第10話 少年冒険団結成


「ダンジョン」

誰が最初にそう呼び出したのかは定かでない。

ただ、それが大地に巡る悠久の魔力──“純魔力”が漏れ出し、亜空間として具現化した特異点であることは、人類の共通認識だ。


現実から切り離されたその空間は、時に謎めいた建造物を、時に希少な資源や宝をも生み出し、数多の利益をもたらしてきた。

だが、それは同時に脅威でもある。

濃密な純魔力が閉鎖空間に充満すれば、本能で命を奪う異形の存在──魔物たちを生み出し続ける。


人類は常に選択を迫られる。

この空間を、搾取するのか、それとも破壊するのか。



ピローネ山脈の懐、断崖に囲まれた圏谷の奥深く。

かつてのダンジョン入口、その遺構の中から、金属がぶつかり合う鋭い剣戟の音がこだましていた。


だが、入り口周辺で警戒任務に就いている騎士たちは、その音に微塵も反応を示さない。

あたかも、そこにあるのは日常の延長だと言わんばかりに、沈黙と整然を保ち続けている。


もし、今ここに通りかかった冒険者がいたとすれば、彼らが掲げる紋章を見て、納得したことだろう。

「ああ、また貴族様の“加護上げ”か」と。


それが、すでに魔物が湧くこともない、崩壊したダンジョン跡地で起きている異常な戦闘であることを除けば。




「止まらずに走れッ!!」

「ハア、ハア……小生、も、もう息が──!」

「待ってくれだす~!」


僕たち三人──ノッディ、デーヴ、そして僕・キースは、防寒着と軽装鎧を重ねた格好で、ぎこちない動きを必死に押して全力疾走していた。

目指すは、目の前にあるダンジョンの門扉。開け放たれたその扉の向こうには待機する騎士たちの気配がある。

背後からは、床・壁・天井を這う“何か”の気配が追いすがるように迫ってくる。


僕たちは迷うことなく、同時に扉へと飛び込んだ──

ぐしゃり、と、潰れたカエルのような音が連続して背後から響いた。


振り返れば、扉の境目にまるでガラスに貼り付く水滴のように、液体状の魔物たちが張り付いている。

その正体は──プチスラ。

子供でも倒せると評判の、最低ランクのスライムだ。




「ハア、ハア……キース様。い、いくらなんでも数が多すぎではないでしょうか……?」

「数もそうだけど……プチスラって、こんなに強かったっけ? それとも、僕たちが弱すぎるのか……?」

「も、もう疲れただすよ。腹も減ったし……」


三人は息も絶え絶えに腰を下ろし、その場にへたり込んだ。

ふと顔を上げると、門扉の向こうで待機していた護衛の騎士たちが、無言のままこちらを見つめている。

冷めきったその視線からは、「たかがプチスラに情けない」と言わんばかりの感情が、ひしひしと伝わってきた。


──確かに、プチスラ相手にここまで苦戦するとは思っていなかった。

特殊個体でもない。ただの雑魚のはずだ。

なのに、なぜこんなにも手こずっているのか? 

もしかして……ここが「隠しダンジョン」だからだろうか。


十三歳になり、基礎訓練課程を終えた僕は、さっそくゲーム知識を活かして自己鍛錬に取り組み始めた。

ゲームでは、魔物を倒すことで経験値が得られ、レベル(LV)が上がる。

その際に得たステータスポイントを各能力に振り分けて、キャラクターを自分好みに育てるのが基本システムだった。


ただし、効率よく経験値を得られるのは、自分と同じか、それ以上のレベルの魔物からだけ。

このため、実質的なレベル上限が存在する。

さらに武器や魔法には必要な能力値が定められており、ダメージ計算にはそれが直接影響する。

そのため、ネット上では数多くの「最強ビルド」が研究されていた。


僕が目指すのは、世界で最も高く、最強の“踏み台”だ。だから当然、最適なビルドで成長したかった。

──けれど、現実は厳しかった。


この世界には、“レベル”という概念が存在しないのだ。

いや、正確には「成長」を示す何かはある。ただ、ゲームのように数値として見えるわけではない。


世間では「魔物を倒せば強くなる」という認識があるが、その理由は「神の加護が強化されるから」だとされている。

実際、自分の身長ほどもある超重量の大剣を片手で振るう冒険者を見れば、加護の存在を信じたくもなる。


調べたところ、“神の加護の強さ”と“LV”は、ほぼ同じ意味合いだ。

ただし、決定的に違うのは──ステータスポイントが自由に振り分けられない、という点だ。

これにより、僕の理想とする「最強ビルドへの道」は閉ざされてしまった。


……まあ、いい。僕が全部解決する必要なんてない。

むしろ、全部ほかの誰かに解決してもらいたいくらいだ。


「キース様、小生たちも騎士に手伝ってもらって、“加護上げ”をした方がよろしいのではないですか?」


ノッディが小声で提案してくる。騎士の視線が気になるのだろう。

彼の言う“加護上げ”とは、貴族子女によく見られる“パワーレベリング”に対する、皮肉めいた呼び名。


「ダメだ、それでは強くなれない」


ゲーム的に見れば、それはあまりにも非効率な手法だった。


「え~~~」


僕の答えに、二人はそろって落胆の声を漏らす。

だが、仕方のないことだ。

レベルアップ時、余剰経験値は切り捨てられるし、1回の戦闘でレベルが上がってしまうと“習熟ポイント”が得られない。

結果、同じレベル帯でもステータスの合計値に大きな差が生まれてしまう。

新規加入の低レベルキャラを育てるときの苦労は、プレイヤーなら誰しも経験してきた。


だからこそ、僕はこの隠しダンジョンに目をつけた。

既存のダンジョン跡地の奥に、さらに続く入口が存在するという、非常に珍しいタイプのダンジョンだ。

しかも出現する雑魚敵は、全てプチスラ。

それだけでなく、クリア報酬には、今後の戦闘スタイルに必要不可欠な装備品が含まれている。

攻略しない理由が、あるだろうか?


──意気揚々とここを訪れたのは、もう二ヶ月も前の話だ。


それなのに、僕たちはまだ“最初のフロア”すら抜けられていない。

情けない話だが、当の僕ですら思ってしまう。「たかがプチスラに……」と。


〈パワー〉

〈プロテクト〉

〈アジャイル〉


魔力回復ポーションを一気に煽り、最近習得した第二段位の補助魔法を詠唱する。

僕と2人を強化するこの魔法があれば、本来ならプチスラに苦戦するはずがない。だが、考察は後回しだ。

何としても、この隠しダンジョンは攻略したい。


「え、もう少し休憩を……」

「も、もう行くだすか……」


ぶー垂れる2人は、それぞれ“人形劇”と“大食い”というハズレスキルの持ち主。

今まで戦闘を求められる場面はなく、鍛える機会もなかった。

だからこそ、可能性がある。

他の貴族子弟たちより、強くなれる伸びしろが。


「十分休んだよ。よし、作戦は前と同じだ。デーヴは先頭、盾で魔物を捌いて! ノッディと僕は左右から援護する。行くぞ!」


3人並んで扉をくぐる。

魔物は想像以上に手強く、思うようには進めない。

けれど──不思議と、成長を実感していた。


進むべき道は、もう見えている。

あとは、止まらずに走り続けるだけだ。

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