第2話 予言の啓示
1. 狼煙と集会
エールシュタットを襲った魔物の夜は、街に深い爪痕を残した。建物のあちこちには破壊された跡が生々しく残り、朝になっても、人々の顔には不安と疲労の色が濃く浮かんでいた。
アークは、祖母ハルの無事を確認すると、すぐに街の被害状況を確認しに飛び出した。普段の賑やかさは鳴りを潜め、人々は重い足取りで瓦礫を片付けている。その光景は、アークの胸にずしりと重くのしかかった。
「昨日の魔物は、一体なんやったんや……」
誰ともなく漏らしたその声は、街中の人々の心境を代弁していた。エールシュタットはこれまでも
小さな魔物の被害に遭うことはあったが、
昨夜の襲撃は規模も、魔物の凶暴さも、
これまでの比ではなかった。
やがて、街の中心にある広場から、けたたましい
鐘の音が鳴り響いた。それは、街の危機を告げ、人々に集まるよう促す合図だった。アークもまた、人々が広場へと吸い込まれていく流れに乗り、
足を進めた。
広場には、すでに多くの市民が集まっていた。
中央の壇上には、街の長老たちが厳かな面持ちで
並んでいる。彼らの中心に立つのは、
エールシュタットの精神的な支柱である老賢者、
エルトンだった。白く長い髭を蓄え、
深く刻まれた皺が彼の経験と知恵を物語っている。
エルトンはゆっくりと広場を見渡し、
静かに口を開いた。彼の声は、不安に
ざわめく人々の心を落ち着かせた。
「昨夜の出来事は、決して些細なものではない。あれは、我らが古き言い伝えにある『災いの兆し』。長い間、ただの物語として語り継がれてきた予言が、今、現実のものとなろうとしている……」
広場に、ざわめきが広がった。予言。それは、子供たちが聞くおとぎ話のようなものだと、誰もが思っていたからだ。
2. 予言の示唆
エルトンの言葉は続いた。
「我らが街には、古くより伝わる秘儀がある。それは、大いなる災いが世界を覆う時、『光を紡ぐ者』が現れ、魔王を討ち果たす、というものだ」
アークは人々の波に紛れ、その言葉に耳を傾けていた。魔王? そんな存在が本当にいるのか。彼の心は半信半疑だった。
「その『光を紡ぐ者』を見出すため、我々は今宵、古の儀式を執り行う。神殿に集いし者の中から、天の意志が示されるであろう」
エルトンの言葉に、広場はさらに大きく揺れた。
儀式。神殿。そして、「光を紡ぐ者」。人々の間に、不安と同時に、一縷の希望が宿るのが
感じられた。
アークは、自分がそのような大それたことに関わるはずがない、とどこか他人事のように考えていた。彼はただ、この街の平和な日常が戻ってくれれば、それで十分だと願っていた。
その日の午後、アークは祖母ハルから言われた。
「アーク。あんたも、今晩は神殿に行きなさい。ただの厄払いかもしれへんけど、街の皆が不安そうにしとるんや。あんたが行くことで、少しでも皆の気が休まるかもしれへんやろ」
ハルの言葉に、アークは渋々頷いた。ハルは、アークの周りにいつも人が集まってくることを
知っていた。アーク自身がその影響力を自覚していなくても、彼の存在が人々に安堵を与えることを、ハルはよく理解していたのだ。
3. 儀式の夜
夜。エールシュタットの神殿には、多くの人々が
集まっていた。薄暗い神殿の中は、焚かれた
香の煙と人々の熱気で満ちていた。アークも、
その中にいた。どこか落ち着かない気持ちで、
彼は儀式が始まるのを待っていた。
やがて、神殿の中央に据えられた祭壇に、
エルトンを始めとする長老たちが進み出た。
彼らは古の言葉を唱え、厳かに儀式を始めた。
祭壇に置かれた水晶が、鈍い光を放ち始める。
アークは、ぼんやりと水晶の輝きを見ていた。
その時だった。
水晶が突如として、今まで見たこともないような
眩い光を放ち始めた。その光は、神殿中に満ち、
集まった人々を包み込む。誰もがその神々しい
輝きに息を呑み、目を閉じ、あるいは
祈りを捧げた。
だが、アークには、その光景が異様に映った。
光が彼を直接的に貫き、頭の中に、まるで
誰かの声が直接響くかのように、メッセージが
流れ込んできたのだ。
――見よ、光を紡ぐ者よ。永きにわたり封じられし闇の盟主、ゼルハークが再び世界に厄災をもたらすだろう。そして、彼の配下たる魔王ドゥームが、このアークの世界を侵食する。お前こそが、予言に選ばれし者。儀式を執り行い、闇を打ち払う唯一の希望なり――
声は、アークの脳裏に直接語りかけてくるようだった。その内容は、あまりにも途方もなく、
信じがたいものだった。魔王?
自分が選ばれし者?
アークは、その強烈な啓示に全身の血が逆流するような感覚を覚えた。恐怖、困惑、そして、何よりも「なぜ俺が?」という強い拒絶の念が彼を襲った。
光が収まると、神殿には静寂が戻った。人々は眩しさに目を細めながら、ざわめき始める。
「今のは一体……?」
「なんという光だ……!」
エルトンは、祭壇の水晶に手をかざし、その波動を読み取っていた。そして、彼の視線が、
一点に集中した。
アーク。
エルトンは、アークに向かってゆっくりと歩み寄った。その顔には、畏敬と、そして深い悲しみが
入り混じったような表情が浮かんでいる。
「アーク……お前だったのか」
エルトンのその言葉は、アークにとって、
彼の愛する「普通」の日常が完全に終わりを告げた瞬間だった。彼の心は、予言の重圧と、
突然突きつけられた運命に、激しく打ち
震えていた。
「そんな……嘘やろ……俺が……?」
アークの声は、か細く、誰にも届かない独り言のようだった。彼の目の前には、輝かしい英雄の道ではなく、ただひたすらに重く、暗い運命が広がっているように感じられたのだ。
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