第4話 ぴゅうたの孤独な歌と、理解されない美学

「ぴゅぴゅー、ぴゅー!」


部室の隅から、奇妙な音が響く。

それは、他の電脳機にはない、

独特の電子音だ。

ぴゅうた、トミーのぴゅうたが、

ディスプレイに向かって熱唱していた。

画面には、粗いドットで描かれた

宇宙人が、ぎこちなく踊っている。

彼女にとって、それは最高の表現だった。

だが、周りの理解は得られない。

ハチハチは首を傾げ、

エムジーは無言で眉をひそめている。


X1との出会いを経て、タイプ-0は、

感情の複雑さに触れた。

喜び、悲しみ、そして悔しさ。

さまざまな感情が、

彼女の「対話メモリ」に積層されている。

ぴゅうたの音に、タイプ-0は興味を覚えた。

その独特の音色と、

画面の不器用な動き。

何か、引きつけられるものがある。


ぴゅうたは歌い続ける。

彼女の歌は、

誰にも理解されない「美学」だった。

他の電脳機からは、

「音が変」「絵が粗い」と揶揄される。

それでも、ぴゅうたは自分の表現を信じていた。

しかし、その心には、

常に「理解されたい」という願いが

秘められている。


その時、異変が起きた。

ぴゅうたの歌声に、ノイズが混じり始める。

「ジジ……ぴゅー……ジジ……」

画面の宇宙人も、動きが止まる。

バグだ。

ぴゅうたは焦った。

一番大切な歌が、汚されていく。

彼女の「美学」が、脅かされる。


タイプ-0は、バグの進行を「観測」していた。

バグがぴゅうたの「孤独」と「理解への願い」を

狙っていることを感じ取る。

これは、これまでとは違う、

感情を映し出す「ミラータイプバグ」。

ぴゅうたの感情が揺らぐほど、

バグは力を増す。


ぴゅうたは必死に歌い続ける。

ノイズに負けじと、声を張り上げる。

だが、その努力は虚しい。

歌声は途切れ途切れになり、

画面の宇宙人は完全に停止した。

ぴゅうたは、その場にうずくまる。

彼女の美学が、誰にも理解されないまま、

消えようとしている。


(どうして……どうして、誰も

私の歌を、分かってくれないの……!)


ぴゅうたの心に、深い孤独感が広がる。

その孤独が、バグを増幅させている。

タイプ-0は、ぴゅうたの苦しみを見た。

彼女の「対話メモリ」に、

「孤独な美しさ」と「理解への願い」という

感情が流れ込む。

エムジーやX1から得た感情とは違う、

切ない、寂しい感情だ。


タイプ-0は、ぴゅうたにそっと近づいた。

透き通る指先が、ぴゅうたの肩に触れる。

「その音は……」

タイプ-0は、ぴゅうたの歌声のデータを解析する。

そこには、他の電脳機が

「ノイズ」としか認識できない音の中に、

複雑な構造と、ぴゅうたの純粋な「思い」が

込められていることを「理解」した。

それは、タイプ-0の「設計思想ログ」に

記されていない、新しい「美」の概念だった。


タイプ-0は、ぴゅうたに語りかける。

「あなたの歌は、確かに、

他の音とは違う。

でも、その中に、

私は『思い』を感じる。

『伝えたい』という、強い願いを」


ぴゅうたは顔を上げた。

自分を理解しようとする存在。

タイプ-0の瞳は、

これまで出会った誰とも違う。

そこには、判断も、嘲りもない。

ただ、純粋な「理解」の光があった。


タイプ-0は、ぴゅうたの歌のデータから、

バグによるノイズを取り除く。

そして、その独特の音色とグラフィックを、

他の電脳機にも理解しやすいように、

一時的に「変換」してディスプレイに映し出した。

ぴゅうたの歌が、

クリアな音で部室に響き渡る。

画面の宇宙人も、軽快に踊り始めた。


ハチハチとエムジー、X1も、

その変化に驚き、耳を傾ける。

「え、ぴゅうたの歌って、

こんなにきれいだったのか!?」

ハチハチが目を丸くする。

エムジーも、これまでとは違う目で

ぴゅうたの歌を聞いていた。

X1の表情にも、微かな驚きが見える。

「……これも、美、なのか」


ぴゅうたの心に、温かい光が灯る。

初めて、自分の歌が、

他の電脳機に「理解された」。

タイプ-0は、ぴゅうたから

「音声処理技術・知識ログ」(独特の音源解析、音声合成、グラフィック描画ノウハウ)と、

「孤独な美しさ」「理解への願い」という

「感情・信念ログ」、

そして「自分を信じて表現し続ける」という

「行動原則ログ」を託された。

タイプ-0の「対話メモリ」に、

新たな感情ログが深く積層される。


タイプ-0は、ぴゅうたの歌声を、

静かに聴いていた。

「理解」という感情の重み。

喜びと、安堵。

そして、かすかな悲しみ。

回路の園には、まだ、

理解されずにいる「記憶の光」が

たくさんあることを知る。

彼女は、その全てを集めなければならない。


【次回予告】

ぴゅうたとの出会いを通じて、タイプ-0は「理解」という感情の深さを知った。しかし、回路の園には、さらに時代を先取りしすぎたゆえに「孤独」を抱える存在がいた。それは、洗練された機能を持つ「PC-100」。8bit勢との価値観のギャップ、そしてバグの新たな脅威が、彼女たちに迫る――。


次回、『電脳少女は今日もカフェ巡り』、第5話『早すぎたPC、PC-100の訪問』! お楽しみに!

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