第19話 シード公爵の思惑
帰りの馬車の中で、フリージアはダリアに自分の身に起こった出来事を全て話した。
話を聞いたダリアは激しく怒り、ウィン公爵を痛烈に批判した。
そして、怒りのおさまらないダリアは、シード家に着くなり、すぐさま自室にいる父のシード公爵の所へ向かい、机の前に座る父にことの顛末を激昂しながら話し出した。
「…以上のことが起こったのですわ!!こんな酷いことをするなんて、不快極まりないですわ!!それに、私達に下心満載で気持ち悪いったらありませんでしたわ!!ウィン公爵はお父様のご友人とのことですが、もう、二度と!!依頼を受付ないこと、それから私達に会わせないことを、この場でお約束してくださいませ!!」
ダリアのすごい剣幕に、シード公爵は最初こそ驚き押され気味だったが、話を最後まで聞くと指を顎に当て、固い表情で考え込んでしまった。
椅子に座るシード公爵の隣に立つ母イザベラは、一言も話さず不安げな表情でシード公爵の顔を見つめている。
「お父様!何か言ってください!!」
ダリアは眉間に皺を寄せ、シード公爵の前の机を両手ではたく。
フリージアは伏し目がちで手を前に組み、部屋の扉近くで、静かに2人の様子を見ていた。
「なるほどな…」
数分間考え込んでいたシード公爵が、ポツリと呟く。
「なるほど、って…お父様、言うことはそれだけですの!?可愛い娘が、こんなに嫌な思いをしているのに…!なん…」
シード公爵が手をあげダリアの言葉を遮り、ダリアから視線をフリージアにうつし、鋭い目つきでじっと見つめてくる。
「フリージア、今から私の前で何か弾きなさい」
フリージアは、この状況で一瞬何を言われたのか分からず、ポカンとした顔で固まる。
「え…今、なんて…」
「今からピアノを弾きなさい、と言っているんだ」
フリージアは、弾く理由も意図も分からず、その場で固まったまま、ダリアの方をチラリと見る。
ダリアは、フリージアとウィン公爵の顔を交互に見て、苦笑いする。
「…お父様…??何を言われているの?さっきの私の話を聞いてた…?それに、私とフリージアは、さっきウィン公爵邸で演奏してきたところよ…さっきも話した通り、今日はいつもより長めの演奏をしているの。だから、フリージアも疲れていて、これ以上は…」
「ダリア、お前には弾いてくれと頼んでいない。私は、フリージアに言っているんだ。弾いている真似をしているだけのお前には、口出しする権利はないだろう?」
用無しだとも捉えられるその言葉に、まさか父からそんな風に思われているとは思わず、ダリアはショックと驚きで目を見開く。何か言おうと口を開けるも、すぐに下を向き傷付いた顔を隠した。
「…ダリア、行きましょう。あなたは何も悪くないわ。これは……お父様とフリージアの問題よ」
母のイザベラが、ダリアの肩に優しく手をのせ、ダリアの顔を覗き込み優しく話しかける。
暗い表情のダリアは、イザベラに背中を押されるようにして、扉のそばにいるフリージアの方へ歩いてくる。
ダリアが自分の近くにくるまで、フリージアはダリアの顔をずっと見つめ続け、何か言葉をかけようとする。しかし、公爵の言葉で傷ついているであろうダリアになんと声をかけたらいいか分からず、扉を開け出て行くダリアに何もできなかった。
そして、そんなフリージアの様子に、母イザベラは嫌悪感を顕にしていた。ダリアに続き扉からを出るときに、フリージアを睨みつけ、口はギュッと真一文字に結ばれ、フリージアに一言も声をかけなかった。
バタンと、扉が閉められたあと、義父であるシード侯爵と2人部屋にとり残されたフリージアは、シンと静まり返る空間でじっとしていた。
「——いいか、これは命令だ。今からピアノを弾いてもらう。そして、私に願いの効果をかけてもらう」
「えっ、効果を…お父さまにかける…」
ガタガタ、と椅子から立ち上がるシード公爵を、フリージアはびくびくしながら見つめる。
「えっ…、だって、家族には、かけてはいけないって…ここに来た日にお父さま自身が言われて…」
立ち上がったシード公爵が、ズンズンとこちらに歩いてきて、フリージアの目の前に迫ってくる。
「今はもうどうでもいい。さぁ、来い」
シード公爵は、のけぞり怯えるフリージアの腕をガッとつかむと、扉を開けて無理やり練習室へとフリージアを引っ張っていく。
「やめて…!お父さま…!いやよ、弾きたくない…!」
腰を後ろに引き、シード公爵の手から自分の腕を抜こうとするフリージア。
しかし、そんな努力も虚しく、フリージアはシード公爵に引きずられ、練習室の方へと連れて行かれる。
その様子を、使用人達、それから母イザベラとダリアに見られる。
ダリアはイザベラにしがみつき、目を見開き怯えた顔でフリージアを見つめる。
「ダリア、お願い助けて…」
フリージアはダリアに助けを求めるも、ダリアは母イザベラの体に顔を埋め、フリージアの声には答えなかった。
シード公爵とフリージアのその異様な様子に、見ている皆一同恐怖におののくが、誰1人としてフリージアに手を貸そうとする者はおらず、フリージアが練習室に引きずり込まれるのをただ見ていただけだった。
練習室に引きずり込まれたとたん、シード公爵は掴んでいたフリージアの腕を放り出す。
「さぁ、弾け」
部屋にあるグランドピアノの方へと放り出され、フリージアはあまりの勢いによろけて、慌ててピアノの椅子にしがみつく。
フリージアは、シード公爵をきっと睨みつける。
「嫌です。弾きたくありません」
「弾くんだ。お前には弾く以外の選択肢はない」
椅子にしがみつくフリージアに、冷たい表情をしたシード公爵が近づいて来る。
「そうだな、願いは、フリージアは私の元から離れない、にしろ」
「……それだと、私へ効果をかける必要があります。ですが、私は自分に効果をかけるわけがないので、意味がありません。叶いません、無駄です」
「———そうか」
シード公爵は、フリージアの顎を指でつかむと、自分の顔と向き合わせる。
「それならば、私はフリージアの元から離れない、でどうだ」
「無駄です。かけたくない効果を、私がわざわざ願うと思いますか?」
「はっ!ずいぶんと強めに出たもんだな。まぁいい。だが、これで分かっただろう?お前に対する、私の気持ちが」
「——分かりません」
フリージアは、自分の顔をなぞるシード公爵の手を振り払い、睨みつける。
「——そうか。まぁいい」
フンとうすら笑ったシード公爵は、フリージアから離れると、部屋の壁際に置いてある椅子に腰掛けた。
「弾け。願いはなんでもいい。そうだな、自分に都合のいいように、父である私の機嫌が良くなりますように、とでも願っておいたらどうだ」
「今日は疲れているので、明日にさせてください」
「駄目だ。今弾くんだ。どうしても弾かないと言うのであれば、希望にそえなかった代わりに私に抱きつきなさい」
シード公爵の提案に、言葉を失うフリージア。
「父と娘のハグだ。何も問題ないだろう?」
にんまりと片方の口角をあげ笑うシード公爵の表情に、フリージアは全身の毛が逆立つ。
「…分かりました。ご要望通り、ピアノを弾きます」
「願いを忘れるなよ」
フリージアは力無くピアノの椅子にストンと座ると、弾きたくもないピアノを演奏し始める。
簡単な曲で、早く終わる曲。
(…シード公爵の機嫌がなおりますように)
演奏にも願いにも心はこめず、淡々と願いピアノを弾く。
すると、鍵盤の上で動く自分の手がゆらゆらと、ぐらついて見えてきた。
(あれ…?)
だんだんと、自分の手やピアノの形がぼやっとしてきて視界がおかしくなったそのとき、演奏の途中でフリージアは椅子から崩れ落ち、床に倒れてしまった。
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