第12話 クリア報酬の先にあるもの

見上げるほど巨大な鋼鉄の扉が、不快な金属音を軋ませながら、ゆっくりと独りでに開いていく。

その先に広がっていたのは、現実離れした不思議な空間だった。


無数の星が煌めくそらを天井に抱いた空間の中、石造りのすり鉢状の建造物――まるで古代コロシアムのような円形の階段構造が、中央へと続いている。

その窪みの最奥に、異様な存在が鎮座していた。


ダンジョン・コア。

それはこの亜空間の中心にして、異界と現実を繋ぐ特異点。

異界との隙間に過ぎなかったそれが、侵入者の気配を察知し、突如として脈動を始める。


やがて、流れるような変化が起こる。

あたかも意思を宿したかのように歪み、膨れ上がり、形を持ちはじめる。

自らの終焉を拒むかのように、最後の抵抗として生み出されたのは――


純然たる暴力の化身。


それこそが、この空間における最強の番人。

人はそれを、「ダンジョンボス」と呼ぶ。



眼前に迫る、杭のような返し付きの触手。

思わず反射で剣の腹をかざし、受け流す。


「くっそ、重い!」


金属が悲鳴を上げ、刃をかすめた触手が背後へと流れ落ち、床に突き刺さる。

――瞬間、波打つようにその表面が蠢いた。


触手の中腹が膨れ、内側から棘がせり上がる。

弾けるように飛び出した棘を、左手の小盾バックラーで受け止め、弾く。


勢いを殺さぬまま、体を捻る。

剣の刃で横薙ぎに触手を裂いた。


切断面から撒き散らされる、タールのようなドス黒い消化液。

のたうつ断片が行く手を阻み、間合いを詰めきれない。


「キース様、いけるだす!」


デーヴの声が飛ぶ。


僕たちは今、隠しダンジョンの守護者――キングプチスラと対峙していた。


見上げるほどの巨体を誇る、プチスラ種の変異体。

名に“キング”を冠するだけあって、並のプチスラとは別物だ。

鋼鉄めいた外皮、そして変幻自在の触手を武器とする、中の下ランク相当の脅威。


「デーヴ、頼む!」

「全部、おいらのっす!《いただきます》!」




デーヴの大きく開けた口に、赤い光が集まっていく。

その瞬間、複数の触手が一斉に向きを変え、まるで吸い寄せられるかのように彼の持つ大盾へと殺到した。


スキル《大食い》の発動。

彼の“食べる”は、物理的な食事にとどまらない。

デーヴ曰く――「なんでも喰えるだす」らしい。攻撃対象ですら、例外ではないのだ。

……ハズレスキルとは、いったい。


「小生も行かせていただきます《タングルスレッド》!」


後方にいたノッディが手を掲げると、キングプチスラを操る様に指先から伸びた赤い糸が繋がれる。

敵の動きを封じかけるが、そのまま操り糸は絡まり引きちぎられてしまう。

だが、糸が絡まった一瞬だけ、キングプチスラの動きが止まった。


スキル《人形劇》の発動。

ノッディ曰く、「突っ張った糸の慣性は消せないのです」らしい。

……ハズレスキルとは、いったい(2回目)。


僕はその隙を逃さない。

デーヴの肩を踏み、跳躍。

伸び切った触手を足場に、一気に踏み込み、渾身の一撃を叩き込む。

抉られた外皮の奥――揺蕩う消化液の中に、玉虫色の球体が覗いた。


「……浅い! しくじったか!」




だが、いける。

確かに、一撃は重く、手数も多く、体力も高い。

けれど、正直言って通常のプチスラと比べて、極端な差があるわけじゃない。

むしろ、数の暴力を前にしたプチスラの方が厄介だった節すらある。


ゲーム的な視点で見れば、このダンジョンボス――キングプチスラの存在は、僕たちには“詰み”と判定していた。

実際、最初は騎士たちにボスだけ討伐してもらうつもりだった。

だが、それを僕たち自身で攻略する、と方針を変えたのには理由がある。


ノッディとデーヴの持つスキルが、能動発動の《技巧》を習得する段階に入ったからだ。

このタイミング、通常のゲーム進行で言えば――序章「学園編」の中盤〜終盤の戦力水準に相当する。


当然、頭にはいくつもハテナが浮かんだ。

だが、ある可能性に思い至る。


――僕のスキル、《踏み台》。


……いや、まさか。

「敵を強化してる」のは、僕自身じゃないのか?


そう思って、試しにノッディとデーヴの二人だけでダンジョンに挑ませてみた。

嫌がる二人をなだめすかして、何度か戦闘してもらった結果――

「プチスラ、ただの雑魚だったよ」とあっさり報告が返ってきた。


愕然とした。

僕が足を引っ張っていた?

白い目で見ていた騎士たちの視線が脳裏をよぎる。

“手こずりながら、時間をかけて進んだあのダンジョン攻略は、なんだったんだ”と、自暴自棄になりかけた。


だが同時に、これは大発見でもあった。


ノッディとデーヴが、あのプチスラたちだけで《技巧》の発動条件を満たせたこと自体が、ゲームシステム的に異常なのだ。

これはつまり、《踏み台》が育成ブースト系スキルとして機能しているということ。

格上の敵に使えば危険も跳ね上がるが、扱い方次第ではとんでもない性能を持っている。


今の僕たちの実力なら、キングプチスラは“同格”――そう見込んでの挑戦だったが、目論見は正しかった。

……ただ、ギリギリの綱渡りだったのは間違いない。


そして――彼らのスキルが《技巧》を覚えた今、

もう、僕のそばにいる理由はなくなった。


……いや、正確には、彼らが「僕のそばにいられなくなる」。

ノッディもデーヴも、それぞれの家に戻されるだろう。

もう、彼らは“ハズレスキル”じゃないんだ。


次は、きっともう来ない。

僕と彼らの“冒険者ごっこ”は、これで最後になる。


「次で決めるぞ、ノッディ! デーヴ!」

「分かりました、キース様!」

「任せるだすよ、キース様!」


――いつかまた、一緒に冒険できたらいいな。


そんな切なさを胸に、僕は渾身の力で剣を振り下ろした。


「よっしゃぁぁぁ~~! 倒した!!」

「キース様、ばんざーい!!」

「やった! この後はご飯タイムだす!!」


三人で腕を掲げ、三角形に交差させて勝利を喜び合う。

そのとき、キングプチスラの核が砕け散る音が、まるで終業ベルのように静かに響いた。




ダンジョンボスだった純魔力は一度形を崩し、やがて箱の形に収束する。

ダンジョン攻略報酬――なぜそうなるのかは、いまだ不明のままだ。


騎士たちが手際よく周囲の安全を確認している間、僕はゆっくりと近づき、箱の蓋を開けた。


中には、目も眩むほどの金銀財宝。

そしてその中に、ひときわ異彩を放つ一品があった。


装飾など一切ない、無骨な籠手。

――僕が求めていたアイテムだ。


「キース様、本当にそれだけでよろしいのですか?」

「おお……いっぱいご飯が買えるだす! キース様、ありがとうだす!」


報酬の分配は、事前に決めてあった。

異論は、ない。


「ああ、二人で分けてくれ。ノッディ、デーヴ。本当にありがとう」


ダンジョン崩壊に伴う“出口への転送現象”が発生しつつある中、僕は右手を差し出した。

その手に、二人は何も言わず重ねてくれる。


「僕たちは、いつまでも“ともだち”だ」

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