第8話 正義の懐疑(ドグマ・パラドックス)
“正義”の名のもとに、剣を交えたふたり。
それは、ただの戦いではありませんでした。
迷い、信念、そして「優しさ」がぶつかる、静かな決闘──
第8話では、メストアとグラウブの価値観がついに激突します。
ナーヴァの勇気が運命を変えますが……
その“優しさ”こそが、静かに毒になり始めていて――?
*
(夜明け前、東の丘。冷たい霧が風に流れる)
水色の短髪が露に濡れ、乾いた目が一点を射抜いていた。
そこに立つのは──勇者、メストア・ドグマ。
彼は、もう気づいていた。
グラウブが来ることを。
メストア「……待ってましたよ、グラウブさん」
(穏やかな声。でも、刺すようにひりついていた)
メストア「まず、話し合いにします? 俺、そういうの好きなんです」
(笑う口調に、目だけが笑っていない)
メストア「あなたが“魔王になろう”としたんじゃない。
ただ、なす術なく──ここに来ただけ。違いますか?」
(グラウブは沈黙したまま。肯定も否定もない)
メストア(ふっと笑い)
「……安心しました。なら、まだ──」
――キィィィンッ!!
(風を裂く閃光。メストアの剣がグラウブの首元を狙う!)
グラウブ「っ……!」
(咄嗟に防御魔法を展開!)
パァンッ!!
(火花が散る)
グラウブ「は、早ぇ……!」
メストア「安心してください。“操られてないか”試しただけです」
(剣をくるりと回し、再び構え直す)
メストア「……でも、もし“迷い”が見えたら。
それは、“正義に従わない敵”だと、俺は判断します」
(距離を詰めてくるメストア。グラウブも魔力を構えるが──)
グラウブ(心の声)
(ここで撃てば、勝てる……かもしれない。けど──)
(鍛え上げられた肉体。反撃は即座に来るだろう)
グラウブ(心の声)
(一撃で倒せなきゃ、終わる……。殺す覚悟が、必要だ)
(でも──)
(魔力を込めた手が、震えていた)
グラウブ(心の声)
(殺したくない。
正義を振りかざすその目が……俺と、同じだったから)
(躊躇った瞬間、メストアが踏み込む)
メストア「……甘いですよ、グラウブさん!」
ザシュッ!!
(紙一重で避けたグラウブ。爆ぜた魔力が地面を焼く)
グラウブ「……俺は、戦いたくないんだよ!」
メストア「じゃあ、なんで戦場に来たんです?」
(沈黙。グラウブ、言葉が出ない)
メストア「“優しさ”が命取りになる時もある。
でも、俺は嫌いじゃない。
……敵でいてくれた方が、楽だったのに」
(その頃、ナーヴァは宿の窓から朝の空を見ていた)
ナーヴァ(心の声)
(……グラウブ、怖い顔してた。
“話すだけ”って言ってたのに、なんで剣を──)
(不安が胸に広がる)
ナーヴァ「……僕、もう待てない」
(小さな足音が、霧の中へと消えていく)
⸻
(戦場)
グラウブ「……それでも、俺は……殺さない!!」
(剣と魔法が交差しようとした、まさにそのとき──)
???「グラウブは──僕が守る!!」
(朝霧を裂いて、ナーヴァが飛び出してきた)
グラウブ「ナーヴァ……!? なぜ……」
ナーヴァ「っ……危ないじゃないですか……!」
(震える声。でも、その目は前を向いていた)
メストア「……あなたも操られてるんですか?」
ナーヴァ「違う!
グラウブは、僕の──恩人なんだ!」
ナーヴァ「こんな戦いして……なんになるんだよ……っ!」
(小さな拳を握る。その身体は震えていた)
グラウブ(心の声)
(ちっちゃい身体で……震えてるのに、俺の前に立つなんて……)
(キュッと胸が締めつけられる)
グラウブ「ナーヴァ……」
(その名を呟いた声に、ナーヴァの肩が震える)
(メストアが剣を収め、ぽつりと呟く)
メストア「……信じる力、ね。ああ、懐かしい」
メストア「俺にもあった。守りたかった人たちがいた」
メストア「……でも、裏切られた。
信じてくれてた人も、俺が信じてた人も──みんな死んだ」
メストア「“君ならやれる”なんて言葉は、呪いだ。
できなかった時の地獄を、押しつけられるだけだ」
メストア「気づいたんです。信じるってのは、呪いなんだって」
(風が止む)
メストア「……答えはまだ聞きません。
でも次に会う時は、“信じる側”か、“切り捨てる側”かを決めておいてください」
(そう言って、彼は去っていった)
ナーヴァ(小さく)「……あの人、さみしい目してた」
(グラウブは、無言で頷いた)
(そのとき──)
ナーヴァ「……あれ……?」
(ふらつく足元。ナーヴァの身体が、崩れそうになる)
グラウブ「ナーヴァ……?」
(支えるグラウブ。だが、気づいていなかった)
──毒は、もう回り始めていた。
⸻
【第9話予告】
優しさが命を救うとは限らない。
癒すたび、ナーヴァの命を蝕む“毒”。
グラウブの魔法が持つ残酷な真実──
次回『優しさという毒』
*
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
メストアという人物の“正義”には、かつての信念と苦しみが詰まっています。
彼の「信じることは呪いだ」という言葉が、今回の核心でした。
そして、グラウブの魔法が“優しさ”でありながら、
知らず知らず、ナーヴァの命を削っている――
第9話『優しさという毒』では、その真実がついに明かされます。
続きもぜひ楽しみにしていてください!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます