19話 捨てなきゃいけないもの

“守るために捨てる”なんて、間違ってる。

そう思いたかった。けれど、本当はずっと気づいていた。


この第19話は、グラウブが“選ぶ側”になる物語です。

誰かを救うには、綺麗なままじゃいられない。

信じていたものに別れを告げてでも、大切なものを守るために――


あなたが「何かを守りたかったことがある」なら、

きっと、この話はどこかで刺さるはずです。



「……ッ!」


グラウブは足を止めた。

フェアヴァールトの腕に抱かれ、意識を失ったアルベリス――

その姿に、怒り、安堵、焦燥……すべてが入り混じる。


そして、そのどれもが、今にも彼の決断を押し潰そうとしていた。


グラウブ

「どういうことだ。なぜ、お前が彼女を――助けた?」


フェアヴァールトは、黒髪を風に揺らしながら、静かに佇む。

その瞳は――諦めきったような、灰色の光。


フェアヴァールト

「“諦めろ”って言いたかっただけさ。

 ……でも、あいつが無理して心臓を焼かれてるのを見てな。

 面倒が増えそうだったから、止めただけだよ」


グラウブ

「……嘘だ。お前、あのとき――少しだけ優しかった」


フェアヴァールト

「……。」


無言のまま、フェアヴァールトは視線を外さない。

グラウブは振り返り、ナーヴァの方へ目を向けた。


感情の灯を失った少年は、ただ静かに立っていた。

まるで心を捨てた人形のように。


フェアヴァールト

「そいつ……もう、“心”が死んでるな」


グラウブ

「……なんだと?」


フェアヴァールト

「わかるんだよ。俺もそうだったからな。

 守りたかった人間に刺されて、それでも“諦めたくない”って足掻いた。

 でも結局、俺が最後に作った魔法は“人の心を奪う槍”だった。

 ……そう、“諦めろ”って魔法さ」


グラウブの拳が、静かに震える。


グラウブ

「……ナーヴァは、俺が……救った命だ。

 だったら、俺が……救わなきゃいけない」


フェアヴァールト

「それが“勘違い”だって話さ。……いいか?」


フェアヴァールトの声が、わずかに低くなった。


フェアヴァールト

「“心を失った者”は、もう自分じゃない。

 器だけだ。想い出にすがっても、そいつは戻らない」


グラウブ

「やめろッ!」


叫びながら、ナーヴァへと一歩、足を踏み出す。


だが――


フェアヴァールトが、ふと何かに気づいたように言った。


フェアヴァールト

「……それよりも。お前、フライネと何か契約してるな?」


グラウブ

「……!」


フェアヴァールト

「そっか。……なら言っておく。

 俺は“フライネを殺す”つもりだ」


ピシッ――。


契約の制約が、グラウブの心に冷たい刃を突き立てる。


(……逃がせない)


“フライネを殺す者”を、魔王としての契約は見逃せない。


フェアヴァールトは、グラウブの目をまっすぐに見据える。


フェアヴァールト

「だから言ったろ。“諦めろ”って」


その瞬間、空気が変わった。

張り詰めた糸が、内側から音を立てて裂けるように。


グラウブ(心の声)

(お前は……)


グラウブ

「だったら……逃がすわけにはいかない」


胸の奥で、何かが千切れる音がした。


(――あいつを守るために、俺が“魔王”になったのなら)


グラウブは静かに、剣を抜いた。


グラウブ

「俺が“捨てなきゃいけないもの”は――お前だったんだな」


沈黙が落ちる。

フェアヴァールトはただ、グラウブを見つめていた。


グラウブは、剣を握る自分の手を見た。


……そこには、もう震えはなかった。


グラウブ

「……いや、違うな」


彼は、静かに息を吐いた。


グラウブ

「俺が本当に捨てなきゃいけなかったのは――お前じゃない」


目を閉じ、ほんの一瞬だけ、過去を見た。

正義を信じた日々、愛を信じた日々。

それがどれだけ、自分を縛っていたかに気づいた。


グラウブ

「……俺自身だったんだ」


その声は、どこまでも静かで、どこまでも哀しかった。



次回予告|第20話『理想を殺して、理想を守れ。』


かつて“正義”と呼ばれた男は、己の中の理想を捨てた。

信じていたものが、自分を蝕んでいたと知ったとき――

彼は初めて、本当の“魔王”になった。


その姿を見たフェアヴァールトは、かつての“自分”を思い出す。

そして、心の奥に残っていた“諦めたくなかった想い”が、揺らぎ始める。


正しさとは、何か。

信じるとは、何か。

そして――愛は、どこへ向かうのか。


すべての問いが、崩れていく。


その先に待つのは、誰も知らない“答え”だった。



最後まで読んでくれて、本当にありがとうございます。


今回、グラウブが「お前じゃない、俺自身を捨てなきゃいけなかった」と気づく場面は、

きっと誰もが一度はぶつかる“理想との別れ”の象徴でもあります。


正しさを守りたいのに、それが誰かを苦しめていた。

優しさで繋ぎとめたくても、それじゃ守れないものがある。

その矛盾と痛みが、少しでもあなたの心に残ったなら嬉しいです。


次回、ついに“本当の魔王”として立つグラウブと、

過去の自分を重ね揺らぎ始めるフェアヴァールト。


この物語はまだ終わりません。

一緒に、続きを見届けてくれると嬉しいです。

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