第23話 グミ
わたし、グミって苦手なのよね。
あの噛んだ時の、ぐにっていう食感が、なんだか気持ち悪くって。
だから、彼が「うちの会社の新商品なんだ」って、袋入りのグミを差し出して来た時、内心は顔をしかめてた。でも、嫌な女だって思われたくないから、受け取ったわ。
だって彼は、ちょっとだけ気になってる人だったから。
彼と知り合ったのは、友人がセッティングした合コンよ。
男性陣は、友人の会社の同僚が集めた人たちで、彼はその中でも一番見てくれが良くて、気が利いていたわ。席がわたしの正面だったから、けっこう話したし、それでなんとなく連絡先を交換したの。
お菓子を中心に開発している、食品会社のデザイナーさんなのですって。
クリエイティブな仕事をしているっていうのも、わたしにとっては、ポイントが高かったわ。
だから、できればこのまま彼とおつきあいを続けたかったの。
もちろん、これがもっと重要なことなら、ちゃんと話したわよ?
たとえば、アレルギーで食べられないとか……ね?
でも、グミなんて、そんなにしょっちゅう食べるものでもないし、何か問題があって食べられないわけでもないから、いちいち言う必要なんてないじゃない?
もし味について訊かれたら、「美味しかった」って言っておけばいいんだもの。
だからわたしは、何も言わずに受け取って、バッグの中にしまったわ。
そして、しばらくは忘れていたの。
そのグミのことを思い出したのは、少し経ってからよ。
電車で向かいに座った親子連れの、子供が泣き止まなくて、お母さんが困っていたの。
子供は……小学校に上がる前ぐらいかしら。
親子連れの隣は、左右とも怖そうなおじいさんで、ずっと彼らを睨んでいたわ。
それで、何か子供を泣き止ませられそうなものがないかって、わたしはバッグの中を探ったの。そしたら、あの時のグミが出て来たのよ。
グミは、一袋にいろんな色が入っていて、カラフルだったから、子供が喜びそうだと思ったの。それに、子供って甘いものが好きでしょ。
わたしは、立ち上がって向かいの席の傍まで行って、それを泣いてる子供に差し出して言ったわ。
「これあげる」
そしたら子供は泣き止んで、わたしの方を見たわ。それへわたしは、続けて言った。
「いろんな色のが入っていて、きれいでしょ? 甘くて美味しいわよ?」
「ありがとう」
子供は言って、それを受け取った。
「ありがとうございます。すみません」
母親が、ぺこぺこと何度もわたしに頭を下げる。
「いえいえ、いいのよ」
笑って答えて、わたしは自分の席へ戻ったわ。
子供はすっかり機嫌良くなって、母親に袋を開けてもらってグミを口に入れたわ。一口噛むと、さっきからのベソが嘘みたいな笑顔になって、「お姉さん、ありがとう!」って、元気な声で言ってくれた。
「気に入ってくれて、よかったわ」
わたしも、笑って返したものよ。
それがまさか、あんなことになるなんて……。
警察がやって来たのは、それから数日後のことよ。
わたしはまたまた、グミのことなんてすっかり忘れていたわ。
でも、訪ねて来た刑事さんの話で、あの日の電車の中でのことを思い出したの。
そして、続く彼らの話で、仰天したわ。
あの子供が、死んだっていうのよ。それも、わたしが渡したグミが原因だって。
喉にでも詰まらせたのかと思ったら、違ったの。
グミは、麻薬だったというのよ。
大麻グミといって、中毒性が高くて日本では薬物指定されたグミがあって、わたしがあの子供に渡したのは、それだというのね。
大麻グミは、食べると体調不良を起こすそうなのだけど、あの子供はわたしがあげた袋の中身を全部食べたうえ、子供だったから大人よりも効き目が強くて……死んでしまったというの。
そして警察は、わたしを薬物所持と殺人の犯人だと疑っているようなのよ。
冗談じゃないわ。
わたしは取り調べを受けたけど、はっきり言ったわよ。あのグミは、人からもらったものだし、わたしは知らなかったんだって。
グミをくれた彼のことも、話したわ。
名前や住所、教えてもらった連絡先も、知ってることは全部ね。
ところが、それは全部嘘だったっていうの。
わたしの言ったような人物は、どこにも存在しないって。
「そんな……。それじゃあ彼は、どこの誰かもわからない、謎の人物だったっていうの?」
「あんたの話が、嘘じゃなければな」
思わず呟くわたしに、刑事さんは皮肉げに返して来た。
「嘘なんかじゃないわ! わたしは、たしかに彼からあのグミをもらったのよ!」
わたしは必死に叫んだわ。
でも、警察は誰も信じてくれなかった。
こうしてわたしは、勾留され、いたいけな子供を殺した殺人犯として起訴されることになった。
今にして思えば、グミの袋を渡された時、食べればよかったのよね。
そしたら、具合が悪くなるのはわたしで、こんなことにはならなかったのに……。
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