第8話 正義の懐疑(ドグマ・パラドックス)

“正義”の名のもとに、剣を交えたふたり。


それは、ただの戦いではありませんでした。

迷い、信念、そして「優しさ」がぶつかる、静かな決闘──


第8話では、メストアとグラウブの価値観がついに激突します。

ナーヴァの勇気が運命を変えますが……


その“優しさ”こそが、静かに毒になり始めていて――?





(夜明け前、東の丘。冷たい霧が風に流れる)


水色の短髪が露に濡れ、乾いた目が一点を射抜いていた。

そこに立つのは──勇者、メストア・ドグマ。


彼は、もう気づいていた。

グラウブが来ることを。


メストア「……待ってましたよ、グラウブさん」


(穏やかな声。でも、刺すようにひりついていた)


メストア「まず、話し合いにします? 俺、そういうの好きなんです」


(笑う口調に、目だけが笑っていない)


メストア「あなたが“魔王になろう”としたんじゃない。

ただ、なす術なく──ここに来ただけ。違いますか?」


(グラウブは沈黙したまま。肯定も否定もない)


メストア(ふっと笑い)

「……安心しました。なら、まだ──」


――キィィィンッ!!


(風を裂く閃光。メストアの剣がグラウブの首元を狙う!)


グラウブ「っ……!」


(咄嗟に防御魔法を展開!)


パァンッ!!


(火花が散る)


グラウブ「は、早ぇ……!」


メストア「安心してください。“操られてないか”試しただけです」


(剣をくるりと回し、再び構え直す)


メストア「……でも、もし“迷い”が見えたら。

それは、“正義に従わない敵”だと、俺は判断します」


(距離を詰めてくるメストア。グラウブも魔力を構えるが──)


グラウブ(心の声)

(ここで撃てば、勝てる……かもしれない。けど──)


(鍛え上げられた肉体。反撃は即座に来るだろう)


グラウブ(心の声)

(一撃で倒せなきゃ、終わる……。殺す覚悟が、必要だ)


(でも──)


(魔力を込めた手が、震えていた)


グラウブ(心の声)

(殺したくない。

正義を振りかざすその目が……俺と、同じだったから)


(躊躇った瞬間、メストアが踏み込む)


メストア「……甘いですよ、グラウブさん!」


ザシュッ!!


(紙一重で避けたグラウブ。爆ぜた魔力が地面を焼く)


グラウブ「……俺は、戦いたくないんだよ!」


メストア「じゃあ、なんで戦場に来たんです?」


(沈黙。グラウブ、言葉が出ない)


メストア「“優しさ”が命取りになる時もある。

でも、俺は嫌いじゃない。

……敵でいてくれた方が、楽だったのに」


(その頃、ナーヴァは宿の窓から朝の空を見ていた)


ナーヴァ(心の声)

(……グラウブ、怖い顔してた。

“話すだけ”って言ってたのに、なんで剣を──)


(不安が胸に広がる)


ナーヴァ「……僕、もう待てない」


(小さな足音が、霧の中へと消えていく)



(戦場)


グラウブ「……それでも、俺は……殺さない!!」


(剣と魔法が交差しようとした、まさにそのとき──)


???「グラウブは──僕が守る!!」


(朝霧を裂いて、ナーヴァが飛び出してきた)


グラウブ「ナーヴァ……!? なぜ……」


ナーヴァ「っ……危ないじゃないですか……!」


(震える声。でも、その目は前を向いていた)


メストア「……あなたも操られてるんですか?」


ナーヴァ「違う!

グラウブは、僕の──恩人なんだ!」


ナーヴァ「こんな戦いして……なんになるんだよ……っ!」


(小さな拳を握る。その身体は震えていた)


グラウブ(心の声)

(ちっちゃい身体で……震えてるのに、俺の前に立つなんて……)


(キュッと胸が締めつけられる)


グラウブ「ナーヴァ……」


(その名を呟いた声に、ナーヴァの肩が震える)


(メストアが剣を収め、ぽつりと呟く)


メストア「……信じる力、ね。ああ、懐かしい」


メストア「俺にもあった。守りたかった人たちがいた」


メストア「……でも、裏切られた。

信じてくれてた人も、俺が信じてた人も──みんな死んだ」


メストア「“君ならやれる”なんて言葉は、呪いだ。

できなかった時の地獄を、押しつけられるだけだ」


メストア「気づいたんです。信じるってのは、呪いなんだって」


(風が止む)


メストア「……答えはまだ聞きません。

でも次に会う時は、“信じる側”か、“切り捨てる側”かを決めておいてください」


(そう言って、彼は去っていった)


ナーヴァ(小さく)「……あの人、さみしい目してた」


(グラウブは、無言で頷いた)


(そのとき──)


ナーヴァ「……あれ……?」


(ふらつく足元。ナーヴァの身体が、崩れそうになる)


グラウブ「ナーヴァ……?」


(支えるグラウブ。だが、気づいていなかった)


──毒は、もう回り始めていた。



【第9話予告】


優しさが命を救うとは限らない。

癒すたび、ナーヴァの命を蝕む“毒”。

グラウブの魔法が持つ残酷な真実──

次回『優しさという毒』




最後までお読みいただき、ありがとうございました!


メストアという人物の“正義”には、かつての信念と苦しみが詰まっています。

彼の「信じることは呪いだ」という言葉が、今回の核心でした。


そして、グラウブの魔法が“優しさ”でありながら、

知らず知らず、ナーヴァの命を削っている――


第9話『優しさという毒』では、その真実がついに明かされます。

続きもぜひ楽しみにしていてください!

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