第33話 かけがえのない仲間
ブラストクエスターズの圧倒的な戦力が、巨人の群れを完膚なきまでに殲滅した。
僕はその光景に呆然としていた。
凄すぎて、言葉が出なかった。
そんな中、ドットがズカズカとこちらに歩み寄ってくる。
気まずい……そう思った矢先。
「いっ――!」
右頬に衝撃が走る。
殴られた? いや、手加減が入っていたのか、ダメージはない。ただ、思った以上に“痛い”。
「何すんだよ、ドット!」
「馬鹿野郎、キース!! 一人でこんなダンジョンに突っ込むなんて……死にたいのかッ!?」
理性が感情に追い付いていない。
混乱する頭で、ようやく状況を理解する。
それが心配ゆえの拳だったと、冷静な部分が告げてくる。
……だけど。
「お前がいなくなって、俺たちがどれほど心配したか……。何で、こんな無茶をしたんだよ!」
怒鳴り声に、僕の中で蓋をしていた感情が溢れ出す。
困惑、悲しみ、安堵、怒り……それらが混ざり合い、制御できない気持ちは声を荒立たせる。
「何でって……そんなの、皆が心配だからに決まってるだろ!」
落ち着いて話せば伝わるはずの想いが、ぐちゃぐちゃの叫びになって飛び出していた。
「心配? 何言ってんだ。お前が心配するほど、俺たちはヤワじゃねえぞ」
ドットの声も熱を帯びていた。
僕の頭も、感情も、まだ整理がついていない。
……でも、言わなきゃいけないと思った。
「知ってるよ……ドットたちが強いことくらい、わかってる。でも……それでも、皆……皆、死んじゃうんだよ! ラシュティアを残して!」
「……キース、お前……?」
その顔は、戸惑いに揺れていた。その表情に、僕は「理解されないかも」という恐怖が芽生える。
でも、もうそんな事を気にしていられない。
「見たんだ! 絶望に沈んだラシュティアの姿を……! 僕は……そんな未来、絶対に嫌なんだよ!」
僕の必死な叫びに、ドットが冷静に返す。
「……未来を見たってのか?」
「そうさ! 見たんだ! ……だから、死ぬかもしれないのに、僕の都合に皆を巻き込みたくなかった!」
感情に任せて、全てをさらけ出す。
どう思われるかなんて、もう関係ない。伝えたい想いが、あふれ出す。
「じゃあよ、お前の“都合”ってのは、なんだ?」
「僕は……リュシアーナを助けたいんだ!! 死なせたくない! そのために、死ぬ覚悟でここまで来た!」
胸の奥の決意をぶちまけた。
「止めたって無駄だよ! 僕は止まらない。止まってなんか、いられないんだ。シナリオを壊すために、進むんだ!」
バチンッ、と音が響く。
二発目のビンタだった。
さっきよりも弱いけれど、不思議と頭が冷えた。
我に返って、ようやく気づく。
ここはボス部屋だ。悠長に喧嘩している場合じゃない。
視線を向ければ、ラシュティア、テックロア、ボブマーリンが牛頭の魔物を相手に、なんとか抑え込んでいた。
「……悪かった。少しは落ち着いたか?」
ドットは、真っ直ぐな目で僕を見ていた。
「オレは言葉が下手くそだからよ。気持ちを伝えんのに、つい手ぇ出ちまった。ほんと、すまねえ……」
その声は、怒っているというより、心底心配していた者のそれだった。
「でもよ……お前が、崖から飛び降りたって聞いた時は――本気で、心臓が口から飛び出るかと思ったんだぞ」
「……何で、飛び降りたって知ってるんだ? ていうか、何でここが分かったんだよ」
「ラシュティアが感知魔法で探したんだ。お前の魔力の波長をな」
彼は少し呆れたように笑った。
そういえば、彼女は猫探しのときも器用に魔力を使っていたっけ。
……しまった、魔力の個性を変えるのを忘れてた。
でも、もし変えていたら、きっと僕はここで……。
「なあ、キース。オレたちが死ぬかもしれないってのは、よく分かってる。冒険者なんてやってりゃ、そんな日も来るさ」
ドットは僕の両肩に手を置き、ゆっくりと、落ち着いた声で語りかけてくる。
「ラシュティアが独りになっちまう未来……ってことは、お前も死ぬってことなんだな?」
未来の話を、頭ごなしに否定しない。
僕の言葉は、信じがたい内容だったはずだ。それでも彼は――。
「……いや。そもそも、僕はその未来でみんなに会ってない。出会うことなく、ただ一人で……死ぬんだ」
「そっか。だったら、その未来は――間違いだ」
ドットはニカッと笑って、まるで当然のように言い切った。
それは否定ではない。
信じた上で、「その未来はもう来ない」と断言してくれているのだ。
そんな気持ちが伝わったからこそ、さっきまで感情を暴走させていた自分が恥ずかしくなり、思わず悪態をついてしまった。
「……はあ? 何言ってんだよ」
「オレたちと出会ってない未来で死んだって? そりゃ当然だろ。だってその時の“ブラストクエスターズ”は未完成だったんだからな」
僕は思わず、ふっと笑ってしまった。
突拍子もないはずの言葉が、不思議と心にすとんと落ちた。
「でも今は違う。オレたちは出会った。そんでもって最強になった。キースがいるから、オレたちは死なねぇ。オレたちがいるから、キースも死なねぇ!」
言っていることは、冷静に見れば暴論かもしれない。
だけど……そんなふうに真っ直ぐ言い切る彼だからこそ、信じられると思えた。
「だから!頼れ、キース。オレたちがいる。誰も死なせやしねぇよ」
「……で、でも、リュシアーナのことは……皆には関係ないだろ?」
僕は言い返す。でも、ドットは一切揺るがない。
「関係あるに決まってんだろ。オレたちはパーティーだ。仲間の問題は、全員の問題だ」
彼は、当たり前のことを言うように、僕の背負っていた重荷に手を添えてきた。
「い、いいのか? 本当に……頼って。死ぬかもしれないんだぞ」
「何度も言わせんなよ、キース。――オレたちは、誰も死なねぇよ」
「ドット、僕は……」
皆を信じて、頼ろうとした――その矢先。
「ドット! キース! もう、限界!」
「お主ら、遊んどらんで手伝え! こやつ、なかなか手強いぞ!」
「もう語り合っただろ!? おれっちの弓、あと一本しか残ってねーぞ!」
3人からの怒涛の抗議が飛んでくる。
「はは……そうだね。悠長に話してる場合じゃないか」
僕は笑って、ドットに手を差し出す。
「よろしく頼むよ、ドット」
僕とドットの手が重なり、乾いた音が響いた。
その音は、僕の心の奥深くに刻まれた。
「まったく、無粋な魔物だぜ。――さっさと倒しちまおうか! 行くぞ、キース!!」
……あの時。
誰にも告げずに、ひとりで抜け出したのは間違いだった。
皆を、危険に晒してしまったんだから。
でも、その“間違い”は――終わりを告げるものじゃなかった。
この日、ひとりで進むはずだった道に、
同じ方向を向いてくれる――かけがえのない仲間ができたのだから。
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