1-3:波打ち際の逃避行
「なんでこんな絡まれるんだ俺は……」
放課後、靴箱の前。
天城 蓮(あまぎ れん)は背後から声をかけられた女子グループから“東京っぽい喋り方してみて”という謎の注文を受けた直後だった。
逃げるように階段を降り、裏門から校舎を抜け出す。
(予定と違う。もっと……こう、誰にも話しかけられず、一人で過ごす毎日を想定してたのに)
自然と足は学校の敷地を離れていた。
風の匂いが変わった。
道の先、草の坂を下ると、視界が開ける——海だった。
風が潮の香りを連れて吹きつけ、波音が断続的に寄せては返す。
人気のない海岸の小さな入り江。観光地化もされていない、地元の人しか知らないような場所だ。
「……ああ。静かだな」
蓮は制服のまま、防波堤に腰をおろした。
リュックを下ろし、膝を抱えて空を見上げる。
どこまでも青くて、どこまでも遠い空。
あれほどステージの光を浴びてきたのに、今はこの海辺のほうが心に染みた。
——ふいに、スマートフォンを取り出す。
電源を入れ、検索履歴の一番上に出てきた動画を開いた。
それはStellaCue(ステラキュー)の武道館ライブ映像だった。
客席の熱狂、メンバーの涙、レーザーライト。
鮮やかすぎて、痛い。
そして、最後のMC——ステージに立つ佐久間 ほのか(さくま ほのか)の言葉が聞こえた。
「このステージに立てたのは、マネージャーの蓮くんがいたからです——」
思わず画面を伏せた。
静かな波音が、蓮の耳に優しく届く。
(もう、いいだろ。お前たちの夢は、ちゃんと届いた)
その時だった。
「せいやっ!」
不意に、どこか裏手の方から声がした。何かの掛け声と、ステップ音のような。
耳をすませると、スマホから流れていた楽曲のイントロが微かに聞こえた。
(……また?)
その方向へ目をやると、草の向こう、神社の裏手にある踊り場で、一人の少女が身体を動かしていた。
制服姿のまま、必死に踊る彼女の顔に見覚えがあった。
「……初瀬」
その小さな背中に、夢が宿っているのを見てしまった瞬間——
蓮の中で、もう終わったはずの“何か”が、また微かに疼いた。
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