第11話 大地、火、水の精霊の居場所

フウを相棒にしてから数日、私は宿屋の部屋に引きこもり、ひたすら精霊文献とフウ自身の情報を突き合わせていた。フウは僕の支配下にあるとはいえ、完全に無感情な道具ではない。彼から得られる情報は、私がこの世界を効率的に攻略するための重要な手掛かりとなる。

「フウ、君の同族たちは、一体どこにいる?」

私が問いかけると、フウは空中を漂いながら、透明な体でしどろもどろに答えた。

「えっと、その……精霊は、特定の場所に強い魔力を感じるんです。僕は風だから、空が高くて、風の流れが強い場所が心地いいんですけど……他の、えーと、地のドットは、地中深くに大きな鉱脈がある場所とか、火のエンは、火山とか、強い熱源がある場所……水のミズは、清らかな湖とか、大きな川の源流とか……」

彼の言葉は、曖昧で詩的だった。精霊にとっての「心地よさ」や「強い魔力を感じる場所」は、人間である私には感覚的に理解しにくい。だが、その言葉の断片を、私は前世の知識とこの世界の文献で得た情報と照らし合わせ、論理的に分析していく。

大地の精霊(ドット)の特定:鉱物資源の合理的推測

「地中深くの大きな鉱脈がある場所、ね。それなら、この街の近くに、採掘場があるはずだわ」

私はすぐにそう結論付けた。文献には、錬金術の素材となる貴重な鉱物が、特定の場所でしか採れないと記されていた。フウの言う「大きな鉱脈」とは、即ち、そういった希少な鉱物が豊富に埋蔵されている場所を指すのだろう。

翌日、私は街の素材屋ガンザの元を訪れた。

「ガンザさん、この辺りで一番大きな鉱脈はどこにありますか?」

私の問いに、ガンザは訝しげな顔をした。

「嬢ちゃん、いきなり何を言い出すんだ。そんな場所、おいそれとは教えられねえ。それに、魔物も出るし、素人が近づく場所じゃねえぞ」

「あなたに、隠し立てする理由などないはずです。私は希少な鉱物を求めている。あなたも商売でしょう?場所を教えれば、そこから私が得た鉱石は、優先的にあなたの店に回しても構わない」

私は、ガンザの商売人気質を刺激する言葉を選んだ。彼の顔に、微かな計算の色が浮かぶ。

「……フン。ま、そこまで言うなら教えてやってもいいが。街の北西に、古くから『鉄竜の牙』と呼ばれる山がある。そこは、とてつもない量の鉄鉱石が採れるが、同時に珍しい魔法金属も埋まっていると噂されてる。だが、そこは地盤が不安定でな……大規模な採掘はできねえし、危険すぎて冒険者も寄り付かん」

「鉄竜の牙……なるほど」

私は即座に、それがドットのいる場所だと確信した。フウの「地中深く」という言葉と、ガンザの「大規模な採掘ができない」「地盤が不安定」という言葉が結びついたのだ。不安定な地盤は、精霊の魔力が強すぎて、地殻に影響を与えている証拠かもしれない。そして、珍しい魔法金属は、ドットがそこに滞在している理由だろう。

「感謝するわ。その場所へ向かう」

ガンザは呆れた顔をしていたが、私は彼の言葉を気にせず、足早に店を後にした。

火の精霊(エン)の特定:エネルギー源の科学的推測

次にエンの居場所だ。フウは「火山とか、強い熱源がある場所」と言っていた。この世界の地図を宿屋で借りて確認する。街の東には、古くから「灼熱の山」と呼ばれる活火山が存在することが分かった。

「火山ね。これほど分かりやすい熱源はないわ」

だが、本当にエンがいるとすれば、それはただの火山ではないはずだ。より根源的な、あるいは特異な熱エネルギーを持つ場所だろう。私は文献を再度開いた。火の精霊に関する記述を探す。

『火の精霊は、時に大地そのものの熱源となり、地脈の奔流を操る』

この記述が、私の確信を裏付けた。灼熱の山。そこは、ただの火山ではなく、まさに大地に脈打つ巨大な熱エネルギーの源なのだ。そこにエンがいることは、ほぼ間違いない。

だが、火山は危険だ。いつ噴火するかわからないし、溶岩の熱気は人間にとって致命的だ。そんな場所に、どうやって安全に接近し、エンを支配するか。

「……フン、厄介ね。だが、厄介だからこそ、支配する価値がある」

私の顔に、冷徹な笑みが浮かんだ。危険であればあるほど、手に入れた時のリターンは大きい。私は、火山への最短ルートを地図で確認し、必要な準備を頭の中でリストアップしていった。耐熱性の簡易装備、魔力抑制の道具。そして、最も重要なのは、エンの魔力を「制御」する術だ。

水の精霊(ミズ)の特定:生命と清浄さの論理的帰結

最後にミズの居場所だ。フウは「清らかな湖とか、大きな川の源流」と言っていた。この街の近くには、いくつかの湖や川が存在する。しかし、「清らか」という抽象的な表現が厄介だった。

「ただ清らかなだけでは、精霊の居場所としては弱い」

私は、より深い分析を必要とした。前世の知識を応用する。水は、生命の源であり、あらゆるものを溶かし、浄化する力を持つ。そして、最も「純粋」な水は、生命にとって不可欠なのだ。

この街の周囲の川や湖は、生活排水などで少なからず汚染されていることが、街の匂いや水質から推測できた。しかし、錬金術の文献には、特定の薬草が、極めて清浄な水辺でしか育たない、と記されていた。そして、それらの薬草は、この街の素材屋でも高値で取引されている。

「その薬草が育つ場所こそが、ミズのいる場所だわ」

私は再びガンザの店を訪れた。今回は、直接的な質問ではなく、情報収集のフリをして会話に混ぜ込む。

「ガンザさん、この薬草(文献に載っていた、清浄な水辺で育つとされている薬草の名称を挙げる)は、この街のどこで採れるのですか?」

ガンザは眉間に皺を寄せた。

「ああ、あれはな、滅多に手に入らねえ代物だ。街から遥か南にある『月光の泉』の近くでしか育たねえ。なんでも、その泉の水は、どんな汚れも洗い流すとか、病を癒すとか、伝説が残ってるらしいがな。近づく奴はほとんどいねえ」

「月光の泉……」

私は確信した。それがミズの居場所だ。ただ清らかなだけでなく、「どんな汚れも洗い流す」「病を癒す」という伝説。それは、まさにミズの持つ「浄化」と「生命」の力が極限まで高まっている証拠だろう。そして、人々が近寄らないのは、その純粋すぎる魔力に、人間が耐えられないのかもしれない。あるいは、精霊が望まないから、近づけないようにしているのか。

「情報、どうも。また珍しい素材が見つかったら、優先的に持ってきますから」

私は、ガンザにそう言い残し、足早に宿屋へ戻った。

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