第12話 愛情のようなヘイト

「好きだから、疑ってしまう」

「信じたいのに、奪ってしまう」


ふたりの旅は順調に見えて、その実、ずっと“虚構”の上に立っていた。


目の前にいる人が、

かつて心を焦がした誰かと、同じ人間かもしれないと気づいていながら──

それでも手を伸ばす。

それでも傍にいたい。


すれ違いと欺瞞の中に、

それでも確かに宿っていた“本音”の温度を、どうか見届けてください。



──メストア視点


あれから、二年。

“勇者”と“その婚約者”。

そう名乗れば旅は円滑だった。

祝福も称賛も手に入った。

けれど俺は知っている。

アルベリスの視線は、いつも少し遠い。


(祭りの灯が揺れる夜、市場の陰で佇む彼女を見つける)


メストア(心)

「まただ。

 俺という“近景”をすり抜けて、君は誰を追っている?」


呼び止めれば笑うだろう。

けど、その笑顔の裏に棲む誰かを──俺は奪えない。


それでも構わない。

君が抱くその想いごと、俺は奪いたいほど渇いている。



──アルベリス視点


やっと、見つけた。

あなたは“魔王”になっていた。

信じたくなかった。でも、胸は疼いた。

――“それでもいい”と。


アルベリス(心)

「あの夜、私を救ったのはあなただけ。

 他人の正義じゃなく、私の“痛み”に手を伸ばしてくれた。

 だからもう一度、私の意志で会いに行く。

 たとえ、あなたが刃を振るう存在になっていても」


指先が震える。

微笑みは崩れない。

愛と恐れの隙間に、焦りが滲む。



──現在・東境界への道中


柔らかな風が草を撫でる。

二人乗りの馬車が、朝靄の境を切り裂いて進む。


メストア(心)

「あそこへ踏み込めば、すべてが始まる。

 いや──“再会”する」


(ふと空を見上げ、過去の記憶が重なる)


二年前の街外れ。

水色の髪の俺は、見知らぬ男に道を尋ねた。

その男は、穏やかな目で笑った。

――グラウブ。

あれが“魔王”の素顔だと誰が思うか。


「また会えたら飯でも」と軽口を叩いた自分が滑稽だ。

でも、あの一瞬に宿っていた優しさは確かだった。


メストア(心)

「……戦うべき相手じゃない。

 そう信じた。

 けれど歯車は、いつから噛み合わなくなった?」



──夜。草原の焚き火


星明りだけが二人を照らす。

火のはぜる音が、沈黙の隙間を埋める。


メストア

「……お前の瞳は、いつも誰かを探してる。

 俺じゃない“何か”を。」


アルベリス(眉を寄せ)

「そんな言い方……ひどいわ。」


言葉を重ねる前に、彼女はほほ笑む。

その微笑みは、切っ先を隠した薄刃のように静かで鋭い。


アルベリス

「未来は見えない。

 でもね、あなたが独りでいる瞬間、何を想っているか──

 私は“見えて”いるのよ。」


──焚き火の夜、あなたが私の名前をそっと呼んだ。

その温度を、私は忘れない。


「だから私は、あなたが好きよ。

 頑張るところも。

 こうして私のことを想ってくれるところも。」


メストア(乾いた笑み)

「……それ、ズルいよな。」


どうでもよくなった。

すべてが伝わらなくてもいい。

焚き火の熱が同じなら──今は、それで足りる。


炎は揺れ続ける。

ふたりは違う想いを抱えながら、同じ熱に照らされていた。



次回 13話『迎えたくない朝』


夜が終わる。

嘘と真実の境目が、朝焼けに溶ける。

•グラウブは決断を握りしめ、

•アルベリスは運命に逆らう愛を選び、

•メストアは“理想を信じる”という、最も愚かで人間らしい道を踏みしめる。


それぞれの「正しさ」が交わる朝──

誰も、望んでなどいなかった。




読んでくれてありがとうございます。


「伝わってほしい」と願う言葉ほど、

まっすぐには届かないことがある。


メストアの強がりも、

アルベリスの嘘も、

どちらも“好き”の形をしていて、どちらも“傷”を含んでいる。


この物語は、ただのファンタジーじゃなく、

“わかり合えないまま、それでも誰かを想う痛み”を書いていきます。


次回、『迎えたくない朝』


夜が明ける。

嘘も、優しさも、すべてが照らされてしまう朝が、ついに──。

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