第12話 愛情のようなヘイト
「好きだから、疑ってしまう」
「信じたいのに、奪ってしまう」
ふたりの旅は順調に見えて、その実、ずっと“虚構”の上に立っていた。
目の前にいる人が、
かつて心を焦がした誰かと、同じ人間かもしれないと気づいていながら──
それでも手を伸ばす。
それでも傍にいたい。
すれ違いと欺瞞の中に、
それでも確かに宿っていた“本音”の温度を、どうか見届けてください。
*
──メストア視点
あれから、二年。
“勇者”と“その婚約者”。
そう名乗れば旅は円滑だった。
祝福も称賛も手に入った。
けれど俺は知っている。
アルベリスの視線は、いつも少し遠い。
(祭りの灯が揺れる夜、市場の陰で佇む彼女を見つける)
メストア(心)
「まただ。
俺という“近景”をすり抜けて、君は誰を追っている?」
呼び止めれば笑うだろう。
けど、その笑顔の裏に棲む誰かを──俺は奪えない。
それでも構わない。
君が抱くその想いごと、俺は奪いたいほど渇いている。
⸻
──アルベリス視点
やっと、見つけた。
あなたは“魔王”になっていた。
信じたくなかった。でも、胸は疼いた。
――“それでもいい”と。
アルベリス(心)
「あの夜、私を救ったのはあなただけ。
他人の正義じゃなく、私の“痛み”に手を伸ばしてくれた。
だからもう一度、私の意志で会いに行く。
たとえ、あなたが刃を振るう存在になっていても」
指先が震える。
微笑みは崩れない。
愛と恐れの隙間に、焦りが滲む。
⸻
──現在・東境界への道中
柔らかな風が草を撫でる。
二人乗りの馬車が、朝靄の境を切り裂いて進む。
メストア(心)
「あそこへ踏み込めば、すべてが始まる。
いや──“再会”する」
(ふと空を見上げ、過去の記憶が重なる)
二年前の街外れ。
水色の髪の俺は、見知らぬ男に道を尋ねた。
その男は、穏やかな目で笑った。
――グラウブ。
あれが“魔王”の素顔だと誰が思うか。
「また会えたら飯でも」と軽口を叩いた自分が滑稽だ。
でも、あの一瞬に宿っていた優しさは確かだった。
メストア(心)
「……戦うべき相手じゃない。
そう信じた。
けれど歯車は、いつから噛み合わなくなった?」
⸻
──夜。草原の焚き火
星明りだけが二人を照らす。
火のはぜる音が、沈黙の隙間を埋める。
メストア
「……お前の瞳は、いつも誰かを探してる。
俺じゃない“何か”を。」
アルベリス(眉を寄せ)
「そんな言い方……ひどいわ。」
言葉を重ねる前に、彼女はほほ笑む。
その微笑みは、切っ先を隠した薄刃のように静かで鋭い。
アルベリス
「未来は見えない。
でもね、あなたが独りでいる瞬間、何を想っているか──
私は“見えて”いるのよ。」
──焚き火の夜、あなたが私の名前をそっと呼んだ。
その温度を、私は忘れない。
「だから私は、あなたが好きよ。
頑張るところも。
こうして私のことを想ってくれるところも。」
メストア(乾いた笑み)
「……それ、ズルいよな。」
どうでもよくなった。
すべてが伝わらなくてもいい。
焚き火の熱が同じなら──今は、それで足りる。
炎は揺れ続ける。
ふたりは違う想いを抱えながら、同じ熱に照らされていた。
⸻
次回 13話『迎えたくない朝』
夜が終わる。
嘘と真実の境目が、朝焼けに溶ける。
•グラウブは決断を握りしめ、
•アルベリスは運命に逆らう愛を選び、
•メストアは“理想を信じる”という、最も愚かで人間らしい道を踏みしめる。
それぞれの「正しさ」が交わる朝──
誰も、望んでなどいなかった。
*
読んでくれてありがとうございます。
「伝わってほしい」と願う言葉ほど、
まっすぐには届かないことがある。
メストアの強がりも、
アルベリスの嘘も、
どちらも“好き”の形をしていて、どちらも“傷”を含んでいる。
この物語は、ただのファンタジーじゃなく、
“わかり合えないまま、それでも誰かを想う痛み”を書いていきます。
次回、『迎えたくない朝』
夜が明ける。
嘘も、優しさも、すべてが照らされてしまう朝が、ついに──。
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