第21話 復讐の始まり:錬金術ギルドへの挑戦
宿屋の一室で、私の手の中に収まっているのは、見た目はごく普通の、しかしその内部に無限の空間を秘めた「無限収納ポシェット」だ。エーテル繊維と空間定着鉱石で編み込まれた布地は、触れるとわずかに空間の揺らぎを感じさせる。符文は、目には見えないが、ポシェット全体に緻密に定着している。
フウ、ドット、エン、ミズ。四精霊たちの力が、この小さなポシェットの中に、完全に凝縮されている。彼らは、僕の忠実な道具として、このポシェットの機能を支え続けている。
「……ついに、完成したわね」
私は、そのポシェットをじっと見つめた。数ヶ月にわたる試行錯誤、無数の失敗、そして何よりも、私の内に秘めた世界への不信と、あの錬金術師ギルドへの激しい怒りが、このポシェットに込められている。
「咲、本当にこれをギルドに持っていくんですか?」フウが、僕の肩の上で心配そうに尋ねる。
「当たり前でしょう」私は、冷たく言い放った。「あの受付の男に、私を『女だから』『素性不明だから』と足蹴にしたこと、そしてこのギルドが、私の知的好奇心を侮辱したこと……全てを後悔させてやる」
私の心の中には、完成したポシェットへの純粋な達成感よりも、深い復讐心が渦巻いていた。あの日の屈辱は、私の人生を大きく変えた。あの時、私のプライドは粉々に砕かれた。だが、その破片から、より冷徹で、より強固な、新たなプライドが再構築されたのだ。
「彼らに、私の『価値』を見せつけてやる。そして、私なしでは、この世界の錬金術が、そしてこのギルドが、いかに時代遅れで、無力であるかを思い知らせてやる」
私は、ニヤリと口角を上げた。その笑みは、自らを嘲笑うかのような、そして世界を嘲笑うかのような、冷酷な笑みだった。
ギルドへの凱旋:傲慢な受付との再会
私は、完成したポシェットを腰に下げ、錬金術師ギルドへと向かった。フウとドットは私の体に張り付くように魔力を薄めて気配を消している。エンとミズはポシェットの中で、いつでも力を発動できる状態にある。
ギルドの門をくぐると、数ヶ月前と変わらない、薄暗く薬草の匂いが漂う空間が広がっていた。そして、受付には、あの憎たらしい男が、相変わらず偉そうに座っていた。彼は、私が来ることを予想していたのか、挑戦的な目で私を見据えている。
「ほう……しつこい女め。まだここに来るとはな。てめぇに用はねえ。とっとと失せろ」
男の声には、以前にも増して侮蔑の色が濃い。私の粗末な格好を見て、まだ私を「取るに足らない存在」と見下しているのだろう。
「用はない?いいえ、大いにあるわ。ギルド長を呼びなさい。彼に、私の『成果』を見せにきたのよ」
私の声は、以前よりも低く、そして絶対的な自信に満ちていた。その声には、精霊たちとの契約によって培われた、強力な魔力の圧が込められている。
男は、私の声の響きに、わずかにたじろいだ。彼の顔に、微かな動揺の色が浮かぶ。
「ギルド長に会うだと?このあたしが認めた錬金術師ですら、そう簡単に会えるお方じゃねえんだぞ!てめぇのような素性が知れねえ女が、何を偉そうに!」
「素性が知れない?フン。この世界の常識を打ち破る者にとって、素性など、何の価値もないわ。それよりも、あなたは、この私がギルド長に会うことを拒否すれば、後で自分がどうなるか、よく考えた方がいいわね」
私は、彼に冷たい視線を送った。私の瞳は、彼の心を見透かすかのように、底知れない光を宿している。
男は、私の目から放たれる魔力の圧に、完全に気圧された。額には冷や汗が流れ、顔は青ざめている。彼は、私の中に、以前はなかった「何か」を感じ取ったのだ。それは、彼が決して逆らえないほどの、絶対的な「力」の片鱗だった。
「……わ、分かった。すぐ、ギルド長に伝えてくる!だが、とんでもないことをしでかしたら、ただじゃおかねえからな!」
男は、震える声でそう言い残し、慌てて奥の部屋へと消えていった。彼の後ろ姿には、もはや傲慢さの欠片も残っていなかった。
私の口元に、満足げな笑みが浮かんだ。 「良い子ね。これで、一つ目の目的は達成よ」
ギルド長アベルとの対峙:傲慢と不信
しばらくすると、奥の部屋から、初老の男が、受付の男を従えて出てきた。彼が、錬金術師ギルドの長、アベルだろう。白髪を蓄え、深々と刻まれた皺が、彼の長い経験を物語っている。彼の瞳には、この世界の錬金術師特有の、知識への飽くなき探求心と、そして私に対する明確な「警戒」の色が浮かんでいた。
「私がアベルだ。お前が、私に用があるという女か」
アベルの声は、穏やかだが、その奥には、私を値踏みするような鋭さがあった。
「ええ。私が如月咲です。ギルド長殿。私は、あなた方に、私の『成果』を見せにきたのよ」
私は、アベルの目を真っ直ぐに見据えた。彼に、私の本質を理解させる必要がある。
「成果、だと?お前のような若造が、一体何を成し遂げたというのだ?このギルドには、長年の研究の成果が積み重なっている。素性が知れぬ者の戯言など、聞く耳を持たぬぞ」
アベルは、私の言葉に鼻で笑った。彼の口調は、あの受付の男よりも遥かに洗練されているが、その根底にあるのは、私への侮蔑と不信感だ。彼は、私の若さと、ギルドに所属していないという「素性不明」な点を理由に、私を軽んじている。
「戯言?フン。錬金術の進歩は、過去の常識に囚われていては、決してありえないものよ。あなた方は、自分たちの狭い世界に閉じこもり、新たな可能性を見ようとしない。だからこそ、私のような『素性不明な者』が、新たな道を切り拓く必要があるのよ」
私は、彼のプライドを刺激する言葉をぶつけた。彼の表情が、わずかに引きつった。
「生意気な口を!お前のような者が、この錬金術の深淵を理解できるものか!一体、何を見せるというのだ?」
アベルの声には、明確な怒りの色が含まれていた。彼の背後に控える受付の男は、怯えたように息をのんでいる。
「これよ」
私は、腰に下げていたポシェットを、アベルの目の前に差し出した。
「たかが、そんな小さな袋で、何ができるというのだ?」
アベルは、侮蔑の眼差しでポシェットを見つめた。他のギルドの者たちも、私のポシェットを見て、失笑を漏らす。彼らは、私のポシェットの本当の価値に、全く気づいていないのだ。
「たかが?このポシェットは、あなた方の錬金術の歴史を、根底から覆すものよ。見ていなさい」
私の口元に、冷酷な笑みが浮かんだ。 ここからが、私の復讐劇の本番だ。
性能の提示:常識の破壊
私は、ギルドの中庭にアベルと他の錬金術師たちを連れ出した。中庭には、錬金術の実験に使われるであろう、巨大な岩石がいくつも転がっている。
「まずは、これよ」
私は、中庭に転がっている、最も大きな岩石の一つを指差した。それは、人間の背丈ほどもある、巨大な岩だ。普通の人間なら、重機を使わなければ動かすことすらできないだろう。
「この岩を、このポシェットの中に入れてみせるわ」
私の言葉に、ギルドの者たちが、一斉に失笑した。
「馬鹿な!あんな小さな袋に、あれほどの岩が入るわけがないだろう!」 「見え透いた手品か?幻術師にでもなったつもりか、嬢ちゃん!」
アベルも、嘲笑を浮かべ、私を見下している。
「フン。よく見ていなさい」
私は、ポシェットの口を開き、そこに意識を集中させた。フウ、ドット、エン、ミズ。四精霊たちの魔力が、私の意志に応じて、ポシェットの内部で共鳴する。
「フウ、亜空間の扉を開け!ドット、岩を内部に固定!エン、エネルギーを安定供給!ミズ、空間の純粋性を保て!」
私の指示が飛ぶと、ポシェットの口から、目には見えないが、微かな空間の歪みが生まれた。私は、ポシェットの口を岩に近づける。すると、まるで水が吸い込まれるように、巨大な岩が、音もなくポシェットの内部へと消えていった。
ギルドの中庭に、沈黙が訪れた。錬金術師たちの顔から、嘲笑が消え失せ、代わりに驚愕と、恐怖の色が浮かび上がる。彼らは、目の前で起こった信じられない光景に、言葉を失っている。
「な……な、なんだと……!?」
アベルの声が、震えている。彼の瞳は、驚愕に満ち、ポシェットを凝視している。
「どうかしら?これが、私の錬金術の成果よ。まだ信じられないの?」
私は、ニヤリと笑った。彼らの顔が歪むのを見るのが、何よりも心地よい。
「次よ」
私は、さらに驚愕させるために、ギルドの裏手に連れて行ってもらった。そこには、先日討伐されたばかりの魔獣の死骸が、山のように積まれていた。体長が十メートルにも及ぶ、巨大な猪の魔獣だ。腐敗臭が立ち込め、蛆が湧いている。
「この魔獣の死骸を、このポシェットに入れるわ。そして、出すときには、完全に浄化された状態でね」
私の言葉に、錬金術師たちの間に、ざわめきが広がった。巨大な物を入れるだけでも信じられないのに、浄化までするというのだ。
「馬鹿なことを言うな!そんなことが可能であるはずがない!」アベルが、激高したように叫んだ。
「不可能?あなた方にとって、不可能であるだけのことよ」
私は、再びポシェットの口を開き、魔獣の死骸へと近づけた。
「フウ、最大まで亜空間を拡張!ドット、死骸を安定固定!エン、熱量を最大まで引き上げ、腐敗物質を分解!ミズ、生命の浄化を最大限に発揮し、純粋な物質へと再構築!」
私の指示が飛ぶと、ポシェットの口から、目に見えるほどの空間の歪みが生まれた。グチャリ、という音と共に、巨大な魔獣の死骸が、みるみるうちにポシェットの中に吸い込まれていく。腐敗臭が消え、代わりに、清らかな空気の流れが生まれた。
再び、沈黙が訪れる。
そして、私がポシェットの口を閉じると、腐敗臭は完全に消え去っていた。
「そして、取り出すわ」
私が、ポシェットの口を再び開く。すると、そこから現れたのは、腐敗臭も、蛆もない、完全に浄化された、純粋な肉と骨の塊だった。まるで、屠殺されたばかりの、新鮮な肉塊のようだ。
ギルドの者たちの顔は、もはや驚愕を通り越し、恐怖に染まっていた。彼らは、私がただの錬金術師ではなく、彼らの常識を遥かに超えた「何か」であることを理解し始めていた。
アベルは、膝から崩れ落ちるようにその場にへたり込んだ。彼の顔は、蒼白だ。
「ば、馬鹿な……ありえない……錬金術の、理を……」
彼は、目の前で起こった奇跡を理解しようと、必死に頭を巡らせている。しかし、彼の持つ錬金術の知識では、到底理解できない現象なのだ。
「これが、私の錬金術よ、ギルド長殿。あなた方が『不可能』と断じたことが、私には可能だったわ。あなた方が『素性不明の女』と蔑んだ私が、成し遂げたことよ」
私の声は、静かだが、その響きは、アベルの心臓に直接突き刺さるような、冷徹なものだった。彼の顔は、屈辱と、絶望に歪んでいる。
「お前は……一体、何者なんだ……?」
アベルが、震える声で尋ねた。
「私は、如月咲。そして、私の価値は、私が生み出すものが決める。あの時、あなた方のギルドは、私を足蹴にし、私の可能性を否定した。だが、私は、あなた方に頼らずとも、このポシェットを作り上げた」
私は、アベルの目の前で、ポシェットを掲げた。
「このポシェットがあれば、物流は飛躍的に効率化される。重い荷物を運ぶ必要はなくなり、輸送コストは激減する。資源の採掘も、素材の加工も、これまでの常識とは比べ物にならないほど、効率的になるだろう」
私の言葉は、彼らの「商売」としての錬金術の、根底を揺るがすものだった。彼らがこれまで築き上げてきた、錬金術師としての地位、そして利益の全てが、私のポシェットによって無意味になる。
「このポシェットは、あなた方のギルドの存在意義を、完全に否定するわ」
私は、そう言い放った。アベルの顔は、完全に絶望に染まっている。
「ギルド長、こ、このままだと、俺たちの仕事が……!」
受付の男が、狼狽したようにアベルに訴えかける。だが、アベルは何も言えない。
「どうかしら、ギルド長殿。私の錬金術は、あなた方のものよりも遥かに優れている。そして、私は、このポシェットを、この世界の常識とするつもりよ」
私の口元に、勝利の笑みが浮かぶ。 「私を侮辱したこと、後悔しなさい。これが、私からの、あなた方への最初の『復讐』よ」
アベルは、ただその場で震えることしかできなかった。 私の「無限収納ポシェット」は、彼らにとって、錬金術の歴史を書き換える「奇跡」であると同時に、彼らの誇り、そして存在意義を奪い去る、恐るべき「破壊」だったのだ。
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