KIRA⇔PATH -願いを灯す、5つの鼓動-
あむ
【第1章】落ちる星と、目覚める夢
1-1:終幕のステージ
——拍手の音が、遠ざかっていく。
それが、天城 蓮(あまぎ れん)の夢の終わりだった。
東京・武道館。かつて彼が憧れ、そして導いた舞台の頂点。
その日、五人組アイドルグループ《StellaCue(ステラキュー)》の全国ツアー最終公演が、満員の観客の前で幕を閉じた。
色とりどりのペンライトがまるで星の海のように揺れ、少女たちの汗と涙がスポットライトの中できらめいていた。
最終曲が終わると同時に響き渡った歓声は、地響きのようだった。
でも、蓮の中には静寂しか残っていなかった。
「……お疲れさまでしたーっ!!」
楽屋に戻るなりスタッフ陣が一斉に拍手し、メンバーが抱き合う。歓喜の空間だった。
蓮は、その中心でそっと扉を閉じた。
「マネージャー、これ見て! ライブ配信、同接すごいことになってるよ! 蓮くんも、ほんとにありがとう!」
笑顔で振り返ったのは、センターの佐久間 ほのか(さくま ほのか)。笑顔が眩しい、StellaCueの象徴的存在だった。
「……そうか。よかったな」
その言葉に、ほんのわずかに優しさをにじませて、蓮は視線をそらす。
本来なら、もっと喜ぶべき瞬間だった。誰よりも支え、仕組み、導いてきた自分の努力が報われた日だ。
けれど、その胸にはただ、鈍い空虚が残った。
彼は、そっとポケットから一枚の紙を取り出す。
「これ……?」
「退任願い。RAYPRO(レイプロ)にも提出済みだ。次期担当は部長の北條(ほうじょう)さんになる」
言葉に、ざわめきが走る。
他のメンバーも、スタッフも振り返った。
「ちょ、ちょっと待ってよ、蓮くん……それってつまり、やめるってこと……?」
マイクを外していたほのかが、驚いた顔で立ち上がる。
「マネージャー辞めるの? なんで!? 今日のライブ、成功だったじゃん……!」
「……そう、それが理由だよ。君たちはもう、俺がいなくてもステージに立てる。今日、それが証明された」
「そんな……」
蓮は皆に背を向け、静かに鞄を肩にかけた。
「俺の夢は、ここまでだ。君たちが“アイドル”として輝く姿、それを見届けられた。——それで、十分だ」
──その夜、港区の自宅に戻った蓮は、書斎で母に決意を告げた。
「あなた、マネージャーを辞めるって……本気で言ってるの?」
冷えた紅茶のカップを手に、天城 瑞月(あまぎ みづき)はまっすぐ息子を見据えていた。
彼女は芸能プロダクション《RAYPRO》の社長。元・伝説的アイドルでもある。
「うん。武道館が俺の“ゴール”だったんだと思う。……もう、これ以上、自分を必要とする場所が思いつかない」
そう応じる蓮の声は、どこか虚ろだった。
瑞月は何も言わず、ただ氷の溶けかけたグラスを指先でなぞる。
そして、意外にも、それ以上は追及しなかった。
「……父さんには、話したの?」
「うん。天城 慶一郎(あまぎ けいいちろう)さんから『じゃあ、島に来なさい』ってさ」
父・慶一郎は、現在、半隠居のような形で長崎県対馬市の別荘に住んでいた。かつてはテレビ業界にいたが、今はのんびりと第二の人生を楽しんでいる。
「——明後日、移る。転校手続きも済ませた」
「そう……行けばいい。でも蓮、逃げるつもりなら、それはきっと、またあなた自身を苦しめるわよ」
「……分かってる。でも今は、それしか見えない」
そして、二日後。
蓮は一人、フェリーに揺られて海を越えた。
東京の騒音も、ステージの光も、スマートフォンの通知もすべてシャットアウトして。
彼が目を閉じると、ライブの最後に見た光景が浮かんだ。
ステージ上で泣き笑いしながら手を振るStellaCue。
あのとき蓮は確かに思った。
(もう俺の夢は、終わったんだ)
潮の香りとともに、船が揺れる。
星を失ったマネージャーの、新しい物語が、そっと始まろうとしていた。
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