第21話 戦闘チュートリアル

始まりは――何だったか。

そうだ、あの日見た夢。

誰かの人生を追体験するような、不思議な夢だった。


夢の中で、僕は見ていた。

――“アレン”という名の少年の物語を。

彼は英雄だった。世界の中心で、誰よりも輝いていた。

そして、必ず“僕”を倒した。引き立て役として。踏み台として。


目の前、剣を構えるアレンを見据える。

……いいだろう。踏み台が僕の役割というのなら、全うしてやる。

ただし、今回限りだ。

僕のこれまで積み上げてきたすべてを、今日、ここでくれてやる。

だから――あとは、任せたぞ。主人公。


「アレン!  いつも通り、敵に集中して落ち着いて攻撃するのよ! あんたなら、絶対できるわ!」


歓声にまぎれてもソフィアの声は、はっきりと聞こえる。

あのテンプレ幼なじみ系ヒロイン……ゲームでも、似たような場面があったっけ。


……「ボタンを押すのよ」とか言い出さなかっただけマシか。

もしこの世界が“電子の箱庭”だったら、前提条件からして大崩壊だ。

そうなったら、さすがに僕では手に負えない。


正直に言おう。

ここまで来たのは、完全に見切り発車だ。


夢――という曖昧な根拠を信じて。

未確定なスキルを抱えたまま、"たぶん"や"きっと"に賭けて、行動を続けてきた。


無謀? そうかもしれない。

でも、それに見合うリターンがあると思った。

“現状維持”という名の衰退に甘んじるくらいなら、全部賭けてやる。


「わかってるって。心配すんなよ、ソフィア!」


アレンが掲げた剣をひらりと振る。

自信に満ちた態度。隙だらけだ。でも、今は攻める気になれない。


彼の実力は未知数だ。加減がわからない。

魔物との戦いでも、どのタイミングでスキルの力が発揮したのか、検証しきれなかった。


それに――僕自身の力量だって、よくわかっていない。


だって、しょうがないじゃないか。

“どんな雑魚とも死闘になる”なんてスキルで、目安なんてあるわけがない。


「じゃあ、いくぞキース!  先手必勝ぉーー!!」


アレンが叫ぶ。

そして、戦いが始まった。


真正面から振り下ろされた剣筋を見て、僕は少し失望していた。

お手本のように綺麗な軌道だが――軽い。スイングに重みがない。

加えて、此方を見下したような表情。減点対象だね。


だが、実際に受けてみなければ分からない。

正面から来るなら、正面から応えてやるよ。


剣が交差した瞬間、赤い光が弾けた。

スキル発動光にも似たそれは、刹那の輝きとともにアレンに吸い込まれていく。


……気になる。でも、今は考察している余裕はない。

アレンは剣を弾かれたことなど気にもせず、すぐに二撃目、三撃目と畳みかけてきた。


――強い!

先ほどの初撃とは比べものにならない。


四撃目に合わせて僕は方針を変え、正面からの受けをやめる。

剣同士が交差する瞬間、手首を返して力を横へと流す。

ゲームで言う「パリィ」だ。


耳障りな金属音を鳴らしながら、アレンの剣が僕の剣を滑るように流れて逸れる。

体勢を崩したアレンの脇腹へ、後ろ回し蹴りを叩き込む。


「くっ……強い。聞いてた話と違うじゃないか!」


大して力は入れられなかったが、完全に崩した。

すかさず突きを入れると、アレンに盾で受け止められる。

だが、僕の突きはそのまま盾を弾き飛ばす。


……違う。これは、わざとだ。


僕の突きで腕が伸び切った隙を狙って、両手持ちでの横薙ぎ斬りが来る。

舐めるな。左手のバックラーで力任せに弾き返す。


重い衝突音。

まだ、力も技もこちらに分がある。だが――剣を受けるたびに、アレンが強くなっているのがわかる。


やばい。これは、僕のスキルが予定通り「仕事してる」と喜びたいところだが……徐々に成長は想定外で、やりにくい。



たたらを踏んで距離を取るアレン。

こちらも追撃できる体勢にはなかった。


「何故、そんな力がありながら、それを人のため――正義のために使おうとしないんだ!」


構え直しながら、アレンが叫ぶ。


「随分と余裕だな、平民。……まだ喋れるとは」


正直、驚いている。

この短時間でレベルがどんどん上がって――戦闘の中で急成長してるんだ。

てっきり、一気に僕を超える力を与えるスキルだと思っていたよ。

強さが変わるなよ、合わせづらいって。


「うるさい、答えろキース! なんでエマを虐げるんだ!」


アレンが再び突っ込んでくる。


始めと同じ流れで、正面から力比べを望むような剣筋だ。

だが、さっきまでの彼とは違う。

剣に迷いはなく、目には覚悟が宿っていた。


マズい。

直感的に誘いには乗らず、ギリギリを見極め身体をひねり回避する。


「お前が僕とエマミールの関係を聞いたところで、理解できるとは思わないな」


そこで、回転からの一閃を叩き込む。

だが、アレンは宙を舞い躱した。……まるで、最初から攻撃する気なんてなかったみたいに。

……フェイントか? やられた。やっぱり、成長してる。

バク宙――その動き、夢の中で見覚えがある。


そして、空中で詠唱。

――来る。


「フレイムアローか!」


火の矢が飛ぶ。

属性魔法の第二段位呪文、アロー系だ。

ゲームの仕様では、初期魔法のくせに汎用性が高く、地味に強い。

僕は回転斬りの勢いを殺さず、そのまま斬り上げに繋げて迎撃する。

斬り裂いたが、爆ぜる炎で視界が塞がれ、体勢も乱れる。


「理解できないだって? 少なくとも、女の子に涙を流させるのは悪だってことくらいは分かる!」


アレンがこの隙に叫びながら距離を詰めてくる。

床を踏み鳴らす音とともに、間合いが一瞬で消えた。


こなくそ……!根性見せろ!


僕は背面飛びの要領で、彼を飛び越える。


まだだ!もっと、もっとだ!!


身体から変な音がするのを無視して、無理やり空中で回転する。

その勢いで、斬り下ろす。


「“悪”だの“正義”だの、勝手な物差しで語るな……平民風情が!」


斬撃がぶつかり、赤い光が激しく飛び散る。


受け止められた、だと――?

あの体勢から、上への応戦?


「うるさい! 俺の質問に答えろ、キース・ハーベルバーグ!」


次の瞬間、衝撃が僕を襲った。


地面を転がり、背中を叩きつけられる。

視界が揺れる。

……吹き飛ばされた。


地に足をつけていたアレンに、空中の僕は力負けしたようだ。


「……しつこい奴だな。まあいい、教えてやるよ。“自由”のためだよ」


片膝をつき、鎧についた破片を払いながらゆっくりと立ち上がる。


理由を隠すのも、もう面倒くさくなった。

正直、色々と気にする必要もなくなったしね。


この決闘の中で――僕のスキルが、確実にアレンを成長させている。

それは手応えとして、はっきり実感できている。


つまり、僕の役目はもうほぼ終わったようなものだ。

なら――もう、好きにしてもいいよね?


戦闘のギアを上げれば、彼はちゃんと対応してくる。

その事実が、なんだか無性に嬉しかった。

いや……楽しいんだ。戦いが。


「は?  自由?  彼女を傷つけることが、自由だっていうのか?」


アレンが、理解できないものを見るような目でこちらを見てくる。

いや、理解しようとはしてる。……けれど、できないという顔だ。

最初の、見下すような視線とは明らかに違う。

少しだけど――彼は全てにおいて成長してる。人間性も、思想も。


だけど。


「どうとでも受け取ればいいさ」


僕の感情も、選択も、僕にしか分からない。


「そんなの、自分勝手なエゴだ! 誰かの犠牲の上にある自由なんて、絶対に認めない!」


……アレン。

その言葉は、正しい。とても正しい。

でも、それは“呪い”でもある。


「僕はお前に認められるために生きてるわけじゃない」


僕は、犠牲になりたいわけじゃない。

誰かに縛られた人生なんて、もうたくさんなんだ。


僕は、僕のために生きたい。

そのために、全部やってきた。


だからこそ――


「だったら止めてみせる! 俺は、そんな“自由”を認めない!!」


……いいだろう、アレン。

だったら、君が“犠牲”になってくれよ。


「吠えてろ、アレン!」


僕が用意してきた、この力。

すべて君に与えるから。――だから、僕をもっと楽しませてくれ。


ドカン、と武舞台の石畳が砕ける音が響いた。

僕とアレンが同時に踏み込み、互いの間合いを一気に詰める。

今度は逃げない。正面からぶつかり合う。


赤い光が一段と強く輝き、剣と剣が激しくぶつかり合った。

鍔迫り合い――だが、押し負ける。身体がのけぞりそうになる。


……力では、もう敵わない。

けれど、技なら――まだ負けていない。


僕はあえて押し込まれ、力を横に流す。

すれ違いざま、背面から一撃を叩き込んだ。


「ははっ、楽しいな、アレン!」


アレンは吹き飛びながらも、巧みにバランスをとって着地する。

ただの勢い任せじゃない。しっかり戦いの中で成長してる。


〈パワー〉

〈プロテクト〉

〈アジャイル〉


補助魔法を連続で展開。

もう素の身体能力じゃ、成長し続ける彼には対応できない。


「来いよ、アレン。僕を認めないんだろ? なら、もっと全力で来いよ!」


アレンが地を蹴り、突進してくる。


「キース・ハーベルバーグ!!」


速い! だが――見える。


紙一重でバックステップ。補助魔法でギリギリ間に合った。

がら空きになった胴体へ強打を叩き込むと、訓練用の軽鎧が砕けた。

衝撃を殺しきれず、アレンの身体がくの字に折れる。


「しっかりしろよ、主人公」


好位置に頭が来た。

顔面を蹴り飛ばす。アレンは錐揉み回転で吹き飛ぶ。


――だが。


「おいおい、マジかよ」


突然、三本の火の矢が飛来する。

アロー系魔法。魔力量に応じて本数が増える仕様――ゲームで見た光景だ。

三本同時は、中盤戦レベルの火力。


「最高じゃないか。さすがだよ、アレン!」


斬撃の流れを崩さず、三本すべてを切り伏せる。

爆炎が周囲を包み込む。


分かってる――そこにいるんだろ?


炎の中から飛び込んでくる気配を頼りに、切りつける。

軽い。……違う、これは――!


僕の剣が、アレンの剣で滑らされ、横に流された。


「馬鹿な、パリィだと!?」


「キース!  これで終わりだ!!」


バランスを崩した僕の前に、剣を掲げたアレン。

その剣に、赤いスキル光が収束している。


観客の熱狂は最高潮に達していた。

ほとんどが立ち上がり、叫び、拳を振り上げている。


……あ。ノッディとデーヴが心配そうに此方を見ている。

ルーレミアが、視界の端で――いい笑顔を浮かべていた。


……あの笑顔はダメだ。怖い。やめてくれ。




世界が、止まったように感じた。


アレンが繰り出そうとしているのは――

《技巧》擬き、文字化けスキルの“覚醒兆候”イベント。

ゲームで見た、《一刀両断》の前段階。


赤い光が、さらに強くなる。


そこに、わずかな“溜め”があった。




――だめだよ、アレン。

そんな隙を、晒しちゃ。


僕はもう、動けるよ。


「貰った――!」


隙だらけの喉元へ、渾身の突きを放つ。


完璧な距離、完璧な角度。

……止まらない。もう誰にも、止められない。







――って、違う!!


ダメだ!!  何やってんだ僕は!!

テンション上がりすぎた!! 倒しちゃダメだろ!?  僕が負けるんだぞ!?


止まれ、止まれ、止まれ……!

僕の右腕ぇええええええ!!!




ガクン、と身体が何かに引っ張られるように止まる。

……止まった。

安堵する。でも――自分の意志じゃない。


この感覚。……覚えがある。


ノッディのスキル《人形劇》。

その中の一つ、《タングルスレッド》――“消せない慣性”。


止まった世界の端に、僕自身の影が見えた。

その影に刺さる、小さな赤い杭。


ルーレミア・アルセタリフ王女。その侍女ジェーン。

所有スキルは《忍び》。そして《影縫い》という“技巧”を使える。


視線を送ると、ルーレミアが――愉快そうに笑っていた。

嘲笑のようで、慈愛のようでもある。……わからない。


……まだ僕は、縛られている。

鎖は切れていなかったらしい。


彼女は何を望んで僕を“野に放つ”つもりなんだ?

そんな疑問がよぎる――けれど、考える暇もなかった。


世界が色を取り戻すと同時に、視界が真っ赤に染まった。


痛みを感じる間もなく、僕の意識は闇に呑まれていく。




僕は――アレンに、負けた。


……。

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