むっつりスケベな私がなぜかクラスの人気者に言い寄られる話

雨野 天遊

プロローグ

「ねぇ、早くしてよ――。秘密にしててほしいんでしょ?」


 制服の裾をぐっと掴まれて壁に追いやられた。

 私にはもう逃げ道がない。


 だってこうなる可能性があったのに、私は自分の欲を抑えることができなかったのだから。


 運がいいことに、西野にしのさんは言うことさえ聞けば、秘密にしてくれると言っている。


 目の前で狡猾な態度を取る西野さんを見つめると、パンっと心臓が跳ねそうだった。今の衝撃的な発言がその端正な顔から放たれたとは到底思えない。


 信じたくないけれど、信じざるを得ない言葉がもう一度飛んでくる。


「聞いてるー? 早くキスして――」


 やはり、聞き間違えではなかったようだ。

 

 こういう時、心臓がバクバクするとかよく表現するのだけれど、今、私の体に響いている音を表現するのならば、ドゥンドゥンという表現が正しいだろう。ドゥンと心臓が唸る度に視界もグラッと揺れている気がする。


 心の準備もできていないし、覚悟もないのに体は動き出す。彼女の肩に手を添えて、顔を近づけるとカールを描いたまつ毛と共に、瞼がカーテンのように漆黒の瞳を隠した。


 しばらくの間、目をつぶった艶美な少女を眺めていた。彼女が綺麗だからという理由ではなくて、これがファーストキスになるかどうかの吟味をしていたためである。


 間接キスがファーストキスにカウントされるのならば、今からするのはファーストキスではない。


 そう思いたい。


 私のファーストキスは星那せなちゃんとのリップクリーム越しのキスだ。だから、西野さんと今からすることはファーストキスではなくセカンドキス。初めてでなければ二度目も三度目も等しいと思っている。つまり、無数に散りばめられた星の中の一つとも言えるだろう。


 そう思い込んで覚悟を決めた。


 西野さんは赤の他人でどう思われてもいいはずなのに、呼吸を止めて彼女に息が吹きかからないようにした。


 湿り気のある桜色の艶やかな部分に到着して、柔らかな感覚が唇に伝わる。


 すぐに離れると、先程まで隠れていた漆黒の瞳が潤沢になって姿を露わし、こちらを見つめてきた。西野さんの目尻は下がり、口角は歯が見えるくらい上がっている。


「これからよろしくね。月希つきちゃん」


 背中にぞわっとした感覚が走った。


 恐怖、不安、悪いことへの背徳感……が体中から一気に染み出るように溢れる。


 西野さんは嬉しそうに教室を出ていった。

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