33話 心の対話

愛しているからこそ、裏切られたと感じる。

信じていた人が来なかった瞬間――その心は、誰よりも深く傷つく。


アルベリスが叫んだ「愛している」という想いは、ホーフムートの囁きによって“傲慢”とすり替えられてしまう。

助けを待ち望んだのは、グラウブ。

けれど届いたのは、別の声。


その一瞬の落差が、彼女の心を壊してしまう。


“愛は、時に憎しみへと変わる”。

今章は、その残酷な真実に触れる物語です。



「アルベリス……いい加減、譲ってくれないか?

その柔らかく、しなやかで、生きのいい身体をな――」


ホーフムートの声はいやらしく、甘い毒のように精神を侵食する。


アルベリス

「……気持ち悪い……っ!

あなたなんかに渡すものですか。絶対に……!」


ホーフムート

「頑なじゃのう。だがもうお主は戻れん。

私が倒されぬ限り、助けは来ぬ。

奴らがここに辿り着く頃には……身体は完全に私のものだ」


アルベリスの心の声

(……大丈夫。絶対にグラウブが来てくれる。

なぜなら、私はあの人を――愛しているから)


実際の声は震えていたが、それでも誇り高く叫んだ。

「あなたは必ず倒される! 私の“運命の人”が、必ず助けに来てくれるんだから!」


その言葉に、ホーフムートは目を細めた。


「なるほどな。やはりお前の“傲慢さ”は好ましい。

……だがな、私もかつては同じだった。

叶わぬ願いに囚われて……だから契約魔法を選んだのだ。

お前も――そっち側の人間じゃないか?」


彼の目は、どこか遠くを見ていた。


その瞬間――。


アルベリス

「……っ! 今のは……グラウブ!? 来たのね!」


燃え上がる火山の逆光に、二つの影が浮かんだ。

胸に確信と喜びが広がる。


だが――。


「アルベリス……! 聞こえるか!」

洞窟に響いたのは、メストアの声だった。


アルベリス

「……え? なんで……。

なんでグラウブじゃないの……?」


フェアヴァールト

「おい、やめろ! 俺たちの声は完全には届かない!

下手に対話を試みれば――乗っ取られるぞ!」


ホーフムート

「ほぅ……察しがいいではないか」


アルベリスの心に、怒りと悲しみ、そして裏切られた感覚が渦を巻く。


「どうして……? どうしてグラウブじゃないの……?

私は……こんなにも、愛しているのに……!」


唇を噛みちぎりそうなほど強く噛みしめ、現実に押し潰されそうになる。


ホーフムート(心の声)

(ふっ……やはり、先に吹き込んでおいて正解だったな)


ホーフムート(現実の声)

「言ったであろう? その思いは“傲慢”なのだよ。

なぁ、嬢ちゃん。私と気が合うとは思わんか?」


フェアヴァールト

「……っ! 何か様子が――おかしい!」


メストア

「戻れ、アルベリス! 聞くな!

お前は……グラウブを愛しているんだろ!?

そいつの声に耳を貸すな!」


必死の叫びに汗が頬を伝う。


だがアルベリスは――静かに覚悟を決めた瞳を向けた。


「もういい。愛した人が……助けに来てくれないなら。

……あなたに、この身体を譲るわ。

もうどうだっていい。

次は――前世で私を殺した勇者を、私が殺す」


ホーフムート

「ほぅ……やっとその気になったか。

ならば好きにやれ。お前の後で、私は身体を貰う。

ひひひ……その傲慢さ、私と相性抜群じゃのう」


眩くも気味の悪い黄土色の瘴気がアルベリスを包み込む。

その瞳から血の涙が溢れ、赤髪は醜く濁った炎色へと変貌した。


――そこに立っていたのは。


かつてのアルベリスではない。

愛と傲慢、絶望すら飲み込んだ“憎しみの化身”。



次回予告


第34話 憎しみの化身 ―アルベリス=オルファス―


憎しみは愛をも飲み込み、光をも裏切る。

かつて美しく透き通る赤髪は、醜く濁った炎へと変わり――

その眼差しは、もはや勇者を討つことだけを求めていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます。


アルベリスは、もう戻れないのかもしれない。

赤髪は濁り、涙は血に変わり――愛は憎しみに堕ちた。


けれど、心の奥にはまだ、誰にも触れられない“愛の残滓”が眠っているはず。

彼女を救えるのは、勇者メストアだけ。

だが、それすら届かないなら……?


読んでくださったあなたに問います。

「もし、大切な人に“愛してる”と伝えたのに、その人が来なかったら――あなたは、憎しみに堕ちますか? それとも……信じ続けますか?」


次回、第34話「憎しみの化身 ―アルベリス=オルファス―」。

愛と憎しみの境界線が、ついに壊れます。

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