第17話 遠藤花輪

魔王レイスが入学した2日後の金曜日。


「零、康平、行ってらっしゃい」

「行ってきます」

「行ってきまーす」


ドアがしまり、康平は自転車に乗る。

「昨日も言ったけど、ついてくんなよ。お前には転移があるだろうが」

「昨日も言っただろ。魔力は温存したいんだ。君を殺すためにね」

レイスも自転車に乗った。多分盗んで来たものだ。

しかし康平はそんなことを気にせず自転車を走らせた。


「……にしても不便だ。遅すぎる。君たちはこんなガラクタを愛用しているのかい?」

「ならその自転車を返却して徒歩で行け。あとついてくんな」

「うるさいな君は。友達できないよ」

「お前以外にはこんな態度は取らん。安心して消えろ」

先日もそうだったが、康平とレイスは毒舌をぶつけ合っていた。

物理的な殺し合いを今はできないから、代わりに言葉で傷つけることにシフトしたわけだ。


二台の自転車が川の上の道路を滑走していく。

空から降り注ぐ日光を自転車が薄く反射する。

まさに、夏の始まりを告げるかのような朝。


「そういえば、お前部活は入るのか?」

「入る予定はないね。そもそも学校は君の嫌がらせのために使う道具でしかない」

「聞いた俺がバカだったよ。お前みたいな日陰ものに部活は無理なのを忘れていた」


自転車から降り、駅で電車を待つ。

「昨日も言ったけど、電車からは離れろよ。学校の人達も乗ってる。お前とで変な噂が出たら最悪だ」

「言われなくとも。自意識過剰な君に配慮してあげるよ」

「ふざけろボケが」


電車に乗り込み、康平とレイスは離れた。

「おはよう!零ちゃん」

「おはようございます、遠藤さん」

レイスが電車に乗ると、クラスメイトの遠藤花輪が挨拶をした。

それに対しレイスはにこやかに挨拶を返す。

康平と話していたときとは異なり、お淑やかな美人女子高生へと変わった。


「零ちゃんは週末なにか予定ある?」

「うーん、予定は特には無いかな。何かあるの?」

「日曜日、理彩たちと一緒にプールに行くの、零ちゃんもどうかな?」


「……私は」

「零、行った方がいいと思うよ」

レイスが断りを入れようとした瞬間、康平の声がそれを遮った。

「あ、渡辺くん。おはよう」

「おはよう、遠藤さん」

康平は花輪に笑顔で挨拶し、レイスの元に歩み寄る。


「零、せっかくの友達の誘いだ。俺との約束はいいから楽しんできてくれ」

「(こいつ……)」

作り物の笑顔を見せつける康平をレイスは静かに睨みつけた。

康平は勘づいていた。

レイスが自分に何かを隠していることに。


水力発電所の爆破事故の翌日からレイスは突如として入学し、俺の家に転がり込んだ。しかも事故的な形でレイスに力がないことも分かった。

このことから推測されるのは、レイスは入学する前日、『誰か』と戦ったということだ。

そしてレイスはその『誰か』との対策で俺につきまとっているんじゃないのか?

だったらすることは一つだ。


「本当?ありがとう渡辺くん!……零ちゃんも大丈夫?」

「…うん!大丈夫。行こうプール!」

どちらを取っても悪手。人間関係か身の安全かの選択、レイスは前者を選んだ。

レイスの思いがけない失敗と康平の推理がレイスをピンチに追い込んだ。

「渡辺くんもどう?プール」

「いいや、俺は遠慮しておくよ。まだ陸上部に入部したばっかだし身体を鍛えたいんだ」

「そっか……で、場所なんだけどさ」

花輪は陸上部の話題が出たとき、少しきまずい感覚になったが、プールの話に切り替えた。


その後も、雑談は弾んだ。

3人ぐるみだと普段の気まずさを忘れて上手く話せるものだ。

そして学校最寄りの駅に到着し、康平たちは降りた。

「……コウヘイ、感謝します」

1人の少女を残して。



授業が終わり放課後、空はまだ青い。

7月上旬でまだ真夏とは呼べないが、赤に染まらない空が今は夏だと物語る。

「さて」

康平は授業が終わるといつものように教室を出て運動場へ向かう。

先日入部届を提出し、仮入部から本格的に陸上部員になったところだ。



運動場に着くと、そこに部員は1人もいなかった。

「進先輩…用事かな」

康平は1人でストレッチをはじめジョギングの準備をする。

運動場内は様々な運動部員のかけ声が鳴り響くが、康平のあたりはとても静かだ。

「………先輩は、これに慣れてるのかな。俺はとても慣れそうにないや」


……


静かだ。




「今日は……渡辺くんだけか」

1人寂しくストレッチをする康平を花輪は運動場の端から見ていた。

運動場へ足を踏み入れようとするが、寸前のところでピタリと止まる。

「……いいか」


2人きりの気まずさは関係が拗れれば拗れるほど悪化する。

2人は決して仲が悪いわけではない。

むしろ普通に会話くらいはできる。

ただ……能動的に関わりたくはないのだ。


その日は結局、康平以外に部員は来なかった。



2日後、日曜日。

「行ってきます」

康平の母の見送りとともに、レイスは出発した。

「…康平も見送ればいいのに」

康平は二階に自室にずっといた。


「……行ったか」

扉の閉まる音を聞いた康平はそう呟いた。

康平はクローゼットから鞄を取り出し中身を確認する。


「よし、行くか」


次回に続く

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