どちらさまですか?
怪音が聞こえだしてからは、まんじりとも出来ずに朝を迎えた。
俺は二人を起こすと、どうやらよく寝れなかったのは二人も同じようで、お互い眠そうな顔を突き合わせることとなった。
「あの、さ。鳴ってたよな、あの音」
「ああ。俺も聞こえた。二人の身体から鳴ってたぞ」
「えっ!? 俺は自分の身体から聞こえなかった・・」
三者三様に怪音が聞こえたことに同意しているが、話の中で特に共通しているのは「自分の身体からは聞こえなかった」という点であった。もし自分自身から鳴っているのであれば、気が付かないはずはなく、その事実が、これが真っ当な現象ではないことを否が応でも指し示していた。
「やばいよな、これ」
「ああ。なんだかよくわかんないけど、やばい気がする」
なにせ語彙力が無い男三人である。こういう時にも、相応しい言葉は見つからず、ひたすらオウムのように「やばい」を連呼してしまう。
「鳴海さぁ、この米、お隣さんから貰った。って言ってたよな」
「ああ、そうだよ」
「その人に聞いてみないか? この米、どこで手に入れたのか」
こうなれば三人共、身体からここここ音がなる仲間同士、一蓮托生である。俺達三人は早々と一致団結して、鳴海が米を貰ったという、アパートの隣室のおばさんに会いに行くことにした。
鳴海の部屋はアパートの2階の角部屋にある。つまり、隣の部屋は一つしかないので、行き先に迷いようがない。俺達は鳴海を先頭にぞろぞろと男3人で部屋を出て、隣室のドアベルを鳴らした。
ピンポーン。
古めのドアベルの音がアパートの廊下にも響く。ドアの向こうに人の気配が無いな、と横から見ていて感じるが、構わずに鳴海はそのまま何度か、ドアベルを連打している。
ドアをよく見れば、紙の古くなったチラシが何枚か、ドアの投函口にねじ込まれている。さて、この部屋に人は最近出入りしているのだろうか?
───すると、ガチャリと階下のどこかのドアが開く音がして、アパートの階段をかなり年配のお婆さんが、杖を片手にゆっくりと登ってきた。
「その部屋は空き室だよ。ん? 鳴海さんかい、なにかあったんかねい?」
「あっ、大家さん、おはようございます。こないだのここの隣室のおばさんからお米を貰いまして。そのお礼をしようかとベルを鳴らしてたんです。朝から五月蠅かったらすみませんでした。」
この老齢のご婦人はどうやら、アパートの階下に住んでいる大家さんのようだった。朝から、ドアベルを何度も鳴らしたので、気が付かれてしまったのだろう。
「だからその部屋は、もうずっと誰にも貸していないんだよ。その、米を貰ったという人、名前は聞いてないのかい?」
「えっ。それでは俺に米をくれたおばさんは一体どちらの方でしょうか……確か、最初にお会いした時は、引っ越した直後でお餅を頂いたのですが、その時に隣の……うーん、すみません名前、思い出せないです」
「その部屋は貸してもすぐに出てっちゃうものだから、もう貸していないのさ。なんか夜中に音がするとかしないとかでね。
知り合いの工務店さんに調べてもらったんだけど、なにせ古いアパートだからね。古い配管とかに水が通ると音が鳴ってしまうのはどの部屋も同じで、この部屋だけ特別に音がうるさい筈はない、なんて言われちゃってね。もう面倒くさいから貸すのをやめたのさ」
お婆さんはおしゃべり好きのようで、この部屋がしばらく空き部屋なこと、アパートには女性は誰も住んでいないことなど、こちらが聞いてもいないことを次々と教えてくれた。
「そのおばさんの特徴とかは覚えていないのかい?」
「それが、殆ど覚えていなくて。いつも部屋にいる時に、向こうから来るんです。なんか色々食べものとか余っているのでどうぞ、って。」
「それだけじゃわからないねえ。うちのアパートに女性は住んでないし、右隣は倉庫で、左隣は見ての通りのマンションさね。でもマンションに住んでる人が、隣のアパートに食べ物届けに来るってのも、おかしくないかい?」
世間話が好きそうなお婆さんは、鳴海に食べ物をくれるおばさんの正体に興味津々のようだが、思い当たる節もないようだった。ご近所の事情にも
大家のお婆さんとは笑顔で別れ、3人で部屋に戻ると、鳴海が神妙な表情で語り始めた。 鳴海によると、日頃、隣室からは夜になると生活音が時々聞こえていたようで、隣が空き部屋とは到底思えなかったそうだ。
「お前、一体どこの誰からあの米もらったんだよ」
「俺さ、もうこの部屋引っ越そうかな……」
「あ。あぁ、それがいいと思うぜ」
その後、同棲している彼女によると、俺のお腹から聞こえてくるらしい音は、まだ夜中にたまに聞こえてくるらしい。
───あれから半年、まだ鳴海はあの部屋から引っ越せていない。
ここここ米 かたなかひろしげ @yabuisya
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