21話 諦めたくない存在
ナーヴァが光となって消えた夜。
愛した仲間を喪い、正義の意味を見失いかけたグラウブたちに、さらなる試練が訪れます。
“信じてきたものが壊れたとき、人はどう生きるのか”
“誰かを守るために、誰かを傷つける正義は、本当に正しいのか”
今回は、狂気に堕ちたメストアと、それでも手を伸ばそうとする者たちの物語です。
どうか、最後まで見届けてください。
*
ナーヴァが光となって消えた夜――
喪失の余韻が、まだ胸を締めつける。
彼を思い、彼の名を呼びたい。
だが、悪意はそれを待ってはくれなかった。
その刹那、剣戟の音が、沈黙を切り裂いた。
立ちはだかったのは、一人の男――
“諦め”を身にまといし者、フェアヴァールト。
⸻
フェアヴァールト
「グラウブには……まだ戦わせるわけにはいかない」
「いまだけは、ナーヴァを想う時間にしてやれ……」
「だからここで――俺がお前を叩っ斬る!」
⸻
対峙するのは、狂気の瞳を宿すメストア。
その身は傷だらけで、心はもはや原型を留めていない。
⸻
メストア
「お前に俺の何が斬れるんだよ……!!」
「俺はここまで、理想と……アルベリスのために走ってきた!」
「なのに! なんで、うまくいかねえ!? なんで理想通りにならねえんだよ!!」
震える声で、それでも叫ぶ。
それがどれほど幼稚で、歪で、誰かを傷つけてもなお――
彼にとっては唯一、手放したくなかった“正しさ”だった。
⸻
フェアヴァールト(静かに)
「そのくだらん理想を掲げて、誰かを傷つけていい理由にはならないだろ……」
(一拍)
「……はぁ、しばらくは言わないつもりだったが――」
「“諦めろ”」
その言葉が刃になる。
瞬間、フェアヴァールトが地を蹴る。
容赦ない一閃が、メストアへと斬りかかる――!
⸻
メストア(間一髪で防御)
「……っ、何すんだよぉぉぉッ!!」
「てめぇ卑怯だぞ、いきなり斬りかかるなんてよぉ……!」
(笑い始める)
「……でも、いいぜ……」
「お前みたいなやつほど、切り刻みがいがある!!」
狂気が笑う。
もう“理想”も“正義”も、彼の中では飾りにすぎない。
⸻
フェアヴァールト(冷ややかに)
「……こいつ、ただ狂ってるだけじゃねぇか」
「お前に残されたのは、狂った愛情と歪んだ理想だけだな」
一刀両断の言葉。
だが、メストアの表情に陰りはない。むしろ、笑みすら浮かべていた。
⸻
メストア(叫ぶように)
「黙れよ……ッ!」
「グラウブの“従者”だあ!? くだらねぇ!!」
「誰かに従えるくらいなら、俺は死んだほうがマシだ!!」
その叫びには、どこか“現実”が混じっていた。
他者に従うことが怖くて、信じることを拒み続けた誰かの声に、似ていた。
⸻
(ナレーション)
――彼は、“誰かのもの”になることを、何よりも恐れていた。
それはきっと、愛されたことがないからだ。
誰かに従う人生は、価値のない人生だと、思い込んでいたのだ。
その思い込みが、狂気となり、彼の正しさを蝕んでいた。
⸻
血の匂いと魔力の残滓が混ざり合う戦場で、
フェアヴァールトの剣が、メストアの喉元へ迫ろうとしていた。
だが――
⸻
「やめてッ!!」
アルベリスの叫びが、空気を裂くように響いた。
泣き腫らした瞳。怯え、傷つき、それでも必死にフェアヴァールトの腕をつかむ。
⸻
アルベリス
「もう……やめて……! これ以上……!」
フェアヴァールトの動きが止まる。
その隙を――メストアは見逃さなかった。
⸻
メストア
「やっぱり、そうかよ……!」
血走った目がアルベリスを捉えた。
⸻
メストア
「お前は……グラウブに会いに来たんだな……!」
「結局、俺じゃない……やっぱり、選ばれるのは、あいつかよ……!」
怒りが、憎悪が、狂気が――
混ざり合い、爆発する。
灼けるような獄炎がメストアの片手に灯り、
振り上げるでもなく、一瞬で消えるような速度でアルベリスの喉元へと迫る。
⸻
メストア
「俺はやっと……やっと解放される……!」
自己満足の言葉とともに、殺意が火となって、放たれた――!
フェアヴァールトの足が動く。だが、間に合わない。
⸻
「アルベリス――!」
全員が、終わったと思った。
そのときだった。
⸻
低く、重く、すべてを支配するような声が、大地を震わせる。
⸻
「――待て。」
それだけの一言で、世界の空気が変わった。
魔王覇気。
それは畏怖と支配を内包した、魔王にしか放てない存在の圧。
メストアの動きが止まった。
全身が硬直し、獄炎の熱すら霧散していく。
⸻
メストア
「ま……さか……」
恐怖に目を見開いたまま、次の瞬間――
ズン、と重い音が響く。
魔王グラウブの手が、地面にメストアの頭をねじ伏せていた。
⸻
グラウブ
「二度と、誰にも刃を向けるな。」
その言葉は怒りでもなく、憐れみでもなく――
ただ静かに、だが抗えぬ力で、メストアの心を圧した。
⸻
グラウブ
「……暴れるなよ」
囁くように言って、グラウブは手をかざす。
魔王の力――憑依。
黒い霧のような魔力がメストアの身体を包み込み、動きを封じる。
⸻
グラウブ
「これで……もう暴れられない」
憑依が解除されても、メストアは力を失ったように、ただ息をするだけだった。
⸻
フェアヴァールトが近づき、目を細める。
⸻
フェアヴァールト
「グラウブ……今のうちに、殺しておかないとまた暴れるぞ。次こそ誰かが死ぬ」
真剣な忠告だった。
だが、グラウブは静かに首を横に振る。
⸻
グラウブ
「契約では“殺す”義務がある。それは事実だ。だが――」
静かに、フライネとの契約書を掲げる。
⸻
グラウブ
「“刃を向けなければいい”んだ。つまり、殺さなくてもいい」
一瞬の沈黙。
⸻
誰か
「……それって、つまり?」
⸻
グラウブ
「――主従契約にすればいい」
その言葉に、全員が息を呑んだ。
⸻
グラウブ
「従属の証を与え、俺の監視下に置く。そうすれば、もう誰にも傷をつけさせない。俺が止める」
フェアヴァールトは目を伏せ、しばらく黙っていたが、やがて深く息を吐く。
⸻
フェアヴァールト
「……悪くない手だ。少なくとも、今のあいつにはそれしかない」
魔王と化したグラウブの背は、どこか寂しげだった。
けれど、誰よりも「諦めたくない」と願う者の覚悟が、その背にあった。
⸻
この戦いに、終止符は打たれた。
だが、それは果たして“終わり”だったのだろうか。
あるいは、すべての“始まり”だったのかもしれない。
増えない感情。
薄れることのない愛情。
それぞれが、何かに気づき、何かを失った。
そして誰かを愛し、誰かを呪う。
そんな歪な世界は――まだ、終わっていない。
⸻
グラウブ(遠くを見つめながら)
「……消えないものを、消すことが正義なのか」
⸻
次回――
第22話『消させない呪い』
愛も、正義も、理想も。
それ自体が、呪いだったのかもしれない。
*
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
それぞれの「信じたもの」がすれ違い、傷つけ合い、壊れかけた回でした。
でもそれでも、“殺すこと”ではなく、“繋ぎ止めること”を選んだグラウブの選択が、
この物語にとって、きっとひとつの「希望」だったのだと思っています。
次回『消させない呪い』では、愛・正義・理想――それらすべてが人を縛る呪いだったと気づいたとき、
彼らはそれでも「抗う」のか、「受け入れる」のか。
まだまだ物語は、終わりません。
また、次のページで会いましょう。
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