18話 諦めから抗うもの

誰かを「守りたい」と思った瞬間から、

すでに自分の心は、切り裂かれる準備をしているのかもしれない。


この第18話では、「愛」と「諦め」が、静かに衝突します。

触れたいのに触れられない。救いたいのに壊れていく。

そんな“どうしようもなさ”に、それでも目をそらさずに踏み込んだ人間たちの物語です。


読んでくれるあなたが、どこかにある“譲れない気持ち”を思い出すような、

そんなひとときになりますように。



薄明のなか、ひとりの女性が道を歩いていた。


その姿に、グラウブは思わず足を止めた。


グラウブ(心の声)

(……アルベリス)


彼女はまっすぐ、こちらを見ていた。

どこか傷ついて、それでも諦めきれない目だった。


グラウブ

「……まさか、ここで会うとはな」


アルベリスは一瞬だけ目を見開き、そして――微笑んだ。

やわらかく、切なさを含んだ、まるで夢のような笑みだった。


アルベリス

「でも……会えてよかった。

 ずっと、会いたかったの」


その声に、胸が熱くなる。

伸ばされたその手に、自分の手を重ねようとした――まさに、その瞬間。


――風を裂くように、冷たい声が落ちた。


フェアヴァールト

「……諦めろ」


振り返ると、そこに黒衣の男が立っていた。

黒髪に影をまとい、まるで“死”そのもののように、静かに。


アルベリスは、ためらわなかった。

それでも、グラウブに手を伸ばす。


たった一度でいい。触れたかった。

その触れ合いだけで、過去も未来も変わる気がした。


だが――


アルベリス

「……あ……あああっ……!」


胸の奥が燃え上がる。

心臓が焼け焦げ、感情が裂け、魂が叫んだ。


アルベリス(苦しみながら)

「また……触れられないの……?」


崩れ落ちるように膝をついたそのとき、彼女は理解した。


これは、“愛した”からこそ燃える呪い。

なら、これを止めるには──“愛”を、諦めるしかない。


アルベリス(涙を流しながら)

「そんなの……できるわけ、ないじゃない……!」


その絶叫のような言葉のあと。

ひとつの影が、静かに彼女へ歩み寄った。


そして、額に手を翳す。


フェアヴァールト

「気を失えば、感情も一時的に沈む。

 死なせたくないなら……今は、こうするしかない」


その手が降りた瞬間、アルベリスの意識はふっと途切れた。


グラウブは、息を呑む。


グラウブ(心の声)

(……助けたんじゃない。

 ただ、“死なせなかった”だけだ)


──


アルベリスを抱えたまま、フェアヴァールトがグラウブを一瞥する。


グラウブ

「……お前、何者だ」


フェアヴァールト

「俺はただの傍観者。フライネの敵でも、味方でもない。

 お前を見に来た。“魔王”ってやつを、な」


グラウブ

「……」


フェアヴァールト(ナーヴァを見やる)

「それと、そいつ……もう“心”が死んでる」


グラウブ(険しい声)

「どうして、それがわかる」


フェアヴァールト

「俺にもいたよ。守りたかったのに、守れなかった奴が」


一瞬、風が止まった。

草をなでる音すら、静寂に飲まれる。


グラウブ

「……ナーヴァの心が壊れた理由、教えてくれ」


フェアヴァールトは目を細める。


フェアヴァールト

「理由は一つ。“心の弱さ”だ」


その言葉に、グラウブの拳が音もなく震える。


グラウブ

「……違う。ナーヴァは、弱くなんかない」


フェアヴァールト

「否定するな。

 お前が弱さから目を背ける限り、何も変わらない」


グラウブ

「それでも俺は──あいつを、諦めない」


フェアヴァールト(小さく笑う)

「……そうか。なら、見せてみろ。

 “諦めない者”が、どこまで抗えるのかを」


それだけ告げて、男は闇のなかへと身を消した。


深くなる夜。風が止まり、静けさが戻る。


グラウブは俯いたナーヴァの横顔を見つめた。


そして、心の中で決意を結ぶ。


──次こそは、必ず守る。


たとえ、それがどんな残酷な選択でも。



次回予告|第19話『捨てなきゃいけないもの』


「君が何も背負わなければ、誰も傷つかなかった」


そう言われた瞬間、彼は気づく。

“守る”ということは、何かを“捨てる”ことでもあると。


けれど──捨てられないものが、確かにあった。


ナーヴァの“心”の再生。

アルベリスの“愛”の再燃。

そして、グラウブが“選ばなければならないもの”。


その答えが、次回、明かされる。



最後まで読んでくれて、ありがとう。


どんなに強く手を伸ばしても、

願ったように繋がれないことがある。

でもそれでも、「諦めない」って選んだ人間の姿は、

きっと、誰かの心を動かす。


グラウブたちは、まだ抗っている。

失わないために。誰かの心を取り戻すために。

そして自分自身を捨てずに、生き残るために。


次回第19話では、「守る」ということの本当の意味に迫っていきます。

読んでくれたあなたの心に、ほんの少しでも何かが残っていたら嬉しいです。


感想・共有・リプライなど、全部、力になります。

あなたの言葉で、この物語はもっと遠くへ届く。

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