第26話:海洋連合への潜入

「今回はリリアは別の用事があるそうですね」


トゥーレ帝国から帰国した翌日、アルフィリアが確認するように僕に言った。


「はい、村の治療所で急患の対応があるそうです」


「それは仕方ありませんね」


リリアが申し訳なさそうに言った。


「本当は一緒に行きたいのですが...」


「大丈夫です、リリア。お仕事の方が大切です」


「代わりに私が同行しますから」


アルフィリアが優しく微笑んだ。


「前回は公務で同行できませんでしたが、今回は大丈夫です」


「ありがとうございます」


僕は安堵した。アルフィリアがいてくれれば、とても心強い。


「それでは、ルリィ、カイル、アルフィリア様、エレーナさんの4人で海洋連合に向かいましょう」


カイルが出発の準備を確認した。


「海洋連合では、どのような調査を行うのですか?」


エレーナが質問した。


「薬草商船団の動向を調べます」


アルフィリアが説明してくれた。


「海洋連合では、商船団が各地に薬草を運んでいます。その中に、イグナスの手下が紛れ込んでいる可能性があります」



――― 海洋連合の主要港町「アクアポリス」に到着すると、そこは活気に満ちていた。


「すごい賑わいですね」


僕は港の様子を見回した。


大小様々な船が停泊し、船乗りたちが荷物を運んでいる。魚の匂いと潮の香りが混じった独特の空気が漂っている。


「情報収集を始めましょう」


カイルが提案した。


「港の酒場で船乗りたちから話を聞いてみます」


「私は商人街で薬草商人について調べてみます」


エレーナが別の方向を指差した。


「では、私とルリィさんは港で直接船舶を調査しましょう」


アルフィリアが役割分担を決めてくれた。



――― 港の酒場で、カイルが船乗りたちから情報を集めていた。


「最近、変な薬草商人が増えたって?」


「ああ、そうなんだ」


髭面の船乗りが酒を飲みながら答えた。


「妙に薬草の知識が詳しくて、でも商売っ気がないんだよ」


「商売っ気がない?」


「普通の商人なら、少しでも高く売ろうとするだろう?でも、そいつらは値段にこだわらない」


「怪しいですね」


カイルが興味深そうに聞いた。


「それに、いつも黒いローブを着てるんだ。顔もよく見えないし」


「黒いローブ...」


カイルは確信した。やはりイグナスの手下に間違いない。



――― 商人街では、エレーナが薬草商人たちに話を聞いていた。


「夜中に薬草を運んでいる船があるって聞いたのですが」


「ああ、あの船のことか」


薬草商人の老人が困ったような表情を見せた。


「最近、夜中に怪しい船が出入りしているんだ」


「怪しい船?」


「明かりを消して、こっそりと港に入ってくる。何を運んでいるのか分からないが、薬草の匂いがするんだ」


「どのような薬草の匂いですか?」


「甘くて、少し禍々しい匂いだった」


エレーナは背筋が寒くなった。それはイグナスの実験で使われる薬草の匂いに似ている。


「その船は、どこから来ているのでしょうか?」


「さあ、それは分からない。でも、沖の方から来ているようだった」


「沖の方...」


エレーナは何か大きな手がかりを掴んだ気がした。



――― 港では、僕とアルフィリアが直接船舶を調査していた。


「この船、薬草の匂いがしますね」


僕は一隻の中型船に近づいた。


「確かに」


アルフィリアも同意した。


「でも、普通の薬草商船とは違う匂いです」


「甘くて、少し危険な感じがします」


僕は船の周りを歩き回った。


「あの、船長さん」


僕は船の責任者らしき人物に声をかけた。


「この船で薬草を運んでいるのですか?」


「ああ、そうだ」


船長は愛想良く答えた。


「各地から薬草を仕入れて、必要な場所に運んでいる」


「どのような薬草を?」


「色々だな。治療用の薬草から、特殊な薬草まで」


「特殊な薬草?」


アルフィリアが興味深そうに聞いた。


「まあ、研究用の薬草だ」


船長は曖昧に答えた。


「研究用...」


僕とアルフィリアは顔を見合わせた。


「よろしければ、見せていただけませんか?」


「いや、それは...」


船長の表情が急に警戒心を示した。


「お客さんたちは何者だい?」


「私たちは薬草学の研究をしています」


アルフィリアが丁寧に説明した。


「研究の参考にしたいのです」


「研究?」


船長は少し考えてから答えた。


「悪いが、荷物は見せられない。商売の秘密だからな」


「そうですか...」


僕は残念そうに答えたが、内心では確信していた。この船は絶対に怪しい。



――― 夕方、僕たちは酒場で情報を交換した。


「やはり、黒いローブの薬草商人が各地で活動しているようです」


カイルが報告した。


「夜中に怪しい船が出入りしているという情報も確認できました」


エレーナも続けた。


「沖の方から来ているそうです」


「私たちも怪しい船を見つけました」


僕がアルフィリアと調査した結果を報告した。


「研究用の薬草を運んでいると言っていましたが、詳しくは教えてくれませんでした」


「すべての情報を総合すると...」


アルフィリアが整理してくれた。


「海上に何らかの拠点があり、そこから各地に薬草を運んでいる可能性があります」


「海上の拠点...」


僕は考え込んだ。


「それなら、海上から追跡調査をしてみませんか?」


「それは危険です」


カイルが心配そうに言った。


「でも、手がかりを掴むためには必要です」


「船を手配しましょう」


エレーナが提案した。


「魔法学院のネットワークで、信頼できる船長を紹介してもらえます」


「それは助かります」


アルフィリアが頷いた。


「では、明日から海上での追跡調査を開始しましょう」



――― 翌日、僕たちは信頼できる船長の船に乗って、海上に出た。


「怪しい船は、だいたい夜中に活動しているようです」


船長が説明してくれた。


「昼間は沖の方で待機していると思います」


「沖の方...」


僕は海の彼方を見つめた。


「何があるのでしょうか」


「さあ、それは分からない。でも、最近は霧が濃くて、遠くが見えないことが多いんだ」


船長の言葉通り、海の向こうは濃い霧に包まれていた。


「霧の中に何かが隠れているかもしれませんね」


アルフィリアが慎重に言った。


「慎重に近づいてみましょう」


僕たちは船で霧の中に向かった。



――― 霧の中を進んでいくと、突然巨大な影が現れた。


「あれは...」


僕は目を見開いた。


「要塞?」


霧の向こうに、巨大な海上要塞が浮かんでいた。石造りの建物が海の上に建設されており、まるで海に浮かぶ城のようだった。


「これほど大規模な拠点があったなんて」


エレーナが驚嘆した。


「イグナスの組織は、想像以上に巨大ですね」


「どうします?」


カイルが僕たちを見回した。


「近づいてみますか?」


「危険ですが、調査は必要です」


アルフィリアが決断した。


「夜間まで待って、警備の薄い時間を狙いましょう」


「潜入調査ですね」


僕は緊張した。


「でも、あの要塞の中には、きっと重要な情報があります」


「気をつけましょう」


カイルが剣を確認した。


「今度こそ、イグナスの計画の全貌を掴みましょう」



――― 夜が更けるまで、僕たちは船で待機していた。


「要塞の明かりが少なくなりました」


エレーナが要塞を観察しながら言った。


「今なら潜入できるかもしれません」


「小さなボートで近づきましょう」


船長がボートを用意してくれた。


「音を立てないように」


僕たちは静かに要塞に近づいた。


要塞の側面には、小さな入り口があった。


「あそこから入れそうです」


カイルが指差した。


「でも、警備員がいるかもしれません」


「私が先に確認します」


アルフィリアが要塞の入り口に近づいた。


「大丈夫のようです」


手信号で安全を知らせてくれる。


僕たちは慎重に要塞の中に入った。



――― 要塞の内部は、想像以上に巨大だった。


「すごい...」


廊下の両側には、大量の薬草が保管されている。種類も豊富で、中には見たことのない珍しい薬草もあった。


「これほどの薬草を集めるなんて」


僕は感嘆した。


「でも、この薬草たちはきっと悪用されるんですね」


「奥に実験設備があるようです」


エレーナが廊下の奥を指差した。


確かに、薬草を調合するような音が聞こえてくる。


「研究資料もあるかもしれません」


アルフィリアが提案した。


「情報収集を続けましょう」


僕たちは要塞の奥へと向かった。

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