第11話 再会
ふたりが再び出会ったのは、偶然を装った“必然”。
それぞれの胸の奥に、赦しきれない過去と、伝えられない想いを抱えたまま。
「あなたは今、誰のために笑っているの?」
「その優しさは、誰のための嘘なんだ?」
これは、ただの再会じゃない。
すれ違いと策略が交差する、“始まり”の物語。
*
──メストア視点
(夕暮れ。村の広場は、金色に染まった空の下、人々の笑い声がやわらかく響いていた。その端に、一人の女性が佇んでいる。風に揺れる赤い髪。間違いない──アルベリスだ)
メストア(心の声)
「……アルベリス。まさか、また君に会えるなんて」
(夕陽が彼女の髪を照らし、朱に染めていた。メストアは、人波に紛れながら、その姿を静かに見つめる)
「変わらないな。あの頃と──いや、きっと変わったのは俺だけだ」
(拳を、静かに握る)
「……君には、言えないことがある。
言ったら、きっと全部が壊れる。でも、黙っていれば……ずっと偽りのままだ」
(ふとアルベリスがこちらに気づき、微笑んで小さく頭を下げた。メストアはわずかに頷き返す。その胸の奥に、抑えきれない渦が蠢いていた)
「赦されたいのか、それとも……ただ、傍にいたいのか。
もう自分でも分からない。でも──今度こそ、間違えたくない」
「勇者じゃなく、“ただの男”として。君と向き合いたいんだ」
(メストアは一歩、また一歩と踏み出す。ざわめきの中を縫うように、彼女のもとへ)
「……もう一度、君に会いたかった。ただ、それだけだった。
たとえこの想いが、偽善でも、欲望でも。
俺は──それを抱えたまま、君の前に立つ」
メストア
「……アルベリスさん、ですよね。はじめまして。
私は“勇者メストア”。今日から、この村でお世話になります」
⸻
──場面転換(井戸)
(村はずれの井戸。赤い髪を編み込んだ女が、静かに水を汲んでいる。西日が髪先を焼き、まるで焰のように揺れる)
その名はアルベリス。
村では“神に選ばれし花嫁”として知られ、美しく、穏やかに人々と接していた。
──だがその瞳の奥に、誰にも知られぬ炎を秘めていた。
(子どもたちの声が遠くから飛んでくる)
「お姉さーん! 勇者さまと結婚するんだって! すごいね!」
「王都の人も来るってさ! さすが選ばれし花嫁〜!」
(アルベリスはほほ笑みながら、水面を見つめる。その目元に、かすかな翳り)
アルベリス(心の声)
「……誰も選ばれてなんかいない。
私はただ、“あの人”に会うために、この婚約を受け入れた」
「魔王となったあの人の中に、“私”を刻むために。
たとえそれが、愛じゃなかったとしても……」
(そっと空を仰ぐ。赤く染まる西の空。その色は、ある未来を思い出させた)
「……未来視で、見えたの。
“あの人”が、勇者と剣を交える場面を──」
(水桶から水が零れる。アルベリスは気づかぬまま、手を止めたまま)
「だから、私が先に近づくしかなかった。
誰も、もうグラウブに傷つけられないように──」
(そのとき、足音が静かに近づく)
???
「お待たせしました。……水場、こっちで合ってましたか?」
(振り向いた彼女の視線の先に立っていたのは──)
水色の短髪。どこか乾いた、でも優しげな目。
その男は、微笑んでいた。
メストア
「……アルベリスさんですね。はじめまして。
私は“勇者メストア”。本日より、この村に滞在します」
(その名は、王都から既に伝え聞いていた──)
アルベリス(心の声)
「この人が……勇者……?」
(少しだけ動揺を見せながらも、アルベリスは礼儀正しく頭を下げる)
アルベリス
「わざわざご挨拶ありがとうございます。
……この村に危険はありませんが、あなたがいてくださるなら、きっと皆も安心します」
(その笑みは、どこかぎこちない。だが、確かな誠意が込められていた)
メストア
「いえ、むしろ……助けられてばかりです」
(アルベリスが不思議そうに首をかしげる)
アルベリス
「……何か、お助けしましたっけ?」
(メストアは、小さく笑って言う)
メストア
「……いえ。ただの昔話です」
(その瞳に映っていたのは──過去か、それとも未来か)
⸻
ナレーション
これは、“偶然”を装った再会。
だが、誰かにとっては、紛れもない“必然”だった。
魔王となったグラウブ。
そして、その彼を討つ使命を背負わされた勇者メストア。
ふたりの間で揺れる女、アルベリス。
彼女はまだ知らない。
かつて自分を殺そうとした男が、目の前にいることを──
だが、彼は知っていた。
すべてを、覚えていた。
その優しさは、赦しなのか。贖罪なのか。
すれ違いの先に待つのは、破滅か、救済か。
この日、ふたりは出会った。
だが、アルベリスはまだ気づかない。
彼が何のために自分へ近づいたのかを──
そしてふたりが、胸の奥に秘めていたのは、ただ一つ。
──互いが互いを、“利用しようとしていた”ということ。
⸻ 次回予告
次回、第12話『愛情のようなヘイト』
優しさの皮をかぶった毒──
「信じていたからこそ、恨みは深くなる」
それは、あなたの中にも確かにあった感情。
かつて愛した誰かに、ほんの少し残っている“悪意”の話。
*
読んでくれてありがとうございます。
メストアとアルベリス。
ふたりは確かに再会した。でも、それは温かいものじゃない。
“愛しているからこそ、互いを欺いた”過去と現在が、これから少しずつ明かされていきます。
どちらが正しいかなんて、簡単には言えない。
でも、ふたりとも“間違えたくない”って本気で願っている。
だからこそ、すれ違いは残酷で、どこか美しいのかもしれません。
次回、第12話――『愛情のようなヘイト』
どうか、その毒に、少しだけ触れてみてください。
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