第20話 前説を怠ってはいけない

扉をくぐった瞬間、光の雨に包まれた。


開放的な構造を持つ闘技場。夜の帳が下り、観客席は漆黒に沈んでいる。

けれど、その中央――武舞台だけが、複数の照明魔法によって眩いほどに照らし出されていた。


まるで、この世界に存在するのはこの舞台だけだ――そう錯覚してしまうほどの光景。


「……なんか、気分は地下ファイトクラブの闘剣士って感じだな」


僕は、普段から使い込んで傷が目立つ、機動性重視の軽鎧を身にまとい、

念のためにヘッドギアも装備していた。


手に持つのは、学園が用意した訓練用の長剣。刃は潰されており、安全性は確保されている。

左腕には小型のバックラー。――実に実用一点張りだ。


うん、貴族の子息が着るような装備じゃない。

彼らはもっと派手な服や鎧を好む。煌びやかなマントでも羽織ったほうが映えただろうか?


数歩、舞台に足を踏み入れたその瞬間――

観客たちの視界に僕の姿が映ったのだろう。

耳を劈くような歓声が、四方から一斉に押し寄せてきた。


驚きを顔に出さないように意識しながら、舞台の中心へとゆっくり歩を進める。

すると途中で、歓声がさらにひときわ大きくなった。


……アレンの登場だ。


彼も僕と同じく、簡素な訓練用の軽鎧姿。

見慣れたゲームの“初期装備”といった雰囲気で、見た目の差はほとんどない。


「おい、平民! 怖気づいて来ないんじゃないかと思ったぞ!」

「俺の名前はアレンだ! いつになったら覚えるんだ、キース・ハーベルバーグ!」

「ふん、どうせすぐに忘れる。――今後、見ることのない相手の名など、覚える意味もないね」


こちらが先に武舞台に上がっていたので、登場してきたアレンに挑発をぶつける。

――この辺りは、いわゆる“マイクパフォーマンス”だ。


やらなくてもいい、と言われればそれまでだが、もし戦いの内容が観客の期待を下回れば、彼らは簡単に暴徒化する。良くも悪くも“伝統芸能”として見ているのだ、この決闘という形式を。


せっかくの一世一代の大舞台。どうせなら、しっかり盛り上げてやろうじゃないか。


「さあ、決闘の時間だ。観客の中で……誰か、立会人を引き受けてくれないか?」


そう呼びかけると、さっきまでうるさかった観客席が、嘘のように静まり返った。


……いや、滑ったわけじゃない。断じて違う。

この静寂には、ちゃんと“理由”がある。


決闘の立会人は、原則として当事者たちより身分が上の者が務める。

そして僕は――侯爵家の嫡男。


その僕よりも身分が上となると……そう、公爵家、もしくは――


「分かりましたわ。わたくしが引き受けましょう」


……王族、だ。


観客たちは理解していたんだ。誰が声をあげるかを。


──「キャー! ルーレミア・アルセタリフ様よ!」

──「王女殿下、バンザイ!!」


闘技場が、再び歓声に揺れた。


誰が気を利かせたのか、照明魔法の一つが王女に向けられ、彼女をスポットライトの中心へと浮かび上がらせる。


制服は他の女生徒たちと同じはずなのに――

まるで、舞台に立つ主役女優。着こなしも、視線の集め方も段違いだ。


……だけど、よりによって王女かぁ。

あの腹黒女王より、できれば王太子に出てきてほしかったよ。


……って、いるじゃん。

普通に観客席で座ってる。いるなら出ろよ、王太子。


「おい、俺が勝ったら――本当に、エマミールを自由にするんだろうな?」


げんなりして王女を見ていたら、アレンが怒気をはらんだ声で話しかけてきた。


「ああ、いいだろう。僕が負けたら、婚約破棄だろうが何だろうが、好きにすればいい。だが、僕は“ダンジョン攻略者”だぞ? 平民風情が勝てると思っているのか」


……頼むから、アレン。君が勝ってくれ。

そんでもって僕を、自由にしてくれ。


「へえ、ダンジョンね」


アレンは、鼻で笑ったように反応した。


一般的に、ダンジョンを攻略できる冒険者は“一人前”と認められる存在だ。

だがこの反応……エマミールから、僕が最弱プチスラにすら苦戦して、騎士任せで攻略したとか吹き込まれてるな、これは。


「ふん、口だけは達者だな、平民!僕が勝ったら、お前を学園から追放してやるよ」


……主人公の追放劇か。

それはそれで成長イベントになりそうだが――ダメだ。

そんな展開じゃ、僕が自由になれない。


そうこうしているうちに、ルーレミアが歩み寄ってきて――やはり、爆弾を投下してくれた。


「ふふ。文字化けスキル持ち同士の決闘なんて……面白い出し物を特等席で拝めるなんて、光栄ですわ」

「な、なんだって!? お前も“文字化け”なのか?」


アレンがルーレミアの言葉に強く反応するあたり、自分と僕が同種のスキル持ちだとは知らなかったらしい。

観客席もざわつき始める。


「そうですよ、アレン。あなたと、ここにいるキース様は、同じ“悪魔の偽装”を受けたスキルを持っているのよ」


ルーレミアの言葉はアレンに向けられていたが、仰々しい身振りと言い回しは、観客全体への演出だった。

絶対的な自信に裏打ちされた所作。その一挙手一投足が、場を支配していく。


「当たりのスキルか、外れのスキルか……確認するには直接対決こそが最適。今日この決闘こそが、未来の英雄を決める指標になるわ。正しく、“龍虎の戦い”」


……やばい、これは本格的に乗っ取られるぞ。


――「え、マジでそんな話だったの!?」

――「勝った方が英雄の卵ってこと……?」

――「知らなかったのか、有名な話……」


観客席の空気が変わるのを、肌で感じた。  

この決闘が、“ただの婚約者争い”から、“国家規模の英雄選抜”になりかけている。


――まずい。侯爵家のメンツに関わってしまう。  

これは、処分の“格”が変わる。


“女を巡る決闘”なら、世間的には“妥当な動機”と見なされる。  

だからこそ、廃嫡程度の処分で済むと踏んでいた。  

だけど、このままじゃ最悪――廃嫡じゃ済まない。


国外追放と言う名の暗殺?公開処刑?  

冗談じゃない。死ねる。


「ルーレミア王女殿下……お戯れを。これはあくまで、エマミールを賭けた私闘に過ぎません」


無礼なのは承知の上で、言葉を遮って口を挟む。  

黙っていたら、本当に“国家案件”にされてしまう。


「ふふ。ちょっとしたお遊びよ」  


……軽やかな笑み。そして、仕上げとばかりに観客へ向き直る。


「では皆さま――この“一人の乙女の人生”を賭けた決闘、最後まで公正な目で見届けましょう」


何とか切り抜けたか?  

いや、手遅れなんじゃ――いやいや、まだ大丈夫だ。……多分。


それにしても、この王女、ヒロインであるはずのエマミールにこれっぽっちも興味ないだろ。

というか、僕に興味がある事の方が、よっぽどおかしい。チュートリアルのやられ役だぞ?


スキルを誤解されてるくらいなら、まだ許せる。ギリギリで。  

でも、これ以上勝手に“価値”を盛られたら、たまったもんじゃない。


アレンが“英雄認定”されるのはいい。  

だけど、僕が巻き込まれるのは、ごめんだ。


もう、やれることはやった。  

泣いても笑っても、決闘は始まる。


アレンと僕は、互いに剣先を軽く打ち合わせ、一歩ずつ間合いを取って構える。


「さあ、アレン。僕に“主人公の力”を見せてくれ」


僕の呟きは、歓声にかき消されて――誰の耳にも届くことはなかった。

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