第23話:古き修道院の秘密

夜が更けた頃、僕たちは古い修道院跡に到着した。


「ここが...」


月明かりに照らされた廃墟は、不気味な影を作り出している。石造りの建物は所々崩れ落ち、蔦が絡みついていた。


「確かに明かりが見えますね」


エレーナが指差した先に、建物の奥から微かな光が漏れているのが見えた。


「静かに接近しましょう」


カイルが剣の柄に手を置いて、先頭に立つ。


僕たちは足音を忍ばせながら、修道院の入り口に向かった。


「誰かいますか?」


シーン...


返事はない。でも、空気に不自然な薬草の香りが混じっている。


「この匂い...」


僕は覚えがあった。イグナスの実験室で嗅いだのと同じような、甘く禍々しい香りだ。


「間違いありません。ここで薬草の実験をしています」


「慎重に行きましょう」


アルフィリアが小声で言った。


僕たちは修道院の中に足を踏み入れた。


廊下の奥から、確かに光が漏れている。そして、何かをかき混ぜるような音も聞こえてくる。


「あの部屋ですね」


カイルが頷いて、僕たちに手信号を送った。


ゆっくりと部屋に近づいていくと、中から男性の声が聞こえた。


「フフフ...これでアストラル王国の任務は完了だ」


「次の標的への準備も順調だ」


僕たちは部屋の入り口で立ち止まった。中を覗くと、黒いローブを着た男が実験台に向かっている。


「行きましょう」


カイルが合図を送った瞬間、僕たちは一斉に部屋に飛び込んだ。


「何者だ!」


黒いローブの男が振り返った。


フードの奥から、鋭い目が光っている。顔立ちは整っているが、どこか冷たく邪悪な印象を与える。


「ルリィ・ハーベスト、そちらから出向いてくれるとは好都合だ」


男は不気味に笑った。


「私はシルヴェン・ノクトラ。イグナス様の忠実なる僕だ」


「やはりイグナスの手下でしたか」


僕は薬草袋に手を伸ばした。


「アストラル王子に何をしたんですか?」


「あれは任務の一環に過ぎない」


シルヴェンの笑みが深くなった。


「イグナス様から授かった精神操作薬を試しただけだ」


「許しません!」


僕の怒りが爆発した。


「多くの人を苦しめて、実験だなんて!」


「フフフ、君の怒りなど恐れはしない」


シルヴェンが薬瓶を取り出した。


「『ダーク・ポイズン・スピア』!」


ヒュンッ!


黒い毒の槍が僕に向かって飛んできた。


「『ピュリフィケーション・バリア』!」


パシィッ!


僕の浄化の壁が毒槍を中和する。


「ほう、やるじゃないか」


シルヴェンが次の攻撃を仕掛けてきた。


「『シャドウ・ミスト』!」


シュウウウ...


黒い霧が部屋中に立ち込めた。視界が遮られる。


「『ホーリー・ブリーズ』!」


フワァッ!


僕の浄化の風が黒い霧を払い除けた。


「この程度では倒せませんよ」


「くそっ、なかなか手強い」


シルヴェンの表情が険しくなった。


「カイル、アルフィリア様、お願いします」


「任せろ」


カイルが剣を構えて突進した。


「『フレイム・ソード』!」


ヒュンッ!


炎を纏った剣がシルヴェンに襲いかかる。


「『アンティドート・ボム』!」


アルフィリアも解毒薬の爆弾を投げつけた。


ドンッ!


シルヴェンが慌てて回避する。その瞬間、隙ができた。


「今です!」


僕はメンタルリーフを取り出した。


「『キュア・メンタル』!」


パァッ!


緑色の光がシルヴェンを包み込む。


「うっ...」


シルヴェンの表情が一瞬苦痛に歪んだ。精神操作に何らかの反応があったようだ。


しかし、すぐに元に戻ってしまった。


「無駄だ!イグナス様から授かった力の前では無力だ」


「そんな...」


僕は愕然とした。


「以前の記録で見た『マインドコントロール・ポーション』よりも、さらに強力な『精神操作薬』が完成しているのかもしれない...」


「そろそろ終わりにしよう」


シルヴェンが狂気の笑みを浮かべた。


「リリア、エレーナ、一時避難して」


僕は二人に指示した。


「でも、ルリィさん...」


「大丈夫、私たちがいます」


カイルが再び剣を構えた。


「『サンダー・ストライク』!」


バリバリッ!


雷を纏った剣が敵を襲う。


「『ヒーリング・ボム』!」


アルフィリアも治癒薬を武器として使った。


ドンッ!


シルヴェンが再び体勢を崩す。


「今度こそ!」


僕は決意を固めた。体力の消耗を顧みず、最大の力を発揮する。


「『浄化の力』!」


キイイイン...


虹色の光が部屋全体を包み込んだ。


「うわああああ!」


シルヴェンが苦しみの声を上げる。


「私は...私は何をしていたんだ」


光に包まれたシルヴェンの目から、一瞬だけ正気の光が戻った。


「そうです!あなたは操られていただけです」


僕は希望を感じた。


「イグナスの呪縛から解放されたんです」


「ありがとう...君は」


しかし、その時だった。


「ゴボッ!」


シルヴェンが突然泡を吹いて倒れた。


「何が起こったんですか?」


「体内に仕込まれた毒薬です」


アルフィリアが駆け寄って確認した。


「組織の秘密を喋らせないための保険でしょう」


「そんな...」


僕は膝をついた。


「せっかく心を取り戻せたのに...」


「ルリィ」


カイルが僕の肩に手を置いた。


「君の力で、彼は最期に正気を取り戻せた。それだけでも意味があったはずだ」


「でも、何の手がかりも得られませんでした」


「仕方ありません」


アルフィリアが言った。


「相手も用意周到です」


「ルリィさん、無理をしすぎです」


リリアが心配そうに戻ってきた。


「浄化の力を使いすぎて、顔色が悪いです」


確かに、僕は体力を消耗していた。短期間で強力な浄化の力を何度も使ったため、体が重い。


「これから気をつけるようにしましょう」


エレーナが冷静に提案した。


「あなたの体力は有限です。計画的に使わなければ」


「そうですね」


僕は頷いた。


「でも、今回は手がかりが得られませんでした」


アルフィリアが実験台を調べながら言った。


「そして、精神操作薬が予想以上に強力になっています」


僕たちは重い気持ちで修道院を後にした。


シルヴェンを救うことはできたが、組織の秘密を知ることはできなかった。


そして、イグナスの計画が想像以上に進んでいることも分かった。


「次はトゥーレ帝国ですね」


「そうですね」


僕は決意を新たにした。


「今度こそ、必ず手がかりを掴みます」


でも、体力の消耗は深刻だった。このペースで戦い続けられるのだろうか。


不安を抱えながら、僕たちはアストラル王国を後にした。

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