18話 諦めから抗うもの
誰かを「守りたい」と思った瞬間から、
すでに自分の心は、切り裂かれる準備をしているのかもしれない。
この第18話では、「愛」と「諦め」が、静かに衝突します。
触れたいのに触れられない。救いたいのに壊れていく。
そんな“どうしようもなさ”に、それでも目をそらさずに踏み込んだ人間たちの物語です。
読んでくれるあなたが、どこかにある“譲れない気持ち”を思い出すような、
そんなひとときになりますように。
*
薄明のなか、ひとりの女性が道を歩いていた。
その姿に、グラウブは思わず足を止めた。
グラウブ(心の声)
(……アルベリス)
彼女はまっすぐ、こちらを見ていた。
どこか傷ついて、それでも諦めきれない目だった。
グラウブ
「……まさか、ここで会うとはな」
アルベリスは一瞬だけ目を見開き、そして――微笑んだ。
やわらかく、切なさを含んだ、まるで夢のような笑みだった。
アルベリス
「でも……会えてよかった。
ずっと、会いたかったの」
その声に、胸が熱くなる。
伸ばされたその手に、自分の手を重ねようとした――まさに、その瞬間。
――風を裂くように、冷たい声が落ちた。
フェアヴァールト
「……諦めろ」
振り返ると、そこに黒衣の男が立っていた。
黒髪に影をまとい、まるで“死”そのもののように、静かに。
アルベリスは、ためらわなかった。
それでも、グラウブに手を伸ばす。
たった一度でいい。触れたかった。
その触れ合いだけで、過去も未来も変わる気がした。
だが――
アルベリス
「……あ……あああっ……!」
胸の奥が燃え上がる。
心臓が焼け焦げ、感情が裂け、魂が叫んだ。
アルベリス(苦しみながら)
「また……触れられないの……?」
崩れ落ちるように膝をついたそのとき、彼女は理解した。
これは、“愛した”からこそ燃える呪い。
なら、これを止めるには──“愛”を、諦めるしかない。
アルベリス(涙を流しながら)
「そんなの……できるわけ、ないじゃない……!」
その絶叫のような言葉のあと。
ひとつの影が、静かに彼女へ歩み寄った。
そして、額に手を翳す。
フェアヴァールト
「気を失えば、感情も一時的に沈む。
死なせたくないなら……今は、こうするしかない」
その手が降りた瞬間、アルベリスの意識はふっと途切れた。
グラウブは、息を呑む。
グラウブ(心の声)
(……助けたんじゃない。
ただ、“死なせなかった”だけだ)
──
アルベリスを抱えたまま、フェアヴァールトがグラウブを一瞥する。
グラウブ
「……お前、何者だ」
フェアヴァールト
「俺はただの傍観者。フライネの敵でも、味方でもない。
お前を見に来た。“魔王”ってやつを、な」
グラウブ
「……」
フェアヴァールト(ナーヴァを見やる)
「それと、そいつ……もう“心”が死んでる」
グラウブ(険しい声)
「どうして、それがわかる」
フェアヴァールト
「俺にもいたよ。守りたかったのに、守れなかった奴が」
一瞬、風が止まった。
草をなでる音すら、静寂に飲まれる。
グラウブ
「……ナーヴァの心が壊れた理由、教えてくれ」
フェアヴァールトは目を細める。
フェアヴァールト
「理由は一つ。“心の弱さ”だ」
その言葉に、グラウブの拳が音もなく震える。
グラウブ
「……違う。ナーヴァは、弱くなんかない」
フェアヴァールト
「否定するな。
お前が弱さから目を背ける限り、何も変わらない」
グラウブ
「それでも俺は──あいつを、諦めない」
フェアヴァールト(小さく笑う)
「……そうか。なら、見せてみろ。
“諦めない者”が、どこまで抗えるのかを」
それだけ告げて、男は闇のなかへと身を消した。
深くなる夜。風が止まり、静けさが戻る。
グラウブは俯いたナーヴァの横顔を見つめた。
そして、心の中で決意を結ぶ。
──次こそは、必ず守る。
たとえ、それがどんな残酷な選択でも。
⸻
次回予告|第19話『捨てなきゃいけないもの』
「君が何も背負わなければ、誰も傷つかなかった」
そう言われた瞬間、彼は気づく。
“守る”ということは、何かを“捨てる”ことでもあると。
けれど──捨てられないものが、確かにあった。
ナーヴァの“心”の再生。
アルベリスの“愛”の再燃。
そして、グラウブが“選ばなければならないもの”。
その答えが、次回、明かされる。
*
最後まで読んでくれて、ありがとう。
どんなに強く手を伸ばしても、
願ったように繋がれないことがある。
でもそれでも、「諦めない」って選んだ人間の姿は、
きっと、誰かの心を動かす。
グラウブたちは、まだ抗っている。
失わないために。誰かの心を取り戻すために。
そして自分自身を捨てずに、生き残るために。
次回第19話では、「守る」ということの本当の意味に迫っていきます。
読んでくれたあなたの心に、ほんの少しでも何かが残っていたら嬉しいです。
感想・共有・リプライなど、全部、力になります。
あなたの言葉で、この物語はもっと遠くへ届く。
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