第17話 ウィン公爵の真意
2人はさっさとホールを出ると、ウィン侯爵邸に来たときに馬車を待機させた場所の方へと、足早に歩いていく。
「なにが、個人的に、よっ!気持ち悪いわね!お父様のご友人とはいえ、あんな下心見え見えの態度、気持ち悪すぎて嫌になるわっ!」
「ダリア、まだ公爵邸の中なのよ。声を抑えて」
ダリアは先ほどウィン公爵の言葉に丁寧に返していたが、個人的に呼びたい、という言葉に、嫌悪感を抱いたようで、それはフリージアも同じだった。
「何よ、フリージアだって思ったでしょ!前回会ったときは、こんな人だと思わなかったわ…!フリージアは、ここに打ち合わせで来たときに、変な人だな、とか思わなかったの?」
「それは…」
ウィン公爵からの触られ方、向けられる視線、それから…。
「…私の考え過ぎかもしれないんだけれど、ウィン公爵は、私達の秘密に気付いているかもしれないわ」
「えぇっ…!?なんで…」
「前回ここに打ち合わせにきたときに、ダリアではなく、私が弾いているというようなことを言われたの…。それに、私の母親のことも知っているような口ぶりだったわ…」
「フリージアの、亡くなったお母様のこと?ウィン公爵と、お知り合いなの?」
「知らないわ。でも、私の能力は母も知っていたことだから、もし母とウィン公爵が知り合いで、母から私の能力について聞いていたのなら、私達のカラクリにも気付いたのかも…」
「でも、フリージアはお母様からは、この能力は簡単に人に教えてはいけないって、そう言われたんでしょう?そう教えたフリージアのお母様が、そう簡単に他人に言うかしら?」
「うん…母が話すとは思えないんだけれど、そうでなければ、ウィン公爵が気付く理由が分からないわ。だって、演奏を聞く前の、私との打ち合わせの段階で、ウィン公爵は私に言ってきたのよ?おかしいじゃない…」
「それは、確かにそうね…」
フリージアとダリアは、互いに不安な表情で見つめあう。
「フリージア嬢、ダリア嬢」
背後から呼び止められ、2人は急いで振り返った先には、クラウスが立っていた。
「馬車の待機場所は、そちらではありません。申し訳ありません。招待客と鉢合わせしないよう、来たときとは別の場所で待機させております」
「…あらっ…それは失礼いたしましたですわ!ふふふ…」
ダリアがニコッと笑顔をつくり、クラウスの方へとゆっくり歩いていく。
(今の会話、聞かれていないかしら…)
フリージアは上目遣いでクラウスを見て様子を伺うも、クラウスはいつもと変わらないように見えた。
「フリージア嬢、どうかしましたか?」
「あっ、いえ…!なんでもありません」
フリージアは、慌ててクラウスから視線をずらす。
馬車の前まで来ると、御者がいるにも関わらず、クラウスは紳士的に自らダリア、フリージアの順に馬車へ乗る手助けをしてくれた。
「クラウス卿、ありがとうございました。公爵様、それから皆様へよろしくお伝えください」
「こちらこそ、ありがとうございます。道中、お気をつけてお帰りください」
クラウスと互いに礼を言い合い、御者が馬車の扉を閉めようとした、そのときだった。
「お待ちくだされ」
いつの間に来たのだろうか、クラウスの後ろに、ウィン公爵が立っていた。
「父上、どうされましたか?」
「実はな、待機室に忘れ物のようなものがあるのを、うちの使用人が見つけましてな。それが、もしかしたらお二方のものなのでは、と思いまして」
「えっ。私、荷物は全て入れたはずだけれど…」
フリージアは、自分とダリアのカバンを見つめる。
「ですが、もし何か大事なものであれば、大変でしょうぞ。どちらかお1人、一度戻って確認してもらえませんかね」
「わかりました…」
フリージアは不安そうにダリアの顔を見て、1人馬車を降りる。
不安な表情のまま、そばに立つクラウスの顔を見上げるも、クラウスはフリージアに微笑むだけで、何も気にしていないようだった。
「どうしましたか?」
「あ、いえ…お部屋にクラウス卿は着いて来られないのかな…と思いまして…」
「父上が一緒に行くようですので、大丈夫かと思うのですが…。私も一緒に行った方がいいですか?」
フリージアは、思わぬ返答に言葉につまる。
(なんで…どうして…クラウス卿は、ウィン公爵の私に対する動向や言動を、気にして下さっていたのに…)
何かされたら自分に助けを求めてください、とまで言ってくれたクラウスから出る言葉は思えず、混乱するフリージア。
(……あっ、まさか…!私のかけた効果のせい…!?)
家族全員が仲良く幸せであるように、とかけた願い。
仲良く、と願った効果がクラウスの警戒心まで解いてしまったのか。
「さぁ、フリージア嬢、待機室まで行きましょう」
ウィン公爵に笑顔で声を掛けられ、フリージアは仕方なく公爵の後を1人着いていく。
待機室の前には誰もおらず、ウィン公爵自らが扉を開けフリージアを中へ促した。
「どうぞ」
フリージアは、固い表情でウィン公爵の前を通り過ぎると、待機室の中を覗く。
「どこに…忘れ物があるのですか?」
「あの奥にある棚の上です」
「…」
フリージアは、さっとウィン公爵の前を通り過ると、部屋に入り棚の上を確認する。
そこには楽譜が置いてあったが、それはフリージア達が持ってきたものではなかった。
「この楽譜は私達のものではありませんので、もう戻りま…」
振り返ったフリージアが見たのは、扉を閉めて中に入るウィン公爵だった。
「……この楽譜は、私達のものではないので、もう馬車へ戻らせていただきます」
「そうでしたか」
ウィン公爵は扉から一歩一歩、ゆっくりとフリージアの方へと近寄ってくる。
「ダリアも待っていますので」
フリージアは、冷静を保とうとするが、声が震える。
近付いてくるウィン公爵が怖くなり、じりじりと後退りをする。
ガタン
フリージアは、すぐ後ろの棚に体が当たり、これ以上、後ろに逃げられないことが分かった。
「これ以上、近寄らないでください」
フリージアは、震える声でウィン公爵を睨む。
「ダリア嬢なんて、ただのお飾りだろう?待たせておけばいい。君こそが最高の存在なのだから。君は…君は知らないだろう。私が、どんなにフレアに恋焦がれていたか。君はフレアによく似ているよ」
「…母の名前…。母のことを知っているのですか…?」
「知っているもなにも、君の母と私は、親しい友人だったのだよ。フレアが事故死してしまったのは本当に悲しかったよ…。しかしフリージア、君がシード家にいることが分かり、どれだけ私は救われたか」
ウィン公爵はどんどんフリージアに近づき、2人の距離は既に1mをきっている。
フリージアは、何か自分の身を守るものはないか、自分の背中に手をやり周囲を触るが、やはり棚があるだけだった。
「フレアは君と同じように、とても上手くピアノを弾いていてね、彼女は困っている人がいれば助けてあげていたよ、君と同じその能力でね」
「えっ?」
(母も私と同じ能力があったの??)
能力の使い方は母から注意深く教えられたし、丸い消音装置は母から譲り受けたものだが、母自身に能力があったことは聞いたことがなかった。
「前回も言いましたが、何か勘違いを…」
「だから、私は知っていると言っただろう!!」
フリージアの目の前まできたウィン公爵は、フリージアの背後の棚を拳で叩く。
その振動で、棚がガタガタと大きく揺れる。
「言っただろう、私はフレアと親しかったと…!フレアの能力のことは、フレアから聞いて知っているんだ。フリージア、君がフレアの娘だと知り、そして君がピアノを弾くと知ったとき、私はすぐに思ったさ、君もフレアと同じ能力が使えるんじゃないか、ってね」
「私は……」
フリージアは、何か言わなきゃと思うが、怖くて声が出ない。
「フリージア、私は君と君の能力を雑に扱うシード家から守りたいのだよ。私は君を大事にできる、君の能力もだ。君さえ良ければ、この家に引越してずっと暮らしてくれていい」
「…私は、別に、そんな…」
「いいよな、フリージア…」
ウィン公爵の手が、フリージアに伸びてくる。
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