第23話 運命の出会い

ガルバド荒野――魔物の発生が活性化している魔境のひとつ。

見渡す限り続く不毛の大地を、いくつもの馬車隊がキャラバンを組み、黙々と進んでいく。

砂と純魔力が混ざり合う嵐が行く手を阻もうとも、彼らの歩みは止まらない。


帝国に隣接するラダトゥース辺境伯領と、ハーベルバーグ侯爵領の間に広がるこの荒地は、人間にとってなんの旨味もない……はずだった。

だが、王都を経由すれば一か月を要する移動が、ここを突き抜ければ半月で済むとなれば、話は別だ。

競争相手を出し抜き、利益を手にするためには、リスクはつきもの。


それがたとえ、自らの命を賭けることであっても。


――それが、商人という生き物である。


彼らは今日も、冒険者というわずかな保険を頼りに、魔境へと足を踏み入れる。

その先にある富と名誉を求めて。



「敵襲! 魔物の群れだ!!」


誰かの叫び声に、馬車の揺れで散漫になっていた意識が一気に引き締まる。

目的地はゴルディード帝国のダンジョン。

そこには、スキルを封じるアイテムが存在する。

まずは帝国との国境を目指していた。


急ぐ理由は特になかったが、時間は有限だ。

資金的に問題がないのであれば、早く着くに越したことはない。

そう考えて、魔物の跋扈するガルバド荒野を突っ切るキャラバンに加わり、乗合馬車へと乗り込んだ。


このキャラバンには複数の銀級以上の冒険者が護衛として雇われており、今回は金級のパーティーも同行しているらしい。


「おい、大丈夫か? ……なんだこいつら、いつもより強くねぇか!?」


冒険者は三段階にランク分けされる。

金、銀、銅――金は五つ以上のダンジョンを攻略した者、銀はそれ未満、銅は未踏者。

強さを数値化できないこの世界では、実績こそが唯一の基準だ。


「ヤバい、前衛が抜かれた! うわぁっ!」


護衛は、少なくとも一度はダンジョンのボスを撃破し、帰還した実力者たちのはず――だったが。

耳に入る声は、どうにも不穏だ。


おびえる乗客の隙間を縫い、馬車から身を乗り出す。

視界に映ったのは、ブラックウルフの群れ。ざっと見ただけでも二十体はいる。


他の馬車の周囲ではそれほどでもないようだが、この馬車を担当しているパーティーには荷が重い相手らしい。


……いや、もしかして。


――うん、僕のせい、かもしれない。


《踏み台》。

このスキルを完全に検証しきったわけではないが、どうにも「僕に敵意を持つ存在を強化する」傾向があるらしい。


実際、僕の乗ったこの馬車を襲ってくる魔物たちは、他の場所の群れに比べて明らかに動きが鋭い。


まったく、情けない。

僕程度の強さを加えられたくらいで、苦戦するなんて。


――まあ、誰かが僕のスキルのせいで死んだら、寝覚めが悪い。


ふふん、颯爽と飛び出して、助太刀でもしてやろうじゃないか。

……念のため、自分には強化魔法をかけておこう。



「くそっ、数が多すぎる!」


――はい、調子に乗ってました。


六匹のブラックウルフが連携して繰り出す攻撃を、剣でいなし、突進を盾で受け止め、蹴り飛ばして距離を取る。


個々の強さなら、強化魔法を使っている僕の方が上。

……だが、それが群れとなると話は別だ。


意気揚々と飛び出し、陣形の崩れた冒険者を庇って後方に下がらせたまでは良かった。

でも、これは……かなりきつい。


撃破するには、単純に手数が足りない。


「すまねぇ、兄ちゃん。もう少し耐えてくれ!」


後衛が傷つき、護衛の冒険者たちはほぼ戦闘不能。

同時に抑えられるのは三体が限界だ。


抜けられたら、無防備な冒険者や乗客たちが……。


――って、言ってるそばから一匹抜けた!


剣を投げて止めるか? ……いや、当たる保証もないうえに、僕が丸腰になる。

そんなことを一瞬でも考えてしまったせいで――


ガブリ、と足を噛まれた。


加護と補助魔法のおかげで肉は裂かれずに済んだが、バランスは大きく崩れる。


……くそ、アレンとの決闘で全能感を味わったのが、完全に裏目に出た。


しかし――このあと起きるはずの悲劇に絶望する暇もなく。

噛みついていたブラックウルフの眉間に、一本の矢が突き刺さった。

それはただ命を奪うに留まらず、巨体を弾き飛ばすほどの勢いをもっていた。


……助かった。


心から援護に感謝しつつ、僕は振り返った。

そこに立っていた人物を見て、思わず言葉を失う。


太陽だ。

目の前の少女を見たとき、僕は本能的にそう感じた。


ブラックウルフを大剣で一撃で屠るその姿とは裏腹に、全てを包み込むような、温かく降り注ぐ太陽の幻影を見たのだ。


大地の恵みをたっぷり吸収して育った柑橘類のような、瑞々しいオレンジゴールドの髪。

それをバンダナで巻き上げている。

愛くるしくも強さを秘めた、吸い込まれそうなエメラルドグリーンの大きな瞳。

小顔に添えられた小さな唇が、たどたどしい口調で告げる。


「……あぶない、から。伏せて」


その声に我に返り、僕は慌てて身を伏せた。

髪の毛が数本飛んだかもしれない。

――頭のすぐ上を、死が通り過ぎていったのだから。


振り返ると、僕に襲いかかっていたブラックウルフが、真っ二つに斬り伏せられていた。

しかも一撃で二体。間違いなく、ただ者ではない。


僕とさほど年の変わらぬ少女から、目を離すことができなかった。

――いったい、どれほどの鍛錬を積めば、あの域に達するのか。


後方では、矢で援護してくれた狙撃手と魔法使いが、旋回するブラックウルフの群れを次々と仕留めていた。

魔法使いが放つ《エアーアロー》は、同時に七本――

ゲーム中でも最大育成を経なければ使えなかったアロー系の最終進化だ。


さらに、残った個体を薙ぎ払ったのは、バカでかい大剣を振るう中年の男。

――それでも、僕の意識は少女から離れなかった。


……ち、違うぞ。別に一目惚れとかじゃない。

ただ、あの強さと――妙な既視感が気になるだけだ。


どこかで、見たことがある気がする。

いや……待て。あのでかい大剣――知っている。


断腸の思いで視線を少女からおっさんへ向ける。


全長2メートルを超える超弩級の魔剣を軽々と振るい、周囲の安全を確認しているその姿。

あの剣は……夢で見た。

ユニーク武器 《レーヴァテイン》。

とあるヒロインしか装備できない、生きた魔剣。


確か、恩人の墓標に突き立てられていたそれを引き抜き、使用者として認められるために試練を受ける――そんなイベントがあったはず。


僕は勢いよく振り返り、少女の顔を凝視した。


突然の奇行に、少女は目を白黒させている。……可愛い。


――いや、そうじゃない。違う、そういう話じゃない。


今まで気づかなかったけれど、よく見れば確かに面影がある。

この少女……間違いない。


夢で見たゲームのヒロイン。

その名は――ラシュティア。


世界崩壊後、主人公アレンを執拗に付け狙い、撃破された後に仲間に加わる最強のヒロイン。


《復讐鬼ラシュティア》だ――。

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