第21話:真実の告白

「こちらへどうぞ」


宮廷の侍従が僕たちを王宮の謁見の間に案内した。


重厚な石造りの廊下を歩きながら、僕の心臓は太鼓のように激しく鳴り続けていた。足音が石床に響くたび、運命の歯車が回っているような錯覚に襲われる。


マルクスが、ついにイグナスの秘密を王に告白する日が来たのだ。


「ルリィさん、大丈夫ですか?」


隣を歩くアルフィリアの声が、緊張で固まった僕の意識を現実に引き戻す。


「はい、少し緊張していますが」


「これは重要な証言になります。真実を明らかにするために、私たちにできることをしましょう」


アルフィリアの落ち着いた声に、僕は僅かな安堵を覚えた。


謁見の間の扉が開かれると、その向こうには王座に座る王の姿があった。


周囲には重要な廷臣たちが居並び、まるで裁判の法廷のような厳粛な空気が漂っている。


ガチャン、ガチャン。


重い足音を響かせながら、マルクスが謁見の間の中央に歩み出た。


彼の表情は、心の浄化を受けてからずっと見せている真摯で穏やかなものだった。しかし今、その顔には深い覚悟が刻まれている。


「陛下」


マルクスは王の前で深くひざまずいた。


その姿勢は、まるで自らの魂を差し出すかのように完全な服従を示していた。


「私はイグナス・モルフィウスの手下として、取り返しのつかない罪を犯しました」


ザワザワ...


廷臣たちの間に波紋が広がった。


禁句とも言うべき名前が、神聖な謁見の間に響き渡る。


王の表情が瞬時に変化する様は、まるで氷炎が瞳に宿ったかのようだった。


温和だった表情は消え失せ、王国を統べる者の威厳が謁見の間を支配する。


「イグナス・モルフィウスの手下だと?」


王の声が、石造りの壁に反響して何倍にも増幅された。


「その悪魔の名前を、まさかこのような形で聞くことになるとは」


「申し訳ございません、陛下」


マルクスは頭を深く下げたまま続けた。声は震えていたが、決意は揺るぎない。


「私は長年、隣町の薬草師として善良な市民を装いながら、影でイグナスの計画に協力していました」


「どのような計画だ」


「それは...」


マルクスが一瞬言葉を詰まらせた。


僕は彼の震える肩を見つめながら、心の中で応援していた。真実を語ることの重さが、空気を通して伝わってくる。


「世界規模の精神操作計画です」


「世界規模だと?」


王が立ち上がった。その動作は緩慢だったが、そこには抑制された怒りが込められていた。


「はい、陛下。イグナスの野望は、この王国の転覆だけにとどまりません」


マルクスは顔を上げて、王を真っ直ぐに見つめた。その瞳には、もはや隠すものは何もないという透明感があった。


「アストラル王国、トゥーレ帝国、海洋連合...主要なすべての国に、イグナスの手下が潜入しています」


証言の一言一言が、まるで氷の刃のように胸を貫いた。マルクスの淡々とした声が謁見の間に響くたび、現実の重さが増していく。


「何だと!」


王が拳を握りしめた。


「各国の王族や重要人物が、既に精神操作を受けているのです」


「そんなことが可能なのか?」


「はい。イグナスは、変容の秘薬の技術を応用して、より強力な精神操作薬を開発しました」


マルクスの証言に、僕は背筋に氷水を流されたような寒さを感じた。


村での出来事が、こんなにも巨大な陰謀の一部だったなんて。世界そのものが、一人の男の狂気に侵食されつつあったのだ。


「どの程度進行しているのだ?」


「アストラル王国では、既に王子が精神操作を受けています。トゥーレ帝国では軍の指揮官たちが、海洋連合では商船団の長たちが標的になっています」


「まさか...」


王の顔が青ざめた。


統治者として最も恐れる事態——他国との関係悪化、同盟の破綻、そして戦争の可能性。


「イグナスの最終目標は、全世界の人々を同時に精神操作し、イグナスの意のままに操ることです」


謁見の間が死の静寂に包まれた。誰もが、この恐ろしい計画の規模に言葉を失っていた。


「陛下っ!」


別の廷臣が慌てて駆け込んできた。その顔には血の気がなく、まるで悪夢を見たような表情だった。


「緊急報告があります!」


「何だ?」


「アストラル王国から緊急の使者が!王子殿下が原因不明の錯乱状態に陥られたとのことです!」


マルクスの証言が、現実のものとして立証された瞬間だった。


理論から事実へ、推測から確証へ。状況は既に手遅れの段階に入っていた。


「さらに、トゥーレ帝国からも報告が!軍の指揮官たちが集団で異常行動を起こしているとのことです!」


「海洋連合からも同様の報告が届いています!」


次々と飛び込んでくる悪い知らせに、謁見の間は騒然となった。廷臣たちの慌てふためく声が石壁に反響し、まるで戦場の喧騒のようだった。


「これは...」


王が震え声で言った。その声には、一国の君主としての重圧と、人類の指導者としての責任感が込められていた。


「単なる一国の問題ではない。世界規模の危機だ」


「陛下」


アルフィリアが前に出た。その動作は優雅でありながら、緊急事態に対する覚悟を示していた。


「各国との連携なしには、この危機に対処することはできません」


「その通りだ」


王は深呼吸をして、決断を下した。その表情に迷いはなく、まさに王国の運命を背負う者の風格があった。


「緊急事態を宣言する。直ちに各国首脳との緊急会議を開催せよ」


「承知いたしました」


侍従たちが慌ただしく動き始めた。普段の宮廷の優雅さは影を潜め、戦時体制の機敏さがそれに取って代わった。


「陛下」


僕は勇気を振り絞って前に出た。王の前に立つということの重さが、肩に圧し掛かってくる。


「私にできることがあれば、何でもいたします」


王は僕を見つめた。その瞳には、少女の申し出を真剣に受け止める温かさがあった。


「ルリィ、君の力が必要だ」


「はい」


「君には特別任務を命じる。各国の被害状況を調査し、可能な限り治療を行ってくれ」


「承知いたしました」


僕は深くお辞儀をした。その瞬間、自分が単なる村の薬草師から、世界の命運を握る者へと変わったことを実感した。


「アルフィリア、君も同行せよ」


「はい、陛下」


「それから...」


王は少し考えてから続けた。その間の取り方に、重要な決断を下す者の慎重さがあった。


「ルリィ、君が信頼できる仲間を集めるがよい。この戦いは一人の力では勝てない」


「仲間を?」


「そうだ。君が心から信頼し、共に戦える者たちを選べ」


王の言葉に、僕は迷わず答えた。心に浮かんだのは、これまで共に困難を乗り越えてきた、大切な仲間たちの顔だった。


「カイル・フェンネル、リリア・ローズマリー、エレーナ・セージ...彼らに協力をお願いしたいのですが」


「エルデンヒル村の仲間たちか」


王は頷いた。その表情には、若い世代への信頼と期待が込められていた。


「良い判断だ。君と共に戦い、君の力を理解している者たちならば心強い。この戦いは、一人や二人の力では勝てない。多くの人々の協力が必要だ」


王の言葉に、僕は責任の重さを感じた。同時に、一人ではないという安堵感も湧いてきた。


「世界を救う戦い...」


小さくつぶやいた僕の言葉を、王が聞き取った。


「その通りだ、ルリィ。これは文字通り、世界を救う戦いだ」


王は立ち上がって、謁見の間に集まった全員を見回した。その姿は、まさに嵐の中に立つ灯台のようだった。


「我々は今、人類史上最大の危機に直面している。しかし、諦めるわけにはいかない」


「はい!」


全員が声を合わせて答えた。その声は一つになって、謁見の間の高い天井に響き渡った。


「明日、最初の派遣先であるアストラル王国へ出発する。準備を整えよ」


「承知いたしました」



――― 謁見の間を出た後、僕とアルフィリアは廊下で今後の計画について話し合った。


「いよいよ本格的な戦いが始まりますね」


アルフィリアが言った。


「はい。でも、一人じゃない。みんなが一緒に戦ってくれます」


僕は村の仲間たちの顔を思い浮かべた。


「カイルさん、リリアちゃん、エレーナさん...みんなに頼んでも大丈夫でしょうか?」


「きっと喜んで協力してくれるでしょう」


アルフィリアが微笑んだ。


「あなたのためなら、どんな危険も厭わないはずです」


「そうですね」


僕は決意を新たにした。


「今度こそ、イグナスの計画を完全に阻止します」


「そのためには、まず各国の被害状況を正確に把握する必要があります」


「はい。明日のアストラル王国の状況を見極めましょう」


僕たちは窓の外の夕日を見つめた。


「世界を救う戦い...」


再びつぶやいた僕の言葉が、夕日に照らされた廊下に静かに響いた。

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