第34話 欠けていたピース

牛頭の魔物《ジャイアント・ミノタウロス》。

その巨大な体を、真空の刃のような攻撃が切り裂く――はずだった。


しかし、並の魔物ならバラバラにされるはずのそれを、奴は平然と受け止めている。

全身を覆う異形の鎧の隙間から覗く皮膚には無数の矢が突き刺さっているが、激しく動くたびに抜け落ちていく。

どうやら浅くしか刺さっていないらしい。


巨躯に見合わぬ素早さで、両手持ちの巨大な斧を軽々と振り抜く。

それは、幾人もの騎士が放つ破城槌の一撃をも凌ぐ威力だ。


だが、こちらも負けてはいない。


ラシュティアはその超重量級の一撃を、連撃によって相殺している。


「……バカ力っ! いい加減、してっ!」


あの斧を真正面から受け止めてなお怯まない彼女は、おそらく攻撃特化型のステータス構成だ。

そしてテックロアは、予備の慣れない弓を器用に扱いながら、矢を寸分違わず魔物の急所に撃ち込んでいる。

彼がいつもの業物の弓を使っていれば、もっと魔物の動きを封じられただろう。


「ふむ……こやつ、固いのう。耐性持ちか?」


風属性に特化したボブマーリンの魔法は、通常の魔物なら一撃で蹴散らせる威力を誇る。

だが――相手がミノタウロス系となると話は別だ。奴らは魔法防御が異常に高い。


つまり、今の戦術では決定打に欠ける。


ラシュティアが魔物の大振りを受け損ねたのを見て、ドットが《縮地》で割って入る。

正面から衝撃を受けたように見えたが、彼は巧みに力をいなし、斧の軌道を逸らした。

そのまま懐に潜り込み、ショートソードのように変形した《レーヴァテイン》で斬りかかる。


なにその、変形武器。めちゃくちゃ欲しいんだけど!


……僕たちは、戦えている。

まだ互角――いや、ほんの少し押しているかもしれない。


だが、それでも“あと一手”が足りない。


《ジャイアント・ミノタウロス》の傷は、しばらくすると消えていく。

そう、こいつ――自己再生能力まで持っているんだ。


つまり、一撃で仕留めるか、再生が追いつかないほどの連撃で圧倒しなければ勝てない。


「……固いな。防御力、なんとかならねえか?」


そう呟きながら、ドットが斧の間合いから離れ、タイミングを計る。


「くそっ、最後の弓がぶっ壊れるけど――おれっちの貫通技巧、使うわ。その隙に――」

「待って、テックロア! 皆、先に右角を破壊して!」


スキル発動直前の彼を慌てて止め、僕は咄嗟に部位破壊を提案する。


「……キース、何か策があるんだな?」


ドットの問いに、頷く。


「ああ、奴の角を壊せば、防御力が一時的に大きく下がる。そこが狙いどきだ」


これは――夢で見た、ゲーム内の戦術だ。


今回は初めてじゃない。僕がこの手の“情報”を持っていることを、みんなはもう知っている。

だからこそ、誰も疑わず、即座に動いてくれる。

……その信頼が、ありがたかった。


皆の攻撃が角に集中するが――


「角も、固い。切れなかった……」


綺麗に入った一撃ですら破壊できず、ラシュティアはシュンと肩を落とす。


「僕に任せて。内部から破壊するから、準備して! この後、何が起きても攻撃の手を緩めないで!」


《縮地》で一気に懐へ飛び込む。

だが、何度か見られているせいか、今回はタイミングを読まれていた。


「キース、危ない! 避けて!」


「舐めるなッ!」


僕は《回避の籠手》で加護を無効化し、滑るように攻撃をかわす。


「おいおい、なんちゅう動きだ……どうやったらああなる?」


ドットが呆れ声を漏らすが、説明している余裕はない。

このまま角へ、《爆裂のソードブレイカー》で8連撃。


僕の魔力が武器を通じて変換され、“爆裂”の属性となって角の内部に流れ込む。

外からの力には強くても、内側からの魔力暴走には耐えられない。

既にダメージが蓄積していた角は、僕の一撃で見事に中腹から粉砕された。


すぐに離脱。

その瞬間、これまでの殺気がそよ風に思えるほどの、圧倒的な威圧感が周囲を包んだ。


耳をつんざく咆哮。

牛頭の魔物の鎧が、内側から爆ぜ飛ぶ。


露わになったのは、人に酷似した造形の肉体――

しかし、それは膨張し、赤い閃光に侵食されながら、次第に邪悪な何かへと変貌していく。


赤く光る憤怒の瞳が僕を捉え、破壊の意思を宿した突進が始まろうとしていた。


だが――。


それだけの隙を見せて、黙っている“ブラストクエスターズ”ではない。


「魔物がスキル使うとはね……ま、今は気にしないさ。喰らいやがれ、《ものすごい最強れんぞく斬り》!」


ドットが超弩級大剣と化した《レーヴァテイン》をぶん回し、“名もなき剣舞”の奥義とも言える大技を叩き込む。


――って、技名!? もうちょっとカッコいいの考えようよ!


ゲームでラシュティアが使ってたときは、《炎狂乱舞》だったじゃん。

あれ、超かっこよかったのに。


……って、無駄なことを考えてる間に、ボス戦終わってた。


全員が放った最大火力の連撃は、見事に《ジャイアント・ミノタウロス》の肉体を破壊しきったようだ。

何だか、締まらない終わり方になってしまったな。


……まあ、いいか。


自然と口角が上がるのを、自分で感じた。




「宝、開けて、いい?」

「おれっちも見たい! 一緒に開けようぜ」

「え~ズルい、横入りだ~」


ラシュティアとテックロアがわちゃわちゃ騒いでいるが、僕にはそれを気にしている余裕はなかった。


ダンジョン・コアが崩壊すれば、まもなく“出口への転送現象”が発生するはずだ。

それを利用して、この長く危険なダンジョンから一気に脱出する。


ただし、転移先は《ラームタトル大渓谷》の底ではない。

――正規ルートの出口だ。


情報を共有しておかないと、仲間たちが混乱するかもしれない。


「ドット、地図ある? ……ここ、たぶん転移される場所だよ」


ドットが広げた簡易地図の上で、僕は指を滑らせながら説明する。


「一度、メンタタトルに戻りたいんだけど……この辺、道わかる?」

「あー、ここからだと……そうだな」


ドットがルートを探りながら地図を見ていると、ボブマーリンがこちらに歩み寄ってくる。


「メンタタトルに……何か用でもあるのかの?」

「うん。先にテックロアの弓を回収したくて」

「おおっ、そうだったな!」


と、今やっと思い出したようにドットとボブマーリンが頷く。


「……おれっちのこと、忘れないで」


テックロアは小さくつぶやいた。……泣いていいと思う。




「それと、僕は学園……アルセタリフ王立英鳳学園に行きたいんだ」

「学園都市? じゃあ、王都か……」


ドットが地図を見ながらうなる。学園都市は、王都のすぐそばにある“衛星都市”だ。


「それなら、辺境伯領の中心都市まで出ねぇと、乗合馬車は通ってないな」


彼は全国を周る冒険者だ。各地の交通網はある程度把握しているのだろう。

こういう知識は、ゲームの中にはなかった。


でも、今回は別の“知識”――いや、“コネ”を使う。




「乗合馬車は使わないよ。確実に、もっと早く行ける手段がメンタタトルにあるんだ」


それは――







「何ですか~、“ただの”キースさん。ま~た忘れ物ですかぁ? 次はないって、言いましたよねぇ? あぁ、ミジンコ以下のぉ~みそだから、忘れちゃったか」


目の前に立つのは、この世界では異常なくらいに清潔感のあるメイド服を着た少女。


僕はオーザラック商会メンタタトル支部を訪れた。




……ジョーカス・オーザラックに、もう一度頼ることにしたのだ。

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