21話 諦めたくない存在

ナーヴァが光となって消えた夜。

愛した仲間を喪い、正義の意味を見失いかけたグラウブたちに、さらなる試練が訪れます。


“信じてきたものが壊れたとき、人はどう生きるのか”

“誰かを守るために、誰かを傷つける正義は、本当に正しいのか”


今回は、狂気に堕ちたメストアと、それでも手を伸ばそうとする者たちの物語です。

どうか、最後まで見届けてください。



ナーヴァが光となって消えた夜――

喪失の余韻が、まだ胸を締めつける。

彼を思い、彼の名を呼びたい。


だが、悪意はそれを待ってはくれなかった。


その刹那、剣戟の音が、沈黙を切り裂いた。


立ちはだかったのは、一人の男――

“諦め”を身にまといし者、フェアヴァールト。



フェアヴァールト

「グラウブには……まだ戦わせるわけにはいかない」

「いまだけは、ナーヴァを想う時間にしてやれ……」

「だからここで――俺がお前を叩っ斬る!」



対峙するのは、狂気の瞳を宿すメストア。

その身は傷だらけで、心はもはや原型を留めていない。



メストア

「お前に俺の何が斬れるんだよ……!!」

「俺はここまで、理想と……アルベリスのために走ってきた!」

「なのに! なんで、うまくいかねえ!? なんで理想通りにならねえんだよ!!」


震える声で、それでも叫ぶ。

それがどれほど幼稚で、歪で、誰かを傷つけてもなお――

彼にとっては唯一、手放したくなかった“正しさ”だった。



フェアヴァールト(静かに)

「そのくだらん理想を掲げて、誰かを傷つけていい理由にはならないだろ……」

(一拍)

「……はぁ、しばらくは言わないつもりだったが――」

「“諦めろ”」


その言葉が刃になる。


瞬間、フェアヴァールトが地を蹴る。

容赦ない一閃が、メストアへと斬りかかる――!



メストア(間一髪で防御)

「……っ、何すんだよぉぉぉッ!!」

「てめぇ卑怯だぞ、いきなり斬りかかるなんてよぉ……!」

(笑い始める)

「……でも、いいぜ……」

「お前みたいなやつほど、切り刻みがいがある!!」


狂気が笑う。

もう“理想”も“正義”も、彼の中では飾りにすぎない。



フェアヴァールト(冷ややかに)

「……こいつ、ただ狂ってるだけじゃねぇか」

「お前に残されたのは、狂った愛情と歪んだ理想だけだな」


一刀両断の言葉。

だが、メストアの表情に陰りはない。むしろ、笑みすら浮かべていた。



メストア(叫ぶように)

「黙れよ……ッ!」

「グラウブの“従者”だあ!? くだらねぇ!!」

「誰かに従えるくらいなら、俺は死んだほうがマシだ!!」


その叫びには、どこか“現実”が混じっていた。

他者に従うことが怖くて、信じることを拒み続けた誰かの声に、似ていた。



(ナレーション)

――彼は、“誰かのもの”になることを、何よりも恐れていた。

それはきっと、愛されたことがないからだ。

誰かに従う人生は、価値のない人生だと、思い込んでいたのだ。

その思い込みが、狂気となり、彼の正しさを蝕んでいた。



血の匂いと魔力の残滓が混ざり合う戦場で、

フェアヴァールトの剣が、メストアの喉元へ迫ろうとしていた。


だが――



「やめてッ!!」


アルベリスの叫びが、空気を裂くように響いた。


泣き腫らした瞳。怯え、傷つき、それでも必死にフェアヴァールトの腕をつかむ。



アルベリス

「もう……やめて……! これ以上……!」


フェアヴァールトの動きが止まる。

その隙を――メストアは見逃さなかった。



メストア

「やっぱり、そうかよ……!」


血走った目がアルベリスを捉えた。



メストア

「お前は……グラウブに会いに来たんだな……!」

「結局、俺じゃない……やっぱり、選ばれるのは、あいつかよ……!」


怒りが、憎悪が、狂気が――

混ざり合い、爆発する。


灼けるような獄炎がメストアの片手に灯り、

振り上げるでもなく、一瞬で消えるような速度でアルベリスの喉元へと迫る。



メストア

「俺はやっと……やっと解放される……!」


自己満足の言葉とともに、殺意が火となって、放たれた――!


フェアヴァールトの足が動く。だが、間に合わない。



「アルベリス――!」


全員が、終わったと思った。


そのときだった。



低く、重く、すべてを支配するような声が、大地を震わせる。



「――待て。」


それだけの一言で、世界の空気が変わった。


魔王覇気。

それは畏怖と支配を内包した、魔王にしか放てない存在の圧。


メストアの動きが止まった。

全身が硬直し、獄炎の熱すら霧散していく。



メストア

「ま……さか……」


恐怖に目を見開いたまま、次の瞬間――


ズン、と重い音が響く。


魔王グラウブの手が、地面にメストアの頭をねじ伏せていた。



グラウブ

「二度と、誰にも刃を向けるな。」


その言葉は怒りでもなく、憐れみでもなく――

ただ静かに、だが抗えぬ力で、メストアの心を圧した。



グラウブ

「……暴れるなよ」


囁くように言って、グラウブは手をかざす。


魔王の力――憑依。


黒い霧のような魔力がメストアの身体を包み込み、動きを封じる。



グラウブ

「これで……もう暴れられない」


憑依が解除されても、メストアは力を失ったように、ただ息をするだけだった。



フェアヴァールトが近づき、目を細める。



フェアヴァールト

「グラウブ……今のうちに、殺しておかないとまた暴れるぞ。次こそ誰かが死ぬ」


真剣な忠告だった。

だが、グラウブは静かに首を横に振る。



グラウブ

「契約では“殺す”義務がある。それは事実だ。だが――」


静かに、フライネとの契約書を掲げる。



グラウブ

「“刃を向けなければいい”んだ。つまり、殺さなくてもいい」


一瞬の沈黙。



誰か

「……それって、つまり?」



グラウブ

「――主従契約にすればいい」


その言葉に、全員が息を呑んだ。



グラウブ

「従属の証を与え、俺の監視下に置く。そうすれば、もう誰にも傷をつけさせない。俺が止める」


フェアヴァールトは目を伏せ、しばらく黙っていたが、やがて深く息を吐く。



フェアヴァールト

「……悪くない手だ。少なくとも、今のあいつにはそれしかない」


魔王と化したグラウブの背は、どこか寂しげだった。

けれど、誰よりも「諦めたくない」と願う者の覚悟が、その背にあった。



この戦いに、終止符は打たれた。

だが、それは果たして“終わり”だったのだろうか。

あるいは、すべての“始まり”だったのかもしれない。


増えない感情。

薄れることのない愛情。

それぞれが、何かに気づき、何かを失った。


そして誰かを愛し、誰かを呪う。

そんな歪な世界は――まだ、終わっていない。



グラウブ(遠くを見つめながら)

「……消えないものを、消すことが正義なのか」



次回――


第22話『消させない呪い』


愛も、正義も、理想も。

それ自体が、呪いだったのかもしれない。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


それぞれの「信じたもの」がすれ違い、傷つけ合い、壊れかけた回でした。

でもそれでも、“殺すこと”ではなく、“繋ぎ止めること”を選んだグラウブの選択が、

この物語にとって、きっとひとつの「希望」だったのだと思っています。


次回『消させない呪い』では、愛・正義・理想――それらすべてが人を縛る呪いだったと気づいたとき、

彼らはそれでも「抗う」のか、「受け入れる」のか。


まだまだ物語は、終わりません。

また、次のページで会いましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る