第11話 再会

ふたりが再び出会ったのは、偶然を装った“必然”。

それぞれの胸の奥に、赦しきれない過去と、伝えられない想いを抱えたまま。


「あなたは今、誰のために笑っているの?」

「その優しさは、誰のための嘘なんだ?」


これは、ただの再会じゃない。

すれ違いと策略が交差する、“始まり”の物語。



──メストア視点


(夕暮れ。村の広場は、金色に染まった空の下、人々の笑い声がやわらかく響いていた。その端に、一人の女性が佇んでいる。風に揺れる赤い髪。間違いない──アルベリスだ)


メストア(心の声)

「……アルベリス。まさか、また君に会えるなんて」


(夕陽が彼女の髪を照らし、朱に染めていた。メストアは、人波に紛れながら、その姿を静かに見つめる)


「変わらないな。あの頃と──いや、きっと変わったのは俺だけだ」


(拳を、静かに握る)


「……君には、言えないことがある。

言ったら、きっと全部が壊れる。でも、黙っていれば……ずっと偽りのままだ」


(ふとアルベリスがこちらに気づき、微笑んで小さく頭を下げた。メストアはわずかに頷き返す。その胸の奥に、抑えきれない渦が蠢いていた)


「赦されたいのか、それとも……ただ、傍にいたいのか。

もう自分でも分からない。でも──今度こそ、間違えたくない」


「勇者じゃなく、“ただの男”として。君と向き合いたいんだ」


(メストアは一歩、また一歩と踏み出す。ざわめきの中を縫うように、彼女のもとへ)


「……もう一度、君に会いたかった。ただ、それだけだった。

たとえこの想いが、偽善でも、欲望でも。

俺は──それを抱えたまま、君の前に立つ」


メストア

「……アルベリスさん、ですよね。はじめまして。

私は“勇者メストア”。今日から、この村でお世話になります」



──場面転換(井戸)


(村はずれの井戸。赤い髪を編み込んだ女が、静かに水を汲んでいる。西日が髪先を焼き、まるで焰のように揺れる)


その名はアルベリス。

村では“神に選ばれし花嫁”として知られ、美しく、穏やかに人々と接していた。

──だがその瞳の奥に、誰にも知られぬ炎を秘めていた。


(子どもたちの声が遠くから飛んでくる)


「お姉さーん! 勇者さまと結婚するんだって! すごいね!」


「王都の人も来るってさ! さすが選ばれし花嫁〜!」


(アルベリスはほほ笑みながら、水面を見つめる。その目元に、かすかな翳り)


アルベリス(心の声)

「……誰も選ばれてなんかいない。

私はただ、“あの人”に会うために、この婚約を受け入れた」


「魔王となったあの人の中に、“私”を刻むために。

たとえそれが、愛じゃなかったとしても……」


(そっと空を仰ぐ。赤く染まる西の空。その色は、ある未来を思い出させた)


「……未来視で、見えたの。

“あの人”が、勇者と剣を交える場面を──」


(水桶から水が零れる。アルベリスは気づかぬまま、手を止めたまま)


「だから、私が先に近づくしかなかった。

誰も、もうグラウブに傷つけられないように──」


(そのとき、足音が静かに近づく)


???

「お待たせしました。……水場、こっちで合ってましたか?」


(振り向いた彼女の視線の先に立っていたのは──)


水色の短髪。どこか乾いた、でも優しげな目。

その男は、微笑んでいた。


メストア

「……アルベリスさんですね。はじめまして。

私は“勇者メストア”。本日より、この村に滞在します」


(その名は、王都から既に伝え聞いていた──)


アルベリス(心の声)

「この人が……勇者……?」


(少しだけ動揺を見せながらも、アルベリスは礼儀正しく頭を下げる)


アルベリス

「わざわざご挨拶ありがとうございます。

……この村に危険はありませんが、あなたがいてくださるなら、きっと皆も安心します」


(その笑みは、どこかぎこちない。だが、確かな誠意が込められていた)


メストア

「いえ、むしろ……助けられてばかりです」


(アルベリスが不思議そうに首をかしげる)


アルベリス

「……何か、お助けしましたっけ?」


(メストアは、小さく笑って言う)


メストア

「……いえ。ただの昔話です」


(その瞳に映っていたのは──過去か、それとも未来か)



ナレーション


これは、“偶然”を装った再会。

だが、誰かにとっては、紛れもない“必然”だった。


魔王となったグラウブ。

そして、その彼を討つ使命を背負わされた勇者メストア。

ふたりの間で揺れる女、アルベリス。


彼女はまだ知らない。

かつて自分を殺そうとした男が、目の前にいることを──


だが、彼は知っていた。

すべてを、覚えていた。


その優しさは、赦しなのか。贖罪なのか。


すれ違いの先に待つのは、破滅か、救済か。


この日、ふたりは出会った。

だが、アルベリスはまだ気づかない。

彼が何のために自分へ近づいたのかを──


そしてふたりが、胸の奥に秘めていたのは、ただ一つ。


──互いが互いを、“利用しようとしていた”ということ。


⸻ 次回予告


次回、第12話『愛情のようなヘイト』


優しさの皮をかぶった毒──

「信じていたからこそ、恨みは深くなる」


それは、あなたの中にも確かにあった感情。

かつて愛した誰かに、ほんの少し残っている“悪意”の話。



読んでくれてありがとうございます。


メストアとアルベリス。

ふたりは確かに再会した。でも、それは温かいものじゃない。

“愛しているからこそ、互いを欺いた”過去と現在が、これから少しずつ明かされていきます。


どちらが正しいかなんて、簡単には言えない。

でも、ふたりとも“間違えたくない”って本気で願っている。

だからこそ、すれ違いは残酷で、どこか美しいのかもしれません。


次回、第12話――『愛情のようなヘイト』

どうか、その毒に、少しだけ触れてみてください。

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