episode3 初めてのガチャ

 ――知らない天井だった。


(あれ……?)


 見慣れない木製の天井、清潔とは言いがたいけどどこか温もりのある部屋。窓の外には、見たことのない異世界の空が広がっている。


(あ、そうだ……私、魔力切れで倒れて……)


 そんな記憶を辿っていると、ガチャッとドアが開いた。


「……あ、起きたのねぇ~。良かった~」


 入ってきたのは、ふくよかで優しそうな女性。エプロン姿で手にはお盆。何かのスープの匂いが漂ってくる。


「道の真ん中でバタンと倒れてたから、うちの宿に運んでおいたのよ。びっくりしたわよ、ほんとに~」


 そう言って彼女はベッドの脇にスープを置き、ニコニコしながら部屋を後にした。


(……優しい……この世界、意外と優しい人もいる……)


 思わず涙が出そうになる零。


 女性が出ていったのを確認すると、すかさず布団の中で小声で唱える。


「ステータスオープン!」


――【金雀涙 零(かなめなみだ れい)】――

職業(ジョブ):課金者

能力(スキル):『売却』『ガチャ』『鑑定』

所持金(ポケットマネー):5,081G

状態:小回復

MP:5/30

――――――――――――――――――――


「……おぉ!MPが5だけ回復してる!」


 どうやら時間経過でMPが少しずつ戻るらしい。

 スキル=魔法っぽいものとすれば、これは納得だ。とにかく、次は倒れないようにMP管理を意識せねば。


(よし、次こそガチャだ……)


 零は再びステータスから『ガチャ』を開く。

 武器ガチャ、能力ガチャ、食べ物ガチャ、家具ガチャ、謎の壺ガチャ……どれも高額すぎて笑えないが、ふと画面の下に「初心者応援パック!」の文字が踊っているのを見つけた。


「……初心者応援? うそ、90%オフ!? しかもそれぞれ一回限定!?」


 画面にはこう書かれていた:


能力ガチャ:通常50,000G → 5,000G(1回限り)


武器ガチャ:通常10,000G → 1,000G(1回限り)


「うぉぉぉぉぉ!!! やったぁぁぁぁ!!! 今の私の所持金でちょうど能力ガチャ引けるううう!!!」


 迷うことなく、零は画面の能力ガチャを力強くタップした。


 ……ピコンッ!


 その瞬間、彼女の体がまばゆい青い光に包まれた。


「な、なにこれ……!?」


 まるで進化演出のような光が収まると、静かに新しいステータス情報が表示された。


――【新スキル獲得!】――

スキル名:『無音歩行(レベル1)』

効果:足音が出ない。以上。

説明:とても静かに歩けますが、それ以外の効果はありません。


「……」

「……………………」

「…………え、これ、スニーキングするゲームじゃないよね?」


 頭を抱える零。


(MP使うスキルでもないし、戦闘にも関係ないし、移動速度が上がるわけでもない……)


 ただ、歩くときに「スッ……」と音がしないだけの能力。


「……うぅ……ごみ……ごみスキルだぁぁぁぁああ!!」


 ベッドの中で、零は枕に顔を埋めて叫ぶのであった。



――【金雀涙 零(かなめなみだ れい)】――

所持金(ポケットマネー):81G( - 5,000G)

――――――――――――――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る