第43話 中ボスとしての矜持
静かに背負っていたバスタードソードを構えるアレン。
その姿は堂に入っていて、まるで英雄そのものだ。
白い装飾の入った鋼の軽鎧に身を包み、ヘッドギアから覗くイエローベージュの髪は女性と見まがうほど愛らしい。
それでも、こちらを睨みつける目つきは狩人のそれだ。
対する僕は、魔物の素材で作られた武骨な鎧を纏っている。
黒鎧亀の甲羅とブラックウルフの毛皮——全体は黒めで、どこか粗野な印象だ。
戦闘が避けられないことは分かっていた。
ルーレミア王女はアレンの覚醒を狙い、あらゆる状況をこの戦闘へと誘導してきたのだ。
ゲームの知識では、彼の覚醒条件は《七つの大罪》スキルとの対峙だったはずだが……実は違うのかもしれない。
僕の未来は兎も角、アレンの未来は予知していると見て間違いないだろう。
であれば、この戦いに覚醒の秘密が?
まあ、どうあれ戦う以上は早く決着をつけねば、魔族に囲まれる。
アレンには魔王を討ってもらいたい。それは変わらない。
だが、そのために僕がゲームのように死んでしまっては意味がない。
今回は、勝たせてもらう。
とはいえ、やりすぎない範囲でだが。
「キース、今回は勝たせてもらうぞ」
彼の言葉に驚きながらも、剣を抜いた。
プチスラダンジョンから使い続ける、思い出の詰まった一本だ。
《爆裂のソードブレイカー》ではやりすぎてしまう。
「は? 何言っている、前回勝ったのは貴様だろ」
「余り俺を舐めるなよ。君が手を抜いていたことぐらい気付いている。それに最後に横やりがあった事もな」
……思ったより、よく見ている。
バカで愚直な主人公の方が扱いやすいと言うのに……いったい誰が彼を育てたのやら。
〈フルパワー〉
〈アイアンクラッド〉
〈ラピッドスピード〉
上位補助スキルを一気に展開する。
「あの時の俺は、何も知らないガキだった。だからエマに利用された」
「自分語りか? 随分余裕だな。もう始まってるんだぞ」
アレンが攻撃の素振りを見せない隙に、僕は縮地で一気に距離を詰めた。
自然な構えの彼は隙がなく、正面から戦えば手加減の余地はない。
超高速ではないが、十分に認識をずらす速さで背後へ回り込み、先制を試みる。
幸い、回復薬はまだ充分あった。
狙いは致命に届かない範囲で、相手の動きを断つことだ。
僕は短い間合いで致命傷を避けられる最適な一撃を入れる――刃は鎧と皮膚を切り裂き、アレンの闘志を削ぐはずだった。
「入った」と思った瞬間、アレンの剣が割り込んで、僕の斬撃を受け止める。
「な……防がれたか!?」
剣と剣がぶつかり、赤い光が飛び散る。
その光は粒となって宙に舞い、やがてアレンの身体へと吸い込まれていった。
前回の決闘でも見た現象だ。
もう分かっている――これは僕の踏み台スキルが生み出す“成長の光”。
アレンを強くするための、忌々しい祝福だ。
「キース、君なら初手はここを狙うだろうと信じていたよ」
甘い考えが読まれていたのか。
失態だ――最初の一撃で仕留められなかったのは僕のミスだ。
たった1回の踏み台のスキル発動で、アレンの動きは劇的に変化した。
縮地で距離を取ろうとした僕の着地点に、先んじて斬撃が置かれている。
慌てて剣で受けたが、態勢は崩れ、足が止まる。正面から向き合わされる形になった。
こいつ、さっきは目で追うことも出来なかったのに、僕より早く動いたのか!
アレンは決闘の頃とは比べものにならない剣速で、連撃を叩き込んでくる。
その上、一撃一撃に研ぎ澄まされた技術が宿っている。
“神の加護”頼みの荒削りな一撃ではない――敵を屠るために研ぎ澄まされた“技”があった。
だが、舐めるな、アレン。
僕も、ただ時を浪費していたわけではない。
ドットたちと積んできた稽古は、嘘をつかない。
全ての一撃を捌き、アレンの剣を上方へ弾く。
僕の腕も伸び切り、隙が生まれるが、“名もなき剣舞”で培った魔力の慣性制御で力の方向をねじ曲げ、無理やり体勢を戻す。
隙を突いて胴を狙い、斬撃を叩き込む――手加減などしている余裕はなくなった。
ただ、致命に至らせないことだけを心に置いて。
だが、その刃がアレンの鎧へ触れるかと思った瞬間だった。
突如、炎を帯びた魔力の塊が、僕の斬撃の軌道上に出現した。
指向性を持つ前の魔力の塊は衝撃を受けて暴発し、内包していた力を無差別に放出する。
早い話が、爆発したのだ。
至近で爆心に巻き込まれた僕とアレンは、互いに吹き飛ばされて地面を転がった。
「自爆だと!? 無茶をする!」
「これくらいしないと、俺は君に勝てない!」
突然のことで対応できなかったが、ダメージはほぼない。すぐに距離を取り、体勢を整える。
アレンは防御を抜けた斬撃へ即座に発動初動の魔法を挟みこみ、直撃を避けたのだ。
――メチャクチャだ。だが、それが“魔王を倒す役割を持った主人公”というやつなのかもしれない。
「あの時の質問を、もう一度する!」
アレンが叫びながら、片手にバスタードソードを構え、もう一方の手を前に突き出す。
「なぜ力がありながら、正義のために使おうとしない! 人類を裏切るような真似をするんだ!」
その声と同時に、巨大なつむじ風が発生し、僕へと襲いかかる。
「俺はキース……あの時、君のことを何も知らなかった。ただ、聞かされた言葉を信じて馬鹿をやらかした。だから、姫さんの力を借りて――バーベルベルク家のことを調べさせてもらった!」
瞬く間に風の渦に視界が遮られ、アレンの姿が掻き消える。
右か、左か……いや――
「上か!!」
反応が遅れ、落下の勢いを加えた強撃を正面から受けてしまう。
「攻撃魔法を跳躍に使うとか、頭おかしいだろ!!」
バスタードソードの強撃をまともに受け止めたせいで、僕の剣がへし折られる。
「くそっ……思い出の剣が!」
凹む僕を気にもせず、アレンは言葉を続けた。
「君がどんな環境にいて、どんな自由を求めたか……よく分かった!」
――は?
何を言っている? 一瞬、理解が追いつかなかった。
確かに、アレンは独善的だった。だが、ここまで苛立たせるとは思わなかった。
「分かっただと? お前に何が分かる!!」
迫るアレンに対抗し、《爆裂のソードブレイカー》を抜き応戦する。
もう手加減はできない。
「分かるさ! だけど、なぜ君は“逃げる”選択をしたんだ!」
「逃げてなんか――!」
「キースほどの力があれば、周りを変えられただろう! なのにどうして、人類を裏切る道を選んだ!」
「裏切ってねぇ! それに――他人を変えることなんて、できるわけがない! 変われるのは自分だけだ!」
相変わらず“正しいこと”を言いやがる。
本当にムカつく。
「そんなことはない! 俺は変われる、そして周りも変えてみせる!」
アレンの声が風を裂き耳に届く。
魔法による真空の波も、激しい剣戟も不快な声を妨げてはくれない。
「俺が体現してやる! 魔王を倒し、世界を救って、貴族も平民も関係ない世界を作る! だから――キース。君も変われ!」
足を止め、剣と剣をぶつけ合う。
アレンはさらに風の魔力を増幅させ、つむじ風――第四段位〈ダストデビル〉を二重に展開する。
二本の竜巻が中庭を蹂躙し、破壊の嵐が僕を追い詰めていく。
流石に、これは邪魔だ。
ドットほどの精度ではないが、ソードブレイカーの〈七連斬〉で爆発属性の面攻撃を放ち、二つの竜巻を力押しで打ち消す。
「おいおい、平民のお前が“差別をなくす”だって?笑わせるな。足元、すくわれるだけだぞ」
……やはり、こいつは分かっていない。
僕を、人間を、あまりにも美化しすぎている。
「出来るさ! 俺は救国の英雄になる! そして、姫さんの力を借りれば、必ず実現する!」
面攻撃の後の隙を、アレンは見逃さない。
瞬間移動のような速さで目の前に現れ、斬りかかってくる。
世界が回転し、強烈な衝撃が走る。
左腕が焼けつくように熱い。
バックラーを犠牲にして直撃は避けたが、それでも吹き飛ばされた。
……今のは――縮地!?
まさか、僕の技を……盗んだのか!?
「なんて優秀なスキルだ……。僕には恩恵がほとんどないのに」
ぼやきながら体勢を立て直すと、アレンがゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
認めたくはないが、僕の実力はすでに彼に及ばない。
「裏切りなんてやめろ! キース、君も来い! 一緒に戦え! 君がいれば、俺はもっと強くなれる!」
「……僕に、犠牲になれって言うのか?」
「違う! 君も犠牲になれ! 俺は、犠牲になる覚悟ができてる!」
……僕が犠牲に?
何故?
前世を夢で見たから?
文字化けスキルを得たから?
自由を求めたから?
それとも――“踏み台”だからか。
「ふざけるな!」
怒鳴りながら、僕は剣を握り直す。
「お前の理想に僕を巻き込むな! 踏み台で十分、強くしただろ! ――後は知らん!!」
アレンの剣筋に変化が出てきた。
明らかに筋肉の動きだけでは説明できない――“慣性”が乗っている。
ドットたちとの訓練で、何度も見た馴染みのある動き。
「こいつ、“剣舞”までパクるのか? 節操がない!」
三ヶ月だけとはいえ、あの地獄の鍛錬を穢された気分だ。
……感情に呑まれるな。冷静になれ。
“剣舞”なら、もっと上位存在とも渡り合った。
どう打ち合えば捌けるか――僕は熟知している。
連撃同士がぶつかり合い、赤いスキル光が次々と飛び散る。
そのすべてが、アレンの体に吸い込まれていった。
「まだ足りない! もっと、もっとだ!! 俺をもっと先に連れていってくれ、キース!!」
スキル保持者でもないくせに、恩恵を受けながらまだ望むのか。――卑しい奴だ。
……いや、僕のスキルがそうさせているのか。
うんざりするね、本当に。
互いに直撃は避けているが、完璧には捌けず傷だらけだ。
だが、小さな傷でも《爆裂のソードブレイカー》は反応する。
つまり――
「ぐふっ!!」
アレンが血反吐を吐き、たたらを踏む。
「もう終わりか、アレン?」
「は、ははは……」
「アレン! 大丈夫!?」
「アレン……それに、キース様……!」
視界の端に、アレンの幼馴染ソフィアとルーレミア王女の姿が映る。
アレンの後を追ってきて、遅れて今しがた中庭に到着したのだろう。
そのまま中庭に駆け込んできたが、彼の背中しか見えていないようだ。
吐血には気づいていない。幸い、飛び込んでは来ない。
アレンは前かがみで顔を見せず、肩を震わせて笑っている。
……負けを認めたのか?
残念だったな、アレン。君の敗因は――ドットたちに出会っていないことだ。
だが、その笑いには何か違和感があった。
「ははは……俺のスキルが、覚醒した。分かる……力の使い方が、分かるぞ」
――本当に覚醒したのか!?
スキルについて相談した時に、ラシュティアが発した言葉が脳裏をよぎる。
『スキルは、強く願う者に応える。想いが技巧を決めるのよ』
「《獄焔鬼斬》……悪に特攻のある技巧だ。君の“悪”だけを斬り裂く!」
「は? 馬鹿じゃねえの!? そんな技巧じゃねぇ!!」
お前の初期技巧は《一刀両断》だろ!
それは《正義》覚醒後、三段階進化してようやく到達する上位技巧だ!
しかも“悪特攻”だけじゃない、通常ダメージも三倍だ! 悪以外もまとめて切り裂くバカ火力だぞ!
「さあ、キース。君ならこの技巧に耐えられる!」
ひときわ強いスキル光に包まれ、アレンがゆっくりと近づいてくる。
「悪よ去れ! そして――俺のものになれ、キース!!」
……ごめんな、アレン。
その技巧は
「お前の役割と僕の役割は、もう交わることはない。――これで終わりだ」
地面を砕き、中庭を壊滅させる超絶技巧の斬撃。
僕はそれをヌルりとかわし、驚愕するアレンの首筋に剣を添える。
《回避の籠手》――神に逆らいし古の蜈蚣の怨念。
神の“役割”を否定する、僕の切り札だ。
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