第22話:アストラル王国の危機
「国境検問所です。書類を確認させていただきます」
アストラル王国の国境で、厳重な警備に囲まれた僕たちは、王国の使節としての正式な入国手続きを受けていた。
検問官の表情は硬く、まるで戦時下のような緊張感が漂っている。
「王国特別使節団、薬草師ルリィ・ハーベストです」
僕は緊張しながら証明書を差し出した。
羊皮紙に押された王室の印章が、朝日を受けて金色に輝いている。隣には、急遽村から駆けつけてくれた仲間たちが並んでいる。
「アルフィリア・ローレル、宮廷薬草師です」
「カイル・フェンネル、騎士見習いです」
「エレーナ・セージ、魔法学院生です」
「リリア・ローズマリー、薬草師見習いです」
みんなが順番に名乗ると、検問官の表情が少し和らいだ。しかし、その目の奥には深い憂いが宿っている。
「確認できました。アストラル王国へようこそ」
検問官は深くお辞儀をした。
「しかし、お気をつけください。国内の情勢は...」
彼は言葉を濁した。その表情には、言葉では表現しきれない複雑な事情があることを物語っていた。
「どのような状況ですか?」
アルフィリアが尋ねると、検問官は困ったような表情を見せた。
「王族の方々が...原因不明の体調不良で、国政に大きな混乱が生じています」
その声は小さく、まるで国家機密を漏らすことを恐れているかのようだった。
馬車でアストラル王国の首都に向かう途中、僕たちは目を疑うような光景を目にした。
「あれは...」
石畳の広場では、いつもなら威勢よく商いの声を響かせる商人たちが、まるで魂を抜かれたように虚ろな目で立ち尽くしていた。
アストラル王国特有の青い石造りの建物さえ、今は不安の影に覆われている。通りを行く人々の足取りは重く、活気というものが完全に失われていた。
「国政の混乱って、これほどとは...」
リリアが車窓から外を見ながら、心配そうに言った。その声は震えている。
「王族が機能していないと、国全体がこうなってしまうのですね」
エレーナが冷静に分析した。しかし、その冷静さも表面的なもので、内心の動揺は隠しきれない。
「一刻も早く治療しなければ」
僕は拳を握りしめた。この光景を見て、使命感が燃え上がるのを感じる。
「ルリィ、焦る気持ちは分かるが、まずは状況を正確に把握することが大切だ」
カイルが落ち着いた声で言った。騎士としての冷静さが、僕たちの支えとなっている。
「そうですね。慎重に行きましょう」
アストラル王宮に到着すると、王が直接僕たちを迎えてくれた。しかし、その表情は深い憂いに満ちていた。王宮の豪華な装飾も、今は色褪せて見える。
「遠路はるばる来ていただき、ありがとうございます」
アストラル王は50代前半の威厳のある男性だったが、今は疲労の色が濃い。王冠の重さが、いつもより重く感じられているに違いない。
「我が息子を...どうか救ってほしい」
王の声には、父親としての切実な願いが込められていた。統治者である前に、一人の父親としての愛情が痛いほど伝わってくる。
「承知いたしました。すぐに王子殿下の診察をさせていただきます」
僕は深くお辞儀をした。
「こちらです」
王宮の奥の部屋に案内されると、そこには青白い顔をした青年が横たわっていた。
豪華な寝台の上で、まるで生ける屍のような状態になっている。
「王子殿下...」
アストラル王子は僕と同じくらいの年齢に見える。
整った顔立ちだが、明らかに正常な状態ではなかった。王族らしい気品は影を潜め、代わりに病的な虚ろさが支配している。
「う...うう...」
王子の瞳は、まるで深い井戸の底のように何も映していない。
時折発する呻き声は、言葉というより動物的な苦悶の音だった。
「どのような症状でしょうか?」
アルフィリアが王に尋ねた。
「記憶が混濁し、まともに会話ができません。それに、日に日に体力が衰退しています」
王の説明を聞きながら、僕は王子の状態を詳しく観察した。
「いつ頃からですか?」
「一週間ほど前からです。最初は軽い発熱程度だったのですが...」
王の説明を聞きながら、僕は王子の状態を詳しく観察した。
「これは...」
王子の手首を取って脈を確認すると、異常に弱々しい。
呼吸も浅く、明らかに生命力が衰弱している。まるで魂の一部が欠け落ちているかのようだった。
「精神操作薬の影響ですね」
僕は確信を持って言った。
「でも、通常の精神操作薬よりも強力です。生命力そのものを蝕んでいる」
「治療は可能ですか?」
王が藁にもすがる思いで尋ねた。その表情には、最後の希望にかける切実さがあった。
「やってみます」
僕は薬草袋からメンタルリーフを取り出した。この薬草は記憶と精神の混乱を治すのに最も効果的だ。
「まず、記憶混濁の治療から始めます」
手のひらにメンタルリーフを置いて、集中する。薬草の持つ清浄な力を感じ取り、それを増幅させていく。
「『キュア・メンタル』」
パァッ...!
緑色の光が王子を包み込んだ。光は優しく、まるで春の若葉のような生命力に満ちている。
「う...ここは...」
王子の目に少し焦点が戻った。まるで深い眠りから覚めるように、意識が表面に浮上してくる。
「息子よ!」
王が駆け寄る。
「父上...?なぜ僕は...」
王子は混乱しながらも、記憶が戻り始めたようだった。しかし、その表情にはまだ困惑の色が濃い。
「記憶混濁は改善されました」
僕は安堵した。
「しかし...」
王子の体力衰退は深刻なままだった。
顔色は青白く、呼吸も苦しそうだ。まるで長い間栄養を摂取していなかったかのような衰弱ぶりだった。
「これは生命の危機です」
アルフィリアが緊張した声で言った。
「通常の治療では対応できません」
「分かりました」
僕は決意を固めた。
「複数の薬草魔法を組み合わせます」
まず、ヒーリングミントを手に取る。この薬草は生命力の回復に最も効果的だ。
「『ヒール・リーフ』」
フワァッ...!
今度は温かい緑色の光が王子を包んだ。生命力が少し回復したようだが、まだ十分ではない。根深い損傷が残っている。
「エーテルフラワーも使います」
僕は三つ目の薬草を取り出した。これは魔力の回復と精神力の強化に効果がある。
「『エーテル・ブースト』」
キィィィン...!
青い光が加わり、三つの薬草魔法が組み合わさった。緑と青の光が混じり合い、より強力な治癒の力を生み出している。
「すごい...」
リリアが感嘆の声を上げた。
「三系統の薬草魔法を同時に使うなんて」
光が収まると、王子の顔色が明らかに改善していた。青白かった頬に血色が戻り、呼吸も正常になっている。
「はぁ...はぁ...」
王子は深く息を吸い込み、ようやく正常な呼吸を取り戻した。その表情には、生きている実感が戻っている。
「息子よ!」
王が王子を抱きしめる。父と子の再会の瞬間に、僕たちも思わず涙ぐんだ。
「父上...僕は一体何を...」
王子の記憶が完全に戻ったようだった。
「何が起こったか教えてください」
僕は王子に尋ねた。
「黒いローブの薬草師が...」
王子は震え声で答えた。その記憶を思い出すことさえ苦痛のようだった。
「宮廷の茶会で、私に近づいてきました。『特別な薬草茶です』と言って...」
「それを飲んだ後に?」
「意識が朦朧として...その後の記憶がほとんどありません」
王子の証言に、僕たちは顔を見合わせた。
やはり、アストラル王国にもイグナスの手下が潜入していたのだ。
「その薬草師の特徴を教えてください」
カイルが前に出て尋ねた。騎士としての職業的関心が働いている。
「背が高く、声が低い男性でした。顔は深いフードで隠れていて見えませんでしたが...」
「他に何か覚えていることはありませんか?」
「そうそう」
王子が思い出したように言った。
「宮廷の護衛が、最近古い修道院跡で怪しい人影を目撃したという報告をしていました」
「古い修道院跡?」
「はい。街の北にある廃墟です。夜中に明かりが灯っているのを見たそうです」
僕とアルフィリアは視線を交わした。
「犯人の潜伏先かもしれませんね」
「調査する必要があります」
僕が言うと、カイルが立ち上がった。
「護衛として同行します」
「ありがとう、カイル」
アルフィリアも頷いた。
「ただし、慎重に行きましょう。相手がイグナスの手下なら、危険です」
「そうですね」
僕は仲間たちを見回した。
「でも、みんながいてくれるから心強いです」
「当然です」
リリアが微笑んだ。
「私たちは仲間ですから」
エレーナも頷く。
「理論だけでなく、実践でも協力します」
夕方、僕たちは古い修道院跡に向かう準備を整えていた。
「夜間の調査は危険です」
アルフィリアが最終確認をしてくれた。
「それぞれの役割を確認しましょう」
「カイルさんが前衛、私とアルフィリア様が薬草魔法で支援」
「私は魔法での後方支援です」
エレーナが付け加えた。
「私は治療と補助を担当します」
リリアも決意を込めて言った。
「よし、それでは出発しよう」
カイルが剣を腰に装着する。その動作には、戦いに臨む騎士の覚悟が込められていた。
「必ず犯人を捕まえて、この事件を解決しましょう」
僕は夜空を見上げた。
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