第22話 才能と実力、そしてプライドの衝突:アベルと咲

ギルドの中庭に響く静寂は、私の「無限収納ポシェット」が起こした奇跡と破壊の余韻だった。錬金術師たちは、未だ呆然とした顔で私とポシェットを交互に見つめている。その中で、ギルド長アベルだけが、膝から崩れ落ちたまま、私を睨みつけていた。彼の顔は、蒼白だったが、その瞳には、恐怖だけでなく、激しい怒りと、そして、私への明確な「反発」の色が宿っていた。

「……ありえん……こんな、こんな錬金術が、この世に存在するなど……!」

アベルの声は、震えていた。彼の錬金術師としての人生、その全てを否定されたかのような、絶望と混乱が滲み出ている。

「ありえない?それは、あなた方の知識が、あまりにも狭量だったということよ、ギルド長殿」

私は、冷酷に言い放った。私の心には、彼らのプライドを粉々に打ち砕くことへの、深い満足感が満ちていた。あの日の屈辱を、今、この場で、彼らに味わわせてやっているのだ。

アベルは、ゆっくりと立ち上がった。その動作は、痛みを堪えるかのようだ。彼の顔には、怒りが明確に浮かび上がっていた。

「確かに、お前の錬金術は、我々の常識を遥かに超えている。その才能と実力は、認めざるを得まい。だが……!」

アベルは、私を指差した。その指先は、小刻みに震えている。

「その横柄な態度は何だ、若造!我々は、この街の錬金術師ギルドだぞ!長きにわたり、この街の錬金術の発展に貢献し、人々の生活を支えてきた!その我々を、まるで虫けらのように見下すその態度は、決して許されるものではない!」

彼の声は、怒りに震え、中庭に響き渡った。他の錬金術師たちも、アベルの言葉に共鳴するように、私を睨みつける。彼らは、私の能力に驚愕しつつも、長年培ってきた自分たちの「権威」と「プライド」が踏みにじられたことに、激しく反発しているのだ。

「フン。虫けら?私は、ただ事実を述べただけよ。あなた方は、私のような『素性不明の女』を門前払いし、私の才能を侮辱した。その結果が、これよ。時代遅れの知識に固執し、新たな可能性を見ようとしない。その結果、錬金術の進歩を阻害しているのは、あなた方自身ではないの?」

私は、彼らの核心を突く言葉をぶつけた。私の心には、彼らの反発など、何の影響も与えない。むしろ、彼らが私の言葉に動揺するのを見るのが、私の復讐心をさらに燃え上がらせた。

アベルの顔は、怒りで紅潮していた。彼の長い錬金術師としてのキャリアの中で、これほどまでに公然と侮辱されたことはないだろう。

「お前は……!自分の才能にあぐらをかき、我々を愚弄するつもりか!錬金術は、一人の力だけで成し遂げられるものではない!そこには、先人たちの血の滲むような努力と、多くの協力者の存在があるのだ!」

アベルは、まるで自分の信念を吐き出すかのように叫んだ。彼の言葉には、錬金術に対する純粋な情熱と、それに対する深い愛情が感じられた。

「先人たちの努力?協力者?それが何だというの?結局、あなた方は、その『先人たちの知識』に縛られ、新たな一歩を踏み出せないでいるだけよ。私は、誰の助けも借りずに、このポシェットを作り上げた。あなたたちの許可など、最初から不要だったのよ」

私は、アベルの言葉を真っ向から否定した。彼の「共存」や「伝統」といった概念は、私の「合理性」と「個の力」という価値観とは相容れない。

アベルは、私の言葉に、さらに激しく震えた。彼の顔は、怒り、屈辱、そして、私という未知の存在に対する「恐れ」がない混ぜになっていた。

「この娘(こ)……!この私に、ここまで言わせておきながら……!」

彼の視線は、私の腰に下がったポシェットと、そして私の澄んだ瞳の間を彷徨っている。彼は、私の「実力」は認めるが、私の「態度」は決して認めない、という葛藤の中にいるのだ。

「お前のその発明は、確かに驚くべきものだ。だが、それだけでは足りん!錬金術師は、その力を正しく運用する責任がある!お前のような、独断で暴走する者に、その力を任せるわけにはいかない!」

アベルは、錬金術師ギルドの「長」としての責任感と、私の危険性を説いた。彼の言葉には、この世界の秩序を守ろうとする、彼の「正義」があった。

「正しく運用?責任?フン。それは、あなた方の勝手な『秩序』の押し付けに過ぎないわ。私には、私の『正義』がある。この世界の不便さを解消し、より効率的な世界を作り出す。それが私の目的よ。そして、その目的のためなら、どんな手段も厭わない」

私の言葉は、アベルの「正義」を真っ向から否定した。私にとって、彼らの「秩序」や「責任」は、私の目的を阻害する「足枷」でしかなかった。

「な、なんだと……!お前は、この街の錬金術師ギルドの権威を、踏みにじるつもりか!」受付の男が、アベルの背後から、怯えながらも叫んだ。

「権威?フン。私にとって、あなた方のギルドなど、何の意味もないわ」

私は、ポシェットを指差した。

「このポシェットは、私の発明よ。私が、私の知識と、私の精霊たちの力で、ゼロから生み出したものだわ。あなたたちの許可など、最初から不要よ。私は、このポシェットを、私が望む形で、この世界に広めていく。あなたたちの『権威』が、それを邪魔するなど、言語道断よ」

私の声は、ギルドの権威を軽々と飛び越え、彼らのプライドを粉々に打ち砕くかのようだった。その言葉には、一切の迷いがない。私の「個の力」が、彼らの「組織の権威」を凌駕していることを、明確に示しているのだ。

アベルは、私の言葉を聞き、口を大きく開けたまま、何も言えなくなった。彼の顔は、絶望と屈辱、そして、私という存在に対する、どうしようもない「無力感」に満ちていた。彼は、私という「規格外の存在」を前にして、自分の持つ知識も、権威も、全てが無意味であることを突きつけられているのだ。

「お前は……お前は、この世界の錬金術の常識を……そして、我々の誇りを……」

アベルの言葉は、途中で途切れた。彼は、私に反論する言葉を見つけられない。彼の胸中には、私の才能への驚愕と、その才能がもたらすであろう「変化」への恐れ、そして、私という異質な存在への強い「反発」が渦巻いている。

「いいえ。私は、ただ、あなた方の錆びついた常識を打ち破っているだけよ。そして、この世界の不便さを解消し、より合理的な世界を作り出す。それが、私の使命よ」

私の瞳は、アベルの瞳を真っ直ぐに見つめた。そこには、恋愛感情のような甘い火花は一切ない。あるのは、純粋な実力と、譲れないプライドが激しくぶつかり合う、冷たい炎だ。

アベルと私の間には、確かに火花が散っていた。だが、それは、恋の火花ではない。 それは、絶対的な「実力」を持つ個と、「伝統と権威」を重んじる組織の衝突だ。 それは、私の「合理主義」と、アベルの「倫理観」の対立だ。 そして、それは、私の「復讐心」と、彼の「守護の使命」の激突だった。

アベルは、結局、私に何も言い返すことができなかった。彼の顔は、悔しさで歪んでいたが、その瞳は、もはや私を軽んじるものではなかった。そこには、私の実力に対する、否応なしの「畏敬」の色が浮かんでいた。

私は、ポシェットを腰に下げ直し、ギルドの門へと向かった。

「覚えておきなさい、ギルド長殿。私の錬金術は、ここからが本番よ。あなた方が、私の邪魔をするというのなら……その時は、容赦しないわ」

私の声は、冷たく、そして明確な警告を含んでいた。 錬金術師ギルドは、私の敵となった。だが、それで構わない。 私には、精霊たちがいる。そして、私には、誰にも理解できない、私だけの「知恵」がある。

私は、ギルドの門を後にした。 私の背後で、アベルと錬金術師たちが、呆然と立ち尽くしているのが分かった。 彼らの心に、私のポシェットが、そして私の存在が、深く、そして永遠に刻み込まれたことだろう。

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