第40話 変わったコトと変わらないコト

外壁近くにある聖堂から研究棟までは、それなりに距離がある。

ゲームの記憶を頼りに学園の地図を思い浮かべ、最短ルートである内壁の上を駆ける。


この道の利点は、速さだけではない。

戦場となった学園を、壁上から俯瞰できるのだ。


今、激しい戦闘が繰り広げられているのは――大広間に続く正面扉、学園を囲む五本の塔、部活棟、そして聖堂。

聖堂からまだ戦闘音が響いてくる。……少なくとも、まだ戦えている。今は信じるしかない。


「ん? この音は……」


走りながら遊撃して魔族を斬り払い、近くに見える塔での戦闘から流れてくる魔族を散らしていく。

その合間に、聞き慣れない風切り音が耳を打った。


魔族の剣をパリィで受け流し、返す刃で首を撥ねながら周囲に意識を巡らせる。

……これは、前世で聞いたことのあるワイヤ巻き取り音? いや、それに混じって悲鳴が――


「……ィァぁぁあああ〜〜!」


視線を上げると、キープ跡で現在の中央棟の屋根から、空を飛ぶ魔族へとワイヤが伸びていた。

そのワイヤが絡まった魔族を支点に、何かが振り子のようにこちらへ飛来してくる。


退色したブロンドをざっくり結んだ髪。気崩した白衣姿。最後に見た時と変わらない姿。


「リュシアーナ!? 何でこんなところに!」


……ワイヤ線を巻取り、移動していたのだろう。だが、途中で魔族が引っかかって完全に制御不能になっている。

彼女は、慌てて手に持つ魔道具のワイヤをパージしている。


「キース、あの角度は多分ダメ。受け止めて!」

「えっ?」


唖然としていた耳元に、ラシュティアの声が飛び込む。

次の瞬間、強く抱え込まれ、体ごと前に放り出されていた。


「投げるなら先に言ってくれぇぇぇぇ~~!!」

「ごめん」


ラシュティアの舌を出す顔が、ものすごい勢いで遠ざかっていく。

……いや、今はそれどころじゃない。


パージされたことでワイヤから解放された魔族が、リュシアーナに襲い掛かっていた。

到底、間に合わない――だが。


「さすがラシュティア、角度とタイミングは完璧だ」


僕は手にしていた《爆裂のソードブレイカー》を、躊躇なく投げ放った。

神の加護で高められた筋力は、空中投擲でさえ音速を超える。

唯一無二の魔武器――だが、ためらう理由はない。


轟音と共にソードブレイカーは魔族の胸を貫き、その活動を止めた。

魔族に突き刺さった剣は、あとで回収できるだろう。


〈プロテクト〉


続けざまに補助魔法を唱え、飛んでくるリュシアーナに重ねる。

エフェクトがかかったのを確認する間もなく――空中で激突した。



「ぐぎゃ!」

「きゃああああ……って、キース君!? キース君じゃないか!」

「く……首が、もげる……!」


衝撃を魔法で緩和し、勢いも落とせたが……体勢が最悪だ。

前後逆肩車の状態で、僕の首が固定されたまま落下していく。

あかん、これは死んだわ。



「いやー、キース君、恥ずかしい姿を見せてしまったね」


……生きてた。顔と首のダメージは洒落にならなかったが、どうにか致命傷は避けられた。

内壁を大きく破損させたおかげで衝撃が分散し、リュシアーナも軽傷で済んだようだ。

照れ笑い混じりの声に、痛みは感じられない。


「君の考案したアンカー射出装置を再現してみたんだ。”デビルスパイダー”の分泌腺と鋼線の錬成陣を組み合わせて、強度と質量を両立させてね。高速錬成と巻取り機能の切替に苦労したよ。ついでに重力制御も加えたんだが……今回は条件設定をミスして、妨害に対応できなかった。いやあ、やっぱりぶっつけ本番は良くないね。――聞いてるかい? キース君」


……聞けるか。僕はいま内壁にめり込んで、顔面椅子状態なんだ。

せめて退いてくれ。


「貴方がリュシアーナ? キースの先生?」

「おや? 君は生徒じゃないね。そうさ、私がこの子の先生だよ。君は?」

「あたしはラシュティア。キースは……友だち」


く、い……息が。


「そうか、”友だち”か。いいね、この子にもちゃんと友だちができたんだ。嬉しいよ」

「話は聞いてる。よろしく、リュシアーナ」

「キャハハ! 話してくれてるなんて、感激じゃないか。キース君、私の武勇伝はどこまで伝えて……って、あれ?」


「いい加減……どけ……」


やっとリュシアーナが退いてくれた。

まったく、彼女にはいつもペースを乱される。

でも――悪くない。



「ってことがあった。だから――キースは大切な友だち」

「キャハハ!ウケるー、それで友だちか」


ソードブレイカーを回収しつつリュシアーナを避難させようとしたのに、彼女は研究室に用があると言い張り、急ぎ移動することになった。

加護のせいで足の遅いリュシアーナをラシュティアが背負い、女子二人でやたらと賑やかだ。


「頑張りたまえ、”友だち”のキース君。彼女は難敵だよ?」

そして、ウザ絡みしてくる。

「そこは触れなくていい! ……それより、結界用の拡張魔道具を取りに行くんですよね?」

「そうそう! で、今回の襲撃がここまで成功している要因は何だと思う?」


研究棟に入り、魔族の気配も減った。

もとが城だったせいで間取りは入り組んでいるが、少なくとも安全だ。


「《大いなる日蝕》と……内通者のせいですよね?」

僕が答えると、リュシアーナは満足げに頷いた。


「大体正解! でもそれは切っ掛けにすぎない。真の要因は――壊された結界の種類なんだ」

「種類……そんなに重要なの?」


ラシュティアが首をかしげる。


「そうさ。学園は三つの結界で守られている。転移妨害、感知阻害、純魔力除外。さて、どれを壊すのが一番効果的かな?」

「え、全部じゃないですか? まあ、純魔力除外結界は膜ですし、あえて順番をつけるなら……転移妨害からの感知阻害ですかね」

「キャハハ! 普通はそう考える。でも実際に壊されたのは、感知阻害以外だった。だからこそ成功したんだ」


「待って……一つ残すと何故?」

「ラシュティアちゃん、知らないのかい。感知阻害は要人防衛だけじゃない。本来の目的は“魔王封印の楔”を隠すための結界なんだ。おっと、これは内緒な情報だったかな? まあ、いいや。だから人間は必死で守る。結果、兵を五本の塔に分散させ――各個撃破、というわけさ」


研究室に着くと、扉のプレートに刻まれた名が目に入る。


――“リュシアーナ・”。

やはり、聞き間違いではなかった。


「だけどね、1つ残っているこの状況だからこそ打つ手があるのさ」


無駄にカッコつけて扉を開け放ち、研究室へと入っていくリュシアーナ。その背中を見つめながら、僕の胸には様々な感情が渦巻いていた。


「結界そのものじゃなく、魔力供給ラインを壊したのも賢い手だ。結界陣は何重にもバックアップがあるけど、供給ラインは脆い。しかも《黒の月》で必要になった再起動にメインを使わざるを得なかったところを、メインの偽装ラインを無視して本物だけ狙って破壊された……これは相当“上”の裏切り者だね。通信したときのキース君が言いよどんだ理由、ようやく分かったよ」


長いな。他に気を取れれて、説明を受け入れる準備ができていなかった。


「……半分も頭に入らない。結論を頼む」

「らしくないな、キース君。まあいい。つまり――残った感知阻害結界の動力をバイパスして“純魔力除外”を最大展開すれば、魔族どもは一気に学園都市外へ弾き飛ばされる!」


彼女は魔道具の山をかき分け、ショートソード大の鍵型の魔道具を掲げた。


「これさ! “魔王封印の楔”のそばにあるメイン魔法陣に差し込めばいい!」

「リュシアーナ、凄い……天才?」

「キャハハ! ラシュティアちゃんは何ていい子なんだ。ハグしてあげよう」


なぜか仲良くなっているが、まだ話の核心が見えていない。


「……待ってください。バイパスを作って魔力を供給する? じゃあこの魔道具で何を?」

「良い質問だね。実は、バイパス工事はもう終えてある。あの時、私が塔の方から飛んできただろう? あれが作業の証拠さ」


ドヤ顔でピースしてくるリュシアーナは、加護もないのに無茶をしたようだ。


「この魔道具はね、再起動のための鍵さ」

「再起動……?」


つまり、一度結界が完全に止まる。感知阻害結界が消える――。

過程はどうであれ、結果として魔族を“魔王封印の楔”へ導く。

それは、ゲームで“僕”がやったことだ。

主人公アレンが駆けつけ、未来予知する王女に導かれて“僕”と戦った、あの現場。


「リュシアーナ……再起動までの時間は?」

「んー、大体五分くらいかな」


……やはりダメだ。この流れはダメだ。

内通者が居ると言われてやってきた奴が、5分も待ってくれるか?

単なる時間稼ぎと取られるだけだ。

権威ある教授が、一緒にいたらいけるか?


……ダメだ。

彼女のように状況証拠から推理すれば、内通者が相当上の者だと行きつくじゃないか。

“教授”自身が内情を熟知している内通者になり得る。


「よし、さっさと終わらせに行こう」

「おー!」

「いや、待て。その役は僕一人でやる」


ラシュティアたちがついて来ようとするのを止める。


「魔族はまだ多い。リュシアーナを守りながら五分耐えるのは無理だ。ラシュティア、彼女を安全な場所へ頼む」

「……いいよ」


ラシュティアは僕の意図を悟ったのか、反論せず頷いた。


「避難できたら、すぐ戻る」

「ありがとう、ラシュティア」

「なに、二人で良い雰囲気になっちゃって。お姉さんにも教えてよ」


……ウザい。だが、今は大事な確認をしておきたい。

記憶にある彼女の名前はリュシアーナ・




「リュシアーナ。……もしかして結婚したの?」

「おや? 気づいちゃった?」


彼女は照れたように笑った。


「同じ研究仲間なんだけどね。一緒に魔道具を作っていたら、いつの間にか夫婦になっていたよ。『守ってやる』なんて言うんだ、戦う力もないのにさ……可愛いヤツなんだ」


その表情は晴れやかで、今まで見たことがないほど幸せそうだった。


「……おめでとうございます。必ず旦那さんの元へ送り届けます」

「キャハハ! 嬉しいことを言うじゃないか。キース君なら旦那とも気が合うよ。今度会いに来なよ」


ローデンバーグ侯爵家――ゲーム内では代替わりイベントがあったのを覚えている。

現当主の老人は野心家だが、その子どもたちは誠実な人たちだったはずだ。


「ええ、ぜひ」

「そう言えば、もう”教授”とは行ってくれないのかい?いや、そんな困った顔されても。良いんだよ、今の方がなんか親しみがあるからさ……でも、私、教授よ」


彼女はラシュティアに腕を引かれて連れて行かれる。


もっと脳が焼かれると思っていた。だが、幸せそうな彼女を見ていると、不思議と心が澄んでいく。


「ふふ……お幸せに、リュシアーナ」


肩の荷が下りた。彼女はもう、僕だけが守る存在ではないのだ。


後は――僕自身が幸せを掴めばいい。


手に持つ鍵状の魔道具を見つめ、強く握りしめる。




「また立ちはだかるのか、アレン……」




主人公が悪役貴族を討ち、覚醒するイベント。

僕の運命は、決まっているのだろうか?


いや、これは誰かの筋書きに過ぎない。

僕の未来は、僕の手でつかみ取ってやる。



決戦の地へ――歩を進めた。

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