型のフォルムをしており、その動きは驚くほどしなやかで重厚。

小型ながら、熟練冒険者を思わせる気迫を放っていた。


「ノッディには負けられんだす。オイラも成長してるっす――《てまえどり》!」


デーヴの手元に、赤いゲートが開く。

そこから取り出されたのは――さっきまで魔族たちが使役していた飛竜種の、こんがり焼けた頭部だった。

そして、何のためらいもなく、それにかぶりつく。


「おいデーヴ、それ魔物の肉だぞ!? 魔力の塊で、普通は毒だ!」

「大丈夫だす。オイラのスキル、っすから」


言うが早いか、デーヴの筋肉がみるみる膨張し、赤いオーラが噴き出した。

さっきまでの陽気な姿が嘘のように、空気が一変する。


「はは、すごいな。純粋な突破力は……僕の方が負けるかもな」


肌を刺すような圧。

完全に、近接特化のビルドだ。


二人に前線を任せ、僕が隙を突く――それが定石。

だが、今回はそれだけじゃ足りない。


「ノッディ、デーヴ。あの時と同じだ。僕に合わせて!」


短くそう告げると、僕は縮地でガルビエムの懐へ飛び込んだ。


多くは語らない。

それでも二人には伝わるはずだ。


四天王はそれぞれ、厄介な“弱点ギミック”を持つボス。

余計な説明をしている暇があれば、敵はもうこちらを警戒してしまう。


だからこそ――信じて動く。


「準備はできたようじゃのう。……ほう、中々の手数じゃな。面白いではないか」


ガルビエムの声が響く。

僕はドットに習った“名もなき剣舞”で、使える技をすべて繋げ、畳み掛けるように斬撃を浴びせた。


だが――その全てを、奴は危なげなく捌いた。

刃を受けるたび、ガルビエムの体の節々から電光が走り、放電が緑の稲光となって弾ける。

その身が徐々に輝きを帯びていく様は、まさにゲーム通り。


雷を司る四天王、その名に違わぬ圧倒的な存在感。

けれど、打ち合っているうちに分かった。

奴は、万全ではない。


四天王は復活直後、能力値が一時的に低下している。

戦う順番が後になるほど、強くなっていく特殊なタイプのボスだった。

つまり――今のうちなら、十分に勝機はある。


「思ったよりやりおるのう。では……これに耐えられるかな?」


ガルビエムの右手に、赤いスキル光が収束していく。

この瞬間を、僕は待っていた。


「今だ! ノッディ、デーヴ!」


僕の叫びと同時に、敵が発動する。


「《招雷》!」


その言葉よりも一瞬早く、僕は“回避の籠手”を起動。

スキル“加護無効”を展開し、衝撃に備える。


直後――赤と緑、決して混ざり合わないはずの二色の光がねじれ合い、

爆ぜた雷撃が空間ごと僕を呑み込んだ。


世界が白く焼ける。

耳が裂けるような轟音。

全身を焼く痛みの中、放電が止まったガルビエムに、ノッディとデーヴの一撃が突き刺さる。


四天王・ガルビエムのスキルは、発動直後に防御力が極端に落ちる。

そこを突く――完璧な連携だ。


双剣が肉を刻み、巨腕の拳が腹を抉る。

ガルビエムの動きが鈍り、驚愕の色を見せた。

……よし、上手くいった。だが――


「……回避のタイミングは完璧だったはずだ」


滴る血が地面に落ちる。

僕自身から。


“加護無効”を展開していたのに、ダメージを受けた。

直撃すれば即死級の攻撃を、軽傷で済んだとも言える。

だが――加護を貫通してきた。

この事実は、笑えない。


「面白い人間だ。我が一撃を受けて、まだ立っているとはな……では、これではどうかね?」


次の瞬間、視界が緑に染まった。

空気が、音もなく――弾けた。







蹂躙。


まさに、赤子の手をひねるが如く。

この言葉の意味を、今ほど痛感したことはない。


あの後、五度の連携を決めた。

だが、受けたダメージの方が上回り、仲間はすでに満身創痍。

回復薬も、もう底をついた。


「我の隙を的確に突く戦法――見事であったぞ。そして、あの奇妙な回避も実に興味深い。

だが、捕まっては……何も出来ぬようじゃな」


「ぐ、が……ガガァァァッ!」


ノッディとデーヴが膝をつく。

僕はその横で、ガルビエムに捕まれ、放電を喰らっていた。


……想定外だ。

ここまで力の差があるとは。


「始めは威勢が良かったが――もう終わりかね?」


嘲るような声が響く。

もうすぐ五分経つというのに、状況は悪化するばかり。

焦燥が喉を焼く。


――何か、何かないのか。


その時、視界の端に“影”が揺れた。


このまま掴まれていては、邪魔にしかならない。

僕は魔武器《ソードブレイカー》の刃で、掴まれた腕を“軽く叩く”。


ほんの一撃。

だが――魔武器に宿る爆裂の魔法が起動する。


「っぐ……!? 随分と厄介な魔武器じゃな。ならば、先にそれを破壊させてもらおう」


ガルビエムの腕が痙攣し、拘束が解ける。

僕は地面に落ち、尻を打ちながらも、かろうじて息をついた。

どうやら奴も、触れただけで爆ぜた魔力の暴発に面食らったようだ。


魔武器――属性魔法を封じた理不尽の結晶。

その存在を知らぬ敵なら、驚くのも無理はない。


「はは……魔武器に気を取られていて、大丈夫か?」


僕の呟きと同時に――空が赤く染まった。


――《スキル:奮迅》――

獅子化身、災厄悉滅ライオニックバスター


炎を纏った“赤い閃光”がガルビエムを呑み込み、轟音とともに吹き飛ばす。

熱風が駆け抜け、瓦礫が舞い上がった。


「キース、遅れてごめん! 大丈夫!?」


学園の屋根から、中庭へと舞い降りる影。

揺れるオレンジゴールドの髪。

彼女の手には、真紅のユニーク武器《レーヴァテイン》。


――ラシュティア。


ドットの装備が当たり前になっていたが、

この姿こそが、ゲームで見た“最強ヒロイン”そのものだ。


「ああ、大丈夫。待つのは――男の甲斐性だろ?」


ラシュティアの手を借りて、ゆっくりと立ち上がる。

華奢なのに、誰よりも力強い手だった。


「ところで、なんでレーヴァテインを持ってるの?」

「ドットから奪った。あたしの方が早いから」

「……あー、年齢的な問題ね」


ドットは鍛えている。だが、残念ながら中年だ。どんまい。


「見るからに緊急事態だった。アレが元凶?」


瓦礫の山を吹き飛ばして、ガルビエムが立ち上がる。


「中々手荒いノックだが、参加したいなら歓迎しよう」

「……全然効いてない……」


ラシュティアは確かにレーヴァテインを使いこなし、致命傷を与えたはずだ。

なのに――。


「キース様……まだ、行けます」

「おいらも、負けてないだす……!」


ノッディもデーヴも、ボロボロの身体でまだ立っている。

その姿が、胸に痛い。

分かっている。ガルビエムに勝てない理由を。


「……僕が足を引っ張っているのか……」


誰にも聞こえないように呟いた瞬間、

そっと肩に手が置かれた。


「大丈夫だよ、キース。なんとかなるよ」


ラシュティアの笑顔は、太陽みたいにまぶしかった。

その光が、心の奥の絶望を少しずつ溶かしていく。

思わず、その手に自分の手を重ねる。

自然と指が絡み合い――彼女の想いが、静かに流れ込んでくる気がした。


「ありがとう……よし、四人で行くぞ!!」


全員、全身全霊の特攻。

結果――


「おお、これはたまらんな。では、そろそろ本気を出すか」


血しぶきが舞い、世界が真紅に染まった。


「ククク、我は絶好調なり。以前よりも力が湧き上がるのが分かるぞ」


倒れ伏す仲間たち。

ノッディのゴーレムによる連撃も、

デーヴの肉体による衝撃も、

ラシュティアのレーヴァテインの火力すら、

すべて――無駄になった。




僕のスキル《踏み台》のせいで。




「さあ、そろそろ五分だ。その魔道具、破壊させてもらおう」


ガルビエムの右手が赤く輝く。


「さ、させ……るか!」


なけなしの体力を振り絞り、僕は魔道具の前に立ちはだかる。

両手を広げ、壁になる。


「ククク、わざわざ最後まで見逃してやったのだ。そう、その顔だ。それが見たかった。さあ、そのまま絶望して消え去るがよい」


掲げられる右手――




「キース、わたしが守る」




ラシュティアが、赤と緑の光に――呑み込まれた。







「な、何で……」


僕を貫くはずだったガルビエムの《招雷》が、僕を押しのけて庇ったラシュティアを貫いた。

最期に僕をみて、微笑んだ気がした。



世界から色が抜けて、すべてが止まる。




――ラシュティアは致命傷を負った。もう助からない。

知っている。こんな状況なのに、すんなり理解できてしまう。


――魔道具は破壊された。

知っている。僕の行動は、無意味だった。


――僕が無茶をしなければ、ラシュティアは死ななかった。

……


――僕がこの場に居なければ、四天王に勝てたはずだ。

…………


――僕のスキルが《踏み台》でなければ、皆が傷つかなかった。

………………


――僕のスキルが《踏み台》でなければ、こんな物語にはならなかった。




プチン。




何かが、切れる音がした。


熱い。

熱が全身を這いずり回り、頭へと集まっていく。

燃えるような感覚。

世界が歪む。


目の前に文字が浮かぶ。幻覚だ。

それは――“日本語”。

夢の中で見た、懐かしい文字。


――《俺の踏み台を越えていけ》

――《踏み台が強いわけがない》

――《流石は主人公》


直感的に分かる。

これは、僕の《踏み台》スキルが無差別に発動している能力だ。


『スキルは、強く願う者に応える。想いが技巧を決めるのよ』

――いつか、ラシュティアが言っていた言葉だ。


想いが決める?

こんなものは僕の想いではない。

誰の想いだ?……スキルを与えた存在?


……はは、そうか。そうだね。

お前が原因だったのか。


ふざけるな!


夢で見た絶望の未来? ルーレミアの陰謀?

そんなものより――ずっと前から僕を縛っていた鎖。

お前か、スキル《踏み台》!!


何よりも先に屈服させるべきは――お前だったんだ!


僕はで拳を握り、目の前の文字を殴りつけた。

これまでの全ての体験が、力になる。

絶望した――失った希望になるはずだったものが、力に変わる。

ラシュティアの最後の笑顔が、拳に宿る。


殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。

文字に罅が入り、そこから光が漏れ出す。

罅は、左手の《回避の籠手》にまで伝染する。

それでも殴る。気にする必要なんてない。


殴る。全ての想いを乗せて。




そして――文字が、砕け散った。




――『キース。あなたは将来、何になりたいの?』

――『ぼくは、みんなを陰から支える立派な領主になる!』

――『そう。大丈夫。あなたなら、なれるわ』




……そうだ、思い出した。僕は縁の下の力持ちになりたかった。

いや、“踏み台”だから――《台の下の力持ち》だ。







――スキル発動。







『   』はアクセス権を失いました。







404

Not Found




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る