第32話 モンスターハウスだ

ダンジョンの最深部には、《コア》がある。


星の内部に存在する純粋な魔力が、亜空間を生成し、魔物を“吐き出す”源となる。

だが――なぜそんなものが存在するのか。

いくらゲーム知識を紐解いても、その答えだけは分からない。


存在理由は不明でも、何をすれば何が起きるかは分かっている。


コアは自己防衛のために《守護者》を生み出す。

それが、ダンジョンボス。

そして、ボスを撃破すれば、ダンジョンは崩壊し、《現世》に転送される。


――そう、“現世に転送される”のだ。


今回、僕は中盤高難度ダンジョンの後半区画に、ショートカットルートで突入した。

入り口を目指すよりも、ボスを倒してダンジョンを崩壊させた方が早い。


巨人どもを最小限の戦闘でやり過ごし、ようやく辿り着いた《ボス部屋》。

そこで僕は、言葉にならないほど濃密な《死の気配》に包まれた。


――後悔した。


ゲーム知識を頼りに、実体験ではない“記憶”を信じた。その代償だった。


これまでに、今回含めて三度感じた“死”という直感。

今なら分かる。これは《殺気》だった。


圧倒的な神の加護を持つ存在から放たれる、覆すことの出来ない”死”そのもののプレッシャー。


ゲームのRTAでは、このボスに密着して、全ての攻撃をキャンセルしながらノーダメージで倒す――それが定石だった。


……頭おかしいのか? 本当に、そんな芸当が可能なのか?


「やれるか、じゃない。“やる”んだ」


僕は、やり込んだ“プレイヤー前世の自分”じゃない。

所詮、記憶しか持たない“ニワカ”だ。


でも、現実で積み上げた時間は――違う。

遊びじゃない。“生きるため”に賭けてきたんだ。


ならば、遊び半分の“プレイヤー”が成した神業程度――超えてみせる。


僕は剣を構え、コロシアムの中心で待ち構える巨大なボス、《ジャイアント・ミノタウロス》へと歩を進めた。


《ジャイアント・ミノタウロス》。


通常のミノタウロスの三倍を超える巨躯。

全身を包む異形の鎧。そして、両腕で構える斧は、もはや攻城兵器と呼ぶべき代物だ。


その脅威度は、冒険者ギルドの記録にすらない。

――つまり、今まで誰一人として討伐を果たしていない存在。


その巨体が、斧を横一文字に振るう。


僕は咄嗟に、《回避の籠手》に魔力を流し、斧の加護を無効化しながら前転回避。


動きは、完璧だった。

回避も、成功した。懐に潜り込めた――はずだった。


しかし――。


《神の加護》を剥いだ、ただの“物理現象”にもかかわらず。

その一撃だけで、僕の身体は吹き飛ばされた。


ダメージこそない。

だが、理解した。


僕の加護は、《純粋な力》に――押し負けたのだ。


この程度で怖気づいてる場合じゃない。


僕は距離を詰めようと、前に出ようとした――その瞬間。

牛頭の魔物が、鼓膜が破れそうなほどの咆哮を放った。


「っく……何だってんだ……って、おいおいマジか」


ゲーム知識にない“異常行動”に驚くのも束の間、

ボス部屋の巨大な扉が、自動的に開き始めた。


ボス部屋はボス単体と戦う空間のはずだった。

――ゲームでは、そうだったのに。


開け放たれた扉から、トロール、ギガンテスの群れがなだれ込んでくる。


え、無理。

これは……無理だ。


中ボスのタイタンこそ見当たらないが、四方を巨人に囲まれてはもう絶望しかない。


死ぬのか、ここで?

でも――僕が死んだら、リュシアーナは……。


「諦めるな。まだ、まだ何か道があるはずだ!」


進まなければ。

僕は、ここで終われない。


「こんなクソゲーに、負けてたまるか!!」




巨人たちの波状攻撃が始まる。


四方八方から迫る攻撃を、全て“回避”する。

ほんの一瞬のミスすら、許されない。


トロールの棍棒を避け、ギガンテスの拳をよじ登り、

振り抜きの衝撃をあえて受けて、“吹き飛ばされる”ことで距離を稼ぐ。


意識が極限まで研ぎ澄まされ、“没頭状態”――ゾーンに入る。


絶望的な状況でも、不思議と体が動く。

全能感の中で、僕は不可能を可能に変えていく。


その流れに乗って、牛頭の魔物の傍までたどり着いた。


斧を避け、砕かれる床を背に、斧を足場に跳躍。

巨体の誇りともいえる《角》へ、舞うように斬撃を叩き込む。


8発当てたが、傷一つつかない。だが内部では魔力が暴走し、小さく炸裂した。


「一度じゃダメか。なら、何度でも!」


僕の狙いは、角の《部位破壊》。

ここを壊せば、奴の防御は大幅に落ちる……が、同時に力と攻撃頻度が上がるデメリットもある。


牛頭の魔物は、それを察したようにすぐさま反撃を繰り出してくる。


着地した瞬間の蹴りをもろに喰らう。

突然の一撃に耐えきれず、僕は吹き飛ばされた。



肉壁のような別のトロールに当たって衝撃は和らいだが、

今の一撃は身体の動きを鈍らせるには十分だった。




周囲の巨人たちが、僕を見下ろしている。

さっきまでの軽視は消え、確実に“仕留める”表情になっている。


……嬉しくはないな。

そこは慢心してくれてて良かったのに。


「くそっ……取り巻きさえいなければ、何とかなったかもしれないのに」


いったん引くか――そう思った、その時。


 


入り口の巨人が、突如“赤い閃光”に飲まれて吹き飛んだ。


――《スキル:奮迅》――獅子化身、災厄悉滅ライオニックバスター


「キース! 無事!? 助けに来た!」


空から無数の赤い流星が降り注ぎ、巨人たちを次々と撃ち抜く。


――《スキル:歩射》――さみだれ矢。


「ちっ、弓がもう逝った! これだから安物は!」


 


満身創痍の巨人の群れを貪り喰らうかのように、

二つの赤い旋風が戦場を駆け抜ける。


――《スキル:疾風》――Furorフーロル Geminorumゲミノールム Draconumドラコーヌム


「ホホホ……たまには本気を出さんとのう。体が鈍ってしまうわ」


それでも、まだ巨人の半数が健在だった。


しかし、次の瞬間――それら全てが、炎の化身に焼き尽くされる。


視認できた限りでも、一瞬で32回の連撃。

線の斬撃が面に変わり、まるで範囲攻撃のように敵を圧倒する。


「ちょっと硬いな。だが、無意味だ」


ゲームではスキル《炎狂乱舞》。

だがこれは――スキル光を伴わない、“純粋な技術”だ。


僕を巻き込むことなく、巨大化した《レーヴァテイン》が敵のみを両断していく。


そこにいたのは――

僕が抜けた金級冒険者パーティ、《ブラストクエスターズ》の面々だった。

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