第12話 クリア報酬の先にあるもの
見上げるほど巨大な鋼鉄の扉が、不快な金属音を軋ませながら、ゆっくりと独りでに開いていく。
その先に広がっていたのは、現実離れした不思議な空間だった。
無数の星が煌めく
その窪みの最奥に、異様な存在が鎮座していた。
ダンジョン・コア。
それはこの亜空間の中心にして、異界と現実を繋ぐ特異点。
異界との隙間に過ぎなかったそれが、侵入者の気配を察知し、突如として脈動を始める。
やがて、流れるような変化が起こる。
あたかも意思を宿したかのように歪み、膨れ上がり、形を持ちはじめる。
自らの終焉を拒むかのように、最後の抵抗として生み出されたのは――
純然たる暴力の化身。
それこそが、この空間における最強の番人。
人はそれを、「ダンジョンボス」と呼ぶ。
*
眼前に迫る、杭のような返し付きの触手。
思わず反射で剣の腹をかざし、受け流す。
「くっそ、重い!」
金属が悲鳴を上げ、刃をかすめた触手が背後へと流れ落ち、床に突き刺さる。
――瞬間、波打つようにその表面が蠢いた。
触手の中腹が膨れ、内側から棘がせり上がる。
弾けるように飛び出した棘を、左手の
勢いを殺さぬまま、体を捻る。
剣の刃で横薙ぎに触手を裂いた。
切断面から撒き散らされる、タールのようなドス黒い消化液。
のたうつ断片が行く手を阻み、間合いを詰めきれない。
「キース様、いけるだす!」
デーヴの声が飛ぶ。
僕たちは今、隠しダンジョンの守護者――キングプチスラと対峙していた。
見上げるほどの巨体を誇る、プチスラ種の変異体。
名に“キング”を冠するだけあって、並のプチスラとは別物だ。
鋼鉄めいた外皮、そして変幻自在の触手を武器とする、中の下ランク相当の脅威。
「デーヴ、頼む!」
「全部、おいらのっす!《いただきます》!」
デーヴの大きく開けた口に、赤い光が集まっていく。
その瞬間、複数の触手が一斉に向きを変え、まるで吸い寄せられるかのように彼の持つ大盾へと殺到した。
スキル《大食い》の発動。
彼の“食べる”は、物理的な食事にとどまらない。
デーヴ曰く――「なんでも喰えるだす」らしい。攻撃対象ですら、例外ではないのだ。
……ハズレスキルとは、いったい。
「小生も行かせていただきます《タングルスレッド》!」
後方にいたノッディが手を掲げると、キングプチスラを操る様に指先から伸びた赤い糸が繋がれる。
敵の動きを封じかけるが、そのまま操り糸は絡まり引きちぎられてしまう。
だが、糸が絡まった一瞬だけ、キングプチスラの動きが止まった。
スキル《人形劇》の発動。
ノッディ曰く、「突っ張った糸の慣性は消せないのです」らしい。
……ハズレスキルとは、いったい(2回目)。
僕はその隙を逃さない。
デーヴの肩を踏み、跳躍。
伸び切った触手を足場に、一気に踏み込み、渾身の一撃を叩き込む。
抉られた外皮の奥――揺蕩う消化液の中に、玉虫色の球体が覗いた。
「……浅い! しくじったか!」
だが、いける。
確かに、一撃は重く、手数も多く、体力も高い。
けれど、正直言って通常のプチスラと比べて、極端な差があるわけじゃない。
むしろ、数の暴力を前にしたプチスラの方が厄介だった節すらある。
ゲーム的な視点で見れば、このダンジョンボス――キングプチスラの存在は、僕たちには“詰み”と判定していた。
実際、最初は騎士たちにボスだけ討伐してもらうつもりだった。
だが、それを僕たち自身で攻略する、と方針を変えたのには理由がある。
ノッディとデーヴの持つスキルが、能動発動の《技巧》を習得する段階に入ったからだ。
このタイミング、通常のゲーム進行で言えば――序章「学園編」の中盤〜終盤の戦力水準に相当する。
当然、頭にはいくつもハテナが浮かんだ。
だが、ある可能性に思い至る。
――僕のスキル、《踏み台》。
……いや、まさか。
「敵を強化してる」のは、僕自身じゃないのか?
そう思って、試しにノッディとデーヴの二人だけでダンジョンに挑ませてみた。
嫌がる二人をなだめすかして、何度か戦闘してもらった結果――
「プチスラ、ただの雑魚だったよ」とあっさり報告が返ってきた。
愕然とした。
僕が足を引っ張っていた?
白い目で見ていた騎士たちの視線が脳裏をよぎる。
“手こずりながら、時間をかけて進んだあのダンジョン攻略は、なんだったんだ”と、自暴自棄になりかけた。
だが同時に、これは大発見でもあった。
ノッディとデーヴが、あのプチスラたちだけで《技巧》の発動条件を満たせたこと自体が、ゲームシステム的に異常なのだ。
これはつまり、《踏み台》が育成ブースト系スキルとして機能しているということ。
格上の敵に使えば危険も跳ね上がるが、扱い方次第ではとんでもない性能を持っている。
今の僕たちの実力なら、キングプチスラは“同格”――そう見込んでの挑戦だったが、目論見は正しかった。
……ただ、ギリギリの綱渡りだったのは間違いない。
そして――彼らのスキルが《技巧》を覚えた今、
もう、僕のそばにいる理由はなくなった。
……いや、正確には、彼らが「僕のそばにいられなくなる」。
ノッディもデーヴも、それぞれの家に戻されるだろう。
もう、彼らは“ハズレスキル”じゃないんだ。
次は、きっともう来ない。
僕と彼らの“冒険者ごっこ”は、これで最後になる。
「次で決めるぞ、ノッディ! デーヴ!」
「分かりました、キース様!」
「任せるだすよ、キース様!」
――いつかまた、一緒に冒険できたらいいな。
そんな切なさを胸に、僕は渾身の力で剣を振り下ろした。
「よっしゃぁぁぁ~~! 倒した!!」
「キース様、ばんざーい!!」
「やった! この後はご飯タイムだす!!」
三人で腕を掲げ、三角形に交差させて勝利を喜び合う。
そのとき、キングプチスラの核が砕け散る音が、まるで終業ベルのように静かに響いた。
ダンジョンボスだった純魔力は一度形を崩し、やがて箱の形に収束する。
ダンジョン攻略報酬――なぜそうなるのかは、いまだ不明のままだ。
騎士たちが手際よく周囲の安全を確認している間、僕はゆっくりと近づき、箱の蓋を開けた。
中には、目も眩むほどの金銀財宝。
そしてその中に、ひときわ異彩を放つ一品があった。
装飾など一切ない、無骨な籠手。
――僕が求めていたアイテムだ。
「キース様、本当にそれだけでよろしいのですか?」
「おお……いっぱいご飯が買えるだす! キース様、ありがとうだす!」
報酬の分配は、事前に決めてあった。
異論は、ない。
「ああ、二人で分けてくれ。ノッディ、デーヴ。本当にありがとう」
ダンジョン崩壊に伴う“出口への転送現象”が発生しつつある中、僕は右手を差し出した。
その手に、二人は何も言わず重ねてくれる。
「僕たちは、いつまでも“ともだち”だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます