16話 絶望の愛の行先
物語を読んでくれて、ありがとうございます。
この物語は、「正しさ」や「愛」が誰かを傷つけてしまう世界で、
それでも誰かを想い続ける人たちの、祈りのような物語です。
誰かを守りたくて選んだことが、
その誰かを遠ざけてしまったことはありませんか?
信じたことに裏切られた夜、
それでも誰かの名前を心の中で呼び続けた朝、
そんなあなたにこそ、読んでもらいたくて書いています。
綺麗な答えはきっとありません。
それでも「信じてしまった心」が、
報われる物語を、いつか一緒に見届けてもらえたら嬉しいです。
*
療養中の身体は思うように動かず、
痛みは、日に日に“心”まで侵食していた。
それでも、メストアの焦燥は消えなかった。
——アルベリスはまだ、彼に執着している。
だから、監禁した。
弱っている今の自分じゃ、彼女の“心”さえ制御できない。
そんな自覚が、決断の引き金だった。
言い訳だってわかってた。
でも、そうでもしなきゃ——
また彼女は、“あの魔王”のもとへ行ってしまう気がしてならなかった。
「お前はいつも、空を見て誰かを想ってる。……俺のことなんか、見やしないんだろ」
ベッド脇の椅子に座る彼女は、静かに遠くを見ていた。
その横顔が、どうしようもなく、胸を焼いた。
⸻
重く閉ざされた部屋の中。
けれど、アルベリスの心だけは“外”にあった。
「また……あなたに会えるかしら、グラウブ」
募る想いだけが、彼女を生かしていた。
逃げ出す術はない。
いまは「待つしかない」
でも、それを選んだのは——自分自身だった。
“誰にも知られずに、心の奥だけで会いに行く。”
メストアの視線に気づいていた。
けれど、答えない。
ただ黙って、窓の外の空だけを見つめていた。
⸻
一方、グラウブは、
燃え尽きたような瞳で、ナーヴァを見つめていた。
「……ナーヴァ」
主従契約で延命した少年は、感情の抜け殻だった。
もう、笑わない。もう、泣かない。
「俺のせいで、お前は……」
呪いで命を繋ぎ、契約で死を遠ざけた。
けれどそれは、“救い”ではなかった。
助けたはずが、助かっていない。
その現実に、グラウブの拳は静かに震える。
「次こそは——」
彼の目は、遥か彼方にいるかつての仲間、
勇者メストアを捉えていた。
⸻
牢は、夜よりも静かだった。
時間が止まったみたいに、息苦しいほどの沈黙。
アルベリスは壁にもたれ、指先で錆びた鎖をなぞった。
(このまま誰にも会えずに終わるなんて——絶対にイヤ)
心の奥で叫び続ける声。
届かなくても、まだ想っていたい。
(グラウブ……私は、あなたに会いたい。
たとえ、どんな姿でも。どれだけ遠くても)
その想いは、彼女の“予知”では見えない未来に、
小さな光をともしていた。
なぜなら——
「自分の未来」だけは、誰にも予知できない。
「……出るわ、ここから」
立ち上がったその声は、希望じゃない。
決意だった。
⸻
牢の奥、ひとつの影が蹲っていた。
その者に目を向け、アルベリスは声をかけた。
「ねえ、あんた。……ここから抜け出す方法、知らない?」
しばらくして、
絞り出すような声が返ってきた。
「……諦めろ」
影が顔を上げた瞬間、アルベリスは息をのんだ。
長い黒髪、青白い肌。
骨の浮き出た身体、185センチの長身。
でも、一番目を奪われたのは——その“目の色”だった。
灰色でもなく、群青でもない。
全てを悟った者だけが持つ、諦めの色。
「あなた……名前は?」
「……フェアヴァールト。
この牢にいても、いなくても、結果は変わらん。だから、諦めろ」
「諦めないわ」
「それがいい。そう言えるうちに、逃げるといい」
彼は立ち上がり、壁を指でなぞる。
まるで“見てきたように”、そこに出口を作った。
「魔法は“状況”から生まれる。
君が出口を望む限り、私はそれを“見せられる”」
錠が、カチリと外れる。
「ついてくるの?」
「興味があるだけだ。
どうして君は、そんなにも“諦めたがらない”のか——」
脱獄に成功したその背中には、たしかにあった。
何かをすべて失った者の、優しい背中。
新たな出会いが告げるものは、
希望か、それとも“本物の絶望”か。
物語は今、
諦めを知る者たちの章へと進み出す。
⸻
次回予告
第17話『諦めの化身 フェアヴァールト』
「信じる」ことが、毒になる瞬間。
抗えぬ現実に、なお抗う者たちへ——
諦めが微笑む、その理由とは?
*
ここまで読んでくれて、本当にありがとうございます。
この章は、「守るための選択」が時に誰かを壊すこと、
「諦めたくない想い」が、どれほど人を縛るかを描きました。
誰かを想う気持ちは、時に優しさにもなり、呪いにもなる。
それでも「想いたい」と願うのは、きっと心がまだ、生きている証なんだと思います。
登場人物たちが抱える痛みも後悔も、
どこかであなたの中に似た感情が響いていたなら、
それはきっと、この物語が“あなたと繋がれた瞬間”です。
物語は、まだ続きます。
光も、闇も、希望も絶望も、その先にあります。
また続きを読んでくれたら、嬉しいです。
——ありがとう。
この物語の行き先を、あなたと共に見届けられることに。
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